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ウエストランド河本氏の暴行トラブル タクシーはどんな場合に乗車拒否できる?

前田恒彦元特捜部主任検事
(写真:つのだよしお/アフロ)

 M-1グランプリ王者・ウエストランドの河本太氏が夜半、飲酒後にJR品川駅付近の路上でタクシー運転手と暴行トラブルを起こした。乗り場ではない場所で客を降ろしたタクシーに乗ろうとしたところ、ドアを閉められたため、乗車拒否されたと思い込み、車体を蹴ったことが発端だという。

 相当暴れたようで、運転手から羽交い締めにされた際にその腕に噛みついて自らの歯を折るほどだった。ただ、所属事務所社長によれば、双方とも被害届を提出しておらず、事件化には至らず、示談で解決される流れとなりそうだ。お互いの誤解によって発生したトラブルだったというから、運転手も乗車意思を示していた河本氏の存在に気づいていなかったのかもしれない。

 もちろん、たとえ気づいた上で本当に乗車拒否されていたとしても、その腹いせに車体を蹴ったり暴れたりすることは問題だ。この機会に、タクシーも法律で乗車拒否できる場合があるということを知っておくとよいだろう。

「正当な事由」とは

 すなわち、道路運送法では、原則としてタクシーの乗車拒否は禁止されている。違反したら最高で罰金100万円だ。しかし、次のような場合には、例外的に乗車拒否できるルールとなっている。

(1) 運送約款によらない乗車申込み
(2) 運送に適する設備なし
(3) 特別の負担を求められた
(4) 法令の規定や公の秩序、善良の風俗に反する運送
(5) 天災などやむを得ない事由で運送上の支障あり
(6) 国土交通省令が定める「正当な事由」あり

 (1)の運送約款は、国交省が定めた標準運送約款をベースにし、各タクシー会社ごとにそれぞれ制定されている。これに反する乗車申込みとは、例えば運賃を正規料金よりも安くするように求めるとか、安全運送上の指示に従わないといった場合だ。次のようなケースでも乗車拒否できると規定している会社もある。

・タクシー会社が車内への持ち込みを禁止した物品の持ち込み
・禁煙車両で喫煙し、中止を求められたのに応じず
・運転手にカスタマーハラスメントに及び、中止を求められたのに応じず

 (2)は定員オーバーの場合や積雪時にチェーンの準備がない場合などを意味し、(3)は高速料金分の負担を乗客から強制されるとか、タクシー会社が取り扱っている支払い方法以外の手段で料金分の支払いに応じるように求められた場合などを意味する。

 (4)は、割り込みなど運送の申込み順に従わない場合や行先が営業区域外になる場合、定められた乗務時間を超える場合、運転手の食事や休憩、予約などのため回送板を掲出している場合、停車禁止場所である場合、一方通行を逆行したり転回禁止区間での転回を余儀なくされたりする場合、乗車禁止地区である場合、暴行や威嚇があった場合、賭博場や売春宿への案内を求められた場合などが挙げられる。

 (6)の「正当な事由」とは、次のようなものだ。

(a) 乗客が車内で犯罪に及ぶなどし、運転手から制止や指示を受けたのに、これに従わず
(b) 大量の火薬類や高圧ガス、刃物などの危険物や車内を著しく汚損するおそれのある物品などを携帯
(c) 泥酔したり、不潔な服装をしたりしており、他の乗客の迷惑になるおそれあり
(d) 付添人を伴わない重病者
(e) 一類感染症や二類感染症などの患者

 このうち、(c)の「泥酔」とは、著しく酩酊し、暴言をはいたり、行先を明瞭に告げられなかったり、人の助けなしでは歩行が困難だったり、嘔吐の形跡があったりする場合を意味する。

今回のケースは?

 今回のケースは、たとえ運転手が乗車意思を示していた河本氏の存在に気づいていたとしても、その乗車申込み自体が(4)の法令の規定や公の秩序に抵触していた可能性がある。タクシー乗り場として決まっている場所ではないところで乗車しようとしたという話だし、もし運転手が駅前の停車禁止場所でやむなく乗客を降ろしたのであれば、新たな客を拾わず、直ちに移動しなければならないからだ。

 また、河本氏の場合、(6)(c)の「泥酔」に該当していたとも考えられる。その後の暴れっぷりからしても、酔いすぎて暴言をはいたり、行先を明瞭に告げられないといった状態だったのかもしれない。

 このように、法律の世界では「お客さまは神様」ではない。乗客の故意・過失や法令違反、運送約款違反によりタクシー会社が損害を受けた場合、乗客にその賠償を請求できる決まりとなっているので、覚えておく必要があるだろう。(了)

元特捜部主任検事

1996年の検事任官後、約15年間の現職中、大阪・東京地検特捜部に合計約9年間在籍。ハンナン事件や福島県知事事件、朝鮮総聯ビル詐欺事件、防衛汚職事件、陸山会事件などで主要な被疑者の取調べを担当したほか、西村眞悟弁護士法違反事件、NOVA積立金横領事件、小室哲哉詐欺事件、厚労省虚偽証明書事件などで主任検事を務める。刑事司法に関する解説や主張を独自の視点で発信中。

元特捜部主任検事の被疑者ノート

税込1,100円/月初月無料投稿頻度:月3回程度(不定期)

15年間の現職中、特捜部に所属すること9年。重要供述を引き出す「割り屋」として数々の著名事件で関係者の取調べを担当し、捜査を取りまとめる主任検事を務めた。のみならず、逆に自ら取調べを受け、訴追され、服役し、証人として証言するといった特異な経験もした。証拠改ざん事件による電撃逮捕から5年。当時連日記載していた日誌に基づき、捜査や刑事裁判、拘置所や刑務所の裏の裏を独自の視点でリアルに示す。

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