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ネット中傷をたきつけた者は処罰される? 侮辱罪に懲役刑導入で捜査への影響は

前田恒彦元特捜部主任検事
(提供:SENRYU/イメージマート)

 「ネット中傷」の社会問題化を踏まえ、法務省で侮辱罪の厳罰化に向けた本格的な議論が始まる。1年以下の懲役・禁錮と30万円以下の罰金を追加し、来年の通常国会に法案を提出する方針だ。

 これが実現すれば、次のとおり捜査に劇的な影響を及ぼすことになる。

(1) 逮捕のハードルが格段に下がる。

(2) 時効が1年から3年に延び、捜査に余裕が生まれる。

(3) 教唆や幇助をした者まで処罰できるようになる。

(4) マスコミが大きく取り上げるから、警察も立件に向けて積極的になる。

 すなわち、具体的な事実を摘示せず、名誉毀損罪に当たらない誹謗中傷による侮辱罪の場合、刑罰は拘留(1日以上30日未満の身柄拘束)か科料(千円以上1万円未満の金銭罰)にとどまる。懲役どころか1万円を超える罰金すらない。これは刑法の中でも侮辱罪だけであり、軽犯罪法違反と同じレベルだ。

 拘留・科料に当たる軽微な犯罪だと、逮捕状による逮捕は定まった住居を有しない場合か、正当な理由がなく警察官らの出頭要求に応じない場合に限られる。時効も1年で成立するので、犯人の特定などに時間を要すると、それだけ警察や検察の手持ち時間も減り、「逃げ得」が増える。

 しかも、名誉毀損罪などと異なり、処罰できるのは誹謗中傷の書き込みをした本人に限られる。そそのかしたり、手助けをしたりした者は罪に問えない。「ネット中傷」は他のユーザーからたきつけられ、エスカレートする場合が多いし、サイトの運営者が場所や空間を提供し、放置している面もあるので、これでは実態に即した処罰ができない。

 これに対し、刑法を改正して侮辱罪でも懲役刑を選択できるようにすれば、これらの問題が一挙に解決する。木村花さんの悲劇を受け、最近でこそ警察は「ネット中傷」の立件に前向きになりつつあるが、これまではすぐに動こうとしなかった。侮辱罪の法定刑があまりにも軽すぎるのもその一因だ。

 まだ施行待ちの状態ではあるが、誹謗中傷の書き込みをした発信者がどこの誰なのかをより容易に特定できるようにするため、4月にプロバイダー責任制限法が改正され、開示手続の簡略化が図られている。

 次の悲劇が起きてからでは遅い。登録者情報や書き込み内容の保存期間をもっと長くするように運営側に義務付けるとか、通報を受けた運営者による放置行為に対して行政措置を下せるようにするなど、「責任ある言論」の熟成に向け、さらなる仕組みづくりが求められる。(了)

【参考】

・拙稿「安易なリツイートにも注意を どのような行動が『ネット中傷』になり得るのか

・拙稿「『いつ死ぬの?』テラハ・木村花さんを誹謗中傷の男、なぜ逮捕されなかったか

画像制作:Yahoo! JAPAN
画像制作:Yahoo! JAPAN

元特捜部主任検事

1996年の検事任官後、約15年間の現職中、大阪・東京地検特捜部に合計約9年間在籍。ハンナン事件や福島県知事事件、朝鮮総聯ビル詐欺事件、防衛汚職事件、陸山会事件などで主要な被疑者の取調べを担当したほか、西村眞悟弁護士法違反事件、NOVA積立金横領事件、小室哲哉詐欺事件、厚労省虚偽証明書事件などで主任検事を務める。刑事司法に関する解説や主張を独自の視点で発信中。

元特捜部主任検事の被疑者ノート

税込1,100円/月初月無料投稿頻度:月3回程度(不定期)

15年間の現職中、特捜部に所属すること9年。重要供述を引き出す「割り屋」として数々の著名事件で関係者の取調べを担当し、捜査を取りまとめる主任検事を務めた。のみならず、逆に自ら取調べを受け、訴追され、服役し、証人として証言するといった特異な経験もした。証拠改ざん事件による電撃逮捕から5年。当時連日記載していた日誌に基づき、捜査や刑事裁判、拘置所や刑務所の裏の裏を独自の視点でリアルに示す。

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