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バス車内で女性の身体に触れるかわりに髪をなめた男…痴漢になる?その罪と罰

前田恒彦元特捜部主任検事
(写真:アフロ)

 札幌市内を走行中のバスの車内で前の席に座っていた女性(20代)の後ろからその髪をなめたとされる男(45)が逮捕された。女性はロングヘアで被害に気づかなかったが、目撃者がいたため発覚した。

性欲を満たすため?

 男は「かわいかったので性的興奮が抑えられなかったが、身体に触れる勇気はなく、かわりに髪をなめた」などと供述し、容疑を認めているという。

 しかし、最高刑が懲役10年の強制わいせつ罪ではなく、懲役2年と軽い暴行罪で逮捕されている。

 暴行とは人の身体に対する有形力の行使を意味し、髪をなめることもこれにあたるが、胸などをなめる場合と異なり、客観的にみて「わいせつ」な行為とまでいえるか疑念が残るからだ。

 しかも、強制わいせつ罪には被害者の抵抗を困難にさせる程度の暴行が必要だが、髪をなめるだけだとそれには至らない。

同じようなフェチ犯は?

 2019年2月にも、JR新横浜駅の上りエスカレーターで後ろから女性の髪をなめた男が暴行罪で逮捕されている。

 電車内で女性が寝込んで無抵抗状態であることに乗じ、目の前で自慰に及んで精液をかけた男に準強制わいせつ罪の成立が認められたケースもあるが、通常はそうした「体液事件」も暴行罪や器物損壊罪で処罰されている。

 小型の容器に入れておいた自らの精液を密かに女性にかけるのがその典型だ。女性の身体に液体をぶつけた点を重視すると暴行罪、衣服を汚して使えなくさせた点を重視すると器物損壊罪になる。

 後者は最高刑が懲役3年と前者よりも重い。

痴漢と同じでは?

 では、髪をなめた男に対し、電車やバスでの痴漢行為を禁じている迷惑防止条例違反に問うことはできないか。

 事件の舞台である北海道の場合、被害者を著しく羞恥させたり、不安を覚えさせるような方法でその身体に触れることのほか、「卑わいな言動」が禁じられている。

 社会通念上、性的道義観念に反する下品でみだらな言語・動作のことだ。

 ただ、「身体に触れる」の中に髪をなめることまで含まれるとするのはやや無理がある。

 約5分間、40m余りにわたって女性をつけねらい、背後1~3mの距離でズボンごしにお尻を11回ほど撮影した男について、「卑わいな言動」にあたるとされた最高裁の判例もあるが、髪をペロリとなめただけだとこれにもあたらないと評価されるだろう。

 罰金刑だけを見ると、暴行罪が最高で30万円までであるのに対し、迷惑防止条例違反は50万円まで、常習であれば100万円まで言い渡せるものの、逆に懲役の最高刑は6か月、常習でも1年だから、懲役2年の暴行罪のほうが罪が重い。

 こうした特殊なケースに対し、迷惑防止条例違反で無理に起訴すると、裁判所が無罪判決を言い渡す可能性もある。

 そこで、性欲を満たすための事件であっても、実務では性犯罪ではなく、暴行罪で無難に処理されているというわけだ。(了)

元特捜部主任検事

1996年の検事任官後、約15年間の現職中、大阪・東京地検特捜部に合計約9年間在籍。ハンナン事件や福島県知事事件、朝鮮総聯ビル詐欺事件、防衛汚職事件、陸山会事件などで主要な被疑者の取調べを担当したほか、西村眞悟弁護士法違反事件、NOVA積立金横領事件、小室哲哉詐欺事件、厚労省虚偽証明書事件などで主任検事を務める。刑事司法に関する解説や主張を独自の視点で発信中。

元特捜部主任検事の被疑者ノート

税込1,100円/月初月無料投稿頻度:月3回程度(不定期)

15年間の現職中、特捜部に所属すること9年。重要供述を引き出す「割り屋」として数々の著名事件で関係者の取調べを担当し、捜査を取りまとめる主任検事を務めた。のみならず、逆に自ら取調べを受け、訴追され、服役し、証人として証言するといった特異な経験もした。証拠改ざん事件による電撃逮捕から5年。当時連日記載していた日誌に基づき、捜査や刑事裁判、拘置所や刑務所の裏の裏を独自の視点でリアルに示す。

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