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鬼滅のグッズ購入資金を募って浪費、罪に問える? 「箱買い」問題を法的に解説

前田恒彦元特捜部主任検事
(写真:ペイレスイメージズ/アフロイメージマート)

 中身が分からない状態でランダムに販売されている『鬼滅の刃』などのキャラグッズに目をつけ、大量に「箱買い」して本命以外を譲ると誘い、購入資金を募ったあと、何も送らず返金にも応じないという事件が話題だ。

事件の背景は?

 人気アニメなどのキャラグッズは、メーカーとしてもたくさん売りたいことから、複数のキャラクターが用意され、中に何が入っているか分からないように梱包されて販売されている。

 受注生産だと単価が高くなるうえ、人気キャラしかグッズ化されないというデメリットもある。

 ファンはそれぞれ「推し」のキャラがあるが、こうしたランダム販売だと「ハズレ」を引いてしまう確率が高くなるし、本命を引き当てるまでの出費もかさむ。

 一方、自分にとっては「ハズレ」でも、ほかの人からすると狙いをつけている本命だという場合もある。

 そこで、コレクターの間では、ダンボール箱に12点セットで収納されている商品を箱ごと買って本命が当たる確率を上げたり、ほしいという人に本命以外を販売したり、お互いに必要なグッズを交換するといった文化が根づいているわけだ。

どのような手口?

 今回の事件は、こうした土壌を踏まえ、50箱ほど「箱買い」するので自分の「推し」以外のグッズは買い取ってほしいなどとSNS上で勧誘し、希望者から前払いで代金や送料を振り込ませたものの、何も送らなかったというものだ。

 不審に思って本人に問い合わせても、業者から商品が届いていないとか、仕事で多忙であるとか、発送は人に委ねているとか、家族とトラブルになっているなどと誤魔化し、返金にも応じなかった。

 発覚後は、自転車操業を続けていれば何とかなると思っていたとか、浪費癖があり、貯金と前払いの購入資金を混同して使い込んだなどと弁解しているところだ。

 無職であるうえ、消費者金融からの借金60万円を滞納中で、クレジットカードの支払いも滞納しており、預金口座の残高と手持ちの現金を合わせても2万5450円しかないので、返金は難しいという。

 しかも、手もとにある商品を発送したくても送料を負担できない状態なので、着払いか、送料を支払ってもらえれば発送すると述べ、「追い銭」まで求めている模様だ。

何罪になる?

 被害者は数十名、被害総額も数百万円に上るという話もある。

 初めからキャラグッズを大量に「箱買い」する資力などなく、購入後にバラ売りするという名目で不特定多数の者から資金を集め、生活費や遊興費などに使っていたということであれば、詐欺罪が成立する。

 たとえ本人が「きちんと『箱買い』したうえで、グッズの購入を希望して入金してくれた人にはその商品を発送するつもりだった」と主張したとしても、具体的で確実な資力が伴わなければ、単に「そうありたい」というだけの「願望」にすぎない。

 SNS上で人気アイドルグループなどのライブチケットを販売するとうたい、チケット代や送料などの名目で入金させたものの、実際には手もとにチケットなどなく、チケットの交付や返金に応じなかったという事案では、十数万円でも詐欺罪で逮捕・起訴され、有罪判決が下っている。

 また、今回の事件の場合、だまし取るという故意の立証が困難でも、一種の「購入代行」や「共同購入」とみると、希望者から預かった資金を次の「箱買い」に充てるという自転車操業が途中で破たんし、勝手に別の用途に充てて使い果たしたと考えられる。

 使い込んだ資金を補てんするつもりがあり、かつ、それだけの資力が十分にあって確実に補てんできる状況だったのであれば、「一時流用」として罪に問われないが、そうでない以上、横領罪が成立する。

 もし本人が債務超過の状態であれば、破産宣告を得ることは可能だが、詐欺や横領など悪意で加えた不法行為に基づく損害賠償の債務は免責されない決まりだから、たとえ破産しても被害者に対する返金はチャラにはならない。

 被害を受けたものの本人の対応に納得できないようであれば、最寄りの警察に相談しておいた方がよいだろう。

 1件ごとの被害額は少額でも、それが積み重なれば、先ほどのチケット詐欺のように、「一罰百戒」の観点から捜査に至る可能性も出てくるからだ。

見ず知らずの相手は信用しない

 SNSを介したこうした個人間取引は、何かとトラブルの温床となっている。

 相手が善意であるとは限らず、現に保証金や手数料、前払い金などの名目で金をだまし取られたり、相手に伝えた個人情報を悪用されるといった例も多々みられる。

 時間をかけて交渉を引き伸ばし、最終的には連絡を絶ち、泣き寝入りを狙うわけだ。

 「推し」のキャラグッズを求める側はもちろん、購入資金を募る側も、個人間取引には大きなリスクが伴うということに留意し、何かあったら自己責任という覚悟で、慎重のうえにも慎重を期すべきだろう。(了)

元特捜部主任検事

1996年の検事任官後、約15年間の現職中、大阪・東京地検特捜部に合計約9年間在籍。ハンナン事件や福島県知事事件、朝鮮総聯ビル詐欺事件、防衛汚職事件、陸山会事件などで主要な被疑者の取調べを担当したほか、西村眞悟弁護士法違反事件、NOVA積立金横領事件、小室哲哉詐欺事件、厚労省虚偽証明書事件などで主任検事を務める。刑事司法に関する解説や主張を独自の視点で発信中。

元特捜部主任検事の被疑者ノート

税込1,100円/月初月無料投稿頻度:月3回程度(不定期)

15年間の現職中、特捜部に所属すること9年。重要供述を引き出す「割り屋」として数々の著名事件で関係者の取調べを担当し、捜査を取りまとめる主任検事を務めた。のみならず、逆に自ら取調べを受け、訴追され、服役し、証人として証言するといった特異な経験もした。証拠改ざん事件による電撃逮捕から5年。当時連日記載していた日誌に基づき、捜査や刑事裁判、拘置所や刑務所の裏の裏を独自の視点でリアルに示す。

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