逃走した男を逮捕、保釈金600万円どうなる? 保釈を認めた裁判所の責任は
傷害や窃盗、覚せい剤事件などで実刑判決が確定し、保釈の効力がなくなり、刑の執行のために収容される際、刃物を振りかざして自宅から逃走したとされる男が、公務執行妨害の容疑で逮捕された。その罪と罰は――。
【600万円の保釈保証金は?】
まず前提となる傷害や窃盗、覚せい剤事件だが、すでに懲役3年8か月の有罪判決が確定している以上、裁判をやり直してさらに刑期を重くすることはできない。
ただし、刑事訴訟法には次のような規定があるから、男が裁判所に納付していた600万円の保釈保証金は必ず取り上げられる。全額取り上げてしかるべき事案だろう。
「保釈された者が、刑の言渡を受けその判決が確定した後、執行のため呼出を受け正当な理由がなく出頭しないとき、又は逃亡したときは、検察官の請求により、決定で保証金の全部又は一部を没取しなければならない」(96条3項)
【余罪の捜査は?】
次に、逮捕容疑である公務執行妨害だが、これから警察や検察による本格的な捜査が進められる。最終的には起訴されるのではないか。最高刑は懲役3年だ。
刃物を振りかざしていたということだから、銃刀法違反の成立も考えられる。しかし、刃物そのものを押収できていなければ、具体的な形状や長さなどが客観的に特定できない。銃刀法で規制される刃物だったのか分からないので、未発見で終わった場合、こちらは立件見送りとなる公算が大きい。
また、自宅から注射器が発見されており、覚せい剤事件の発覚をおそれて逃走したとの見方もあるので、この点についても捜査されることになる。
最終の使用がいつだったのかにもよるが、逃走から逮捕まで4日ほどであり、もし逃走前に使用していたのであれば、まだ尿から検出される可能性が高い。尿検査で陽性であれば、覚せい剤の使用罪でも立件され、起訴されることだろう。最高刑は懲役10年だ。
【逃走やその手助けは?】
さらに、逃走中の足取りも重要となる。複数の知人らの協力を得て逃走していた模様だからだ。
彼らの認識によっては、潜伏場所を提供した者には犯人蔵匿罪、車に乗せたり逃走資金を用立てたりした者には犯人隠避罪が成立する。現に男をアパートでかくまっていた別の男が犯人蔵匿の容疑で逮捕されている。逃走犯の男にも、これらの教唆罪が成立する。最高刑は懲役3年だ。
ただし、最高刑が懲役5年である加重逃走罪は成立しない。逮捕や勾留などによって身柄を拘束されている者が暴行・脅迫を手段とするなどして逃走した場合を前提としているからだ。収容前だと、この要件には当たらない。
【服役と余罪捜査や裁判の関係は?】
では、それら余罪の捜査や公判中で、男が「被疑者」や「被告人」の立場にあっても、なお実刑判決が確定した傷害罪などの刑期は進むのか。
この点については、検察官による刑の執行指揮に基づいて実際に執行され、服役が始まるか否かに左右される。すなわち、執行によって男が「受刑者」の立場になれば、余罪に関して「被疑者」「被告人」であっても、自動的に刑期が消化されていくことになる。
そうすると、余罪について犯罪の成立を徹底的に争い、捜査や裁判を長引かせれば、それだけ刑務所よりもはるかに楽な拘置所で服役できることになる。「ゴネ得」になりかねない。
今回は執行には至っておらず、その前提となる収容段階で問題が生じた事案なので、ひとまず執行をストップしておき、余罪に関する捜査や裁判が一通り終わった段階で、改めて確定済みの刑を執行するというのも一考だろう。
公務執行妨害罪などの余罪で起訴された場合、さすがに今度は裁判所も最後まで保釈を認めないだろうが、もしそれでも保釈するという展開になれば、そのタイミングで執行するという手もある。
【受刑中の処遇は?】
また、服役に際しては、刑務所や拘置所からいつ逃走するか分からない「処遇困難者」だと見られることだろう。ほかの受刑者から「英雄視」されることで、彼らに悪影響を与える存在にもなりかねない。
そこで、共同室(雑居房)や刑務所内の工場でほかの受刑者らと集団生活をさせず、刑務官の監視のもと、単独室(独居房)の中で座ったまま、1日中1人で単調な作業をさせるといった処遇が行われるのではないか。
そうなると仮釈放は望めないから、満期一杯まで服役することになるだろう。
【裁判所の責任は?】
今回の件では、男の保釈を許可した裁判所の判断も問題視されている。ただ、実際には保釈中や実刑判決確定で保釈が失効した後に逃走するケースは稀だ。しかも、検察による収容時に刃物を振りかざして暴れたといった事案は極めて珍しい。
収容に赴く検察庁の職員らは手錠こそ持参しているものの、けん銃の携帯は認められていないし、逮捕術なども学んでいない。それでも、保釈後に実刑判決が確定した者の収容については、日々、特段の問題もなく行われている。危険な状況が予想される場合には、数名の警察官に同行を要請することもある。
今回の事件も、男は横浜地裁小田原支部で公判中だった2018年7月に保釈され、その後の9月に懲役3年8か月の実刑判決を受けて保釈の効力がなくなり、いったん収容された。
控訴後の10月、再び保釈が許可され、2019年1月に東京高裁で控訴棄却となり、2月に実刑判決が確定した。そうすると、男は起訴されていた傷害や窃盗、覚せい剤事件などに関する限り、少なくとも罪証隠滅に及んだり、逃げ隠れしてはいなかったことになる。
「人質司法」の揺り戻しから保釈許可率がこの10年間で倍増していることからすると、裁判所が保釈保証金600万円の納付と引き換えに保釈を許可したのも、あながち理解できなくはない。
保釈後に再犯に及ぶおそれがあるか否か、またそのおそれがどの程度のものなのかは、保釈可否の判断を左右しないとされているからだ。
いずれにせよ、この件で裁判所に責任を負わせることはできない決まりだし、裁判所が謝罪や保釈に至った経緯を説明することもない。
【こうしたケースが続けば…】
ただ、2016年には、連続強姦事件で実刑判決を受けた男が保釈された後、わずか2週間で再び強姦事件を起こして逮捕、起訴されている。
2017年にも、盗撮で起訴されて保釈された男が、法廷で実刑判決を宣告されるや、密かに持ち込んでいたカッターナイフを使って傍聴席に切りつけ、警察官2名を負傷させる事件を起こしている。
2018年に下校途中の小学女児らを狙った強制わいせつ事件などで起訴され、保釈中だった参議院議員の長男がまた同様の犯罪に及んで逮捕、起訴されたのも記憶に新しい。
保釈許可率の上昇に伴い、保釈後の再犯で起訴された者の数も10年前の約2.4倍にまで増加している状況だ。今回の件を含め、たとえ稀であっても社会を騒がすような目立つケースが続けば、裁判所も保釈可否の判断に際し、その裁量の幅を狭めていくかもしれない。
【不出頭罪の創設は?】
このほか、保釈中に出頭要請に応じなかったこと自体を処罰するため、新たに不出頭罪を創設すべきだといった見解もある。確かに逃走した男が一番悪いが、それでも今回は検察や警察の失態が明らかだ。
先ほどの実刑判決確定後、横浜地検は電話などで何度か男に連絡をしたものの、そのたびに適当に誤魔化され続けた。その挙げ句、複数回にわたって男の自宅を訪ねたものの、接触できなかった。
そうであれば、もっと早い段階で全国に指名手配をかけ、強制的に収容したり、保釈保証金を取り上げる手続に入るなど、一歩先んじた手を打つべきだった。
ましてや、逃走された6月19日は、横浜地検の職員5人のほか、神奈川県警の警察官2人が同行していた。にもかかわらず、気を許している間に自宅から刃物を持ち出され、振りかざされ、まんまと車で逃走されてしまっている。
横浜地検がこの失態を公表したのは逃走の約3時間後、県警が緊急配備をしたのは約4時間後であり、明らかに後手後手の対応だ。
横浜地検は、2014年にもルーティンワークからくる職員の油断や警備の甘さを突かれ、強盗容疑などで逮捕・送検されていた被疑者に川崎支部の庁舎から逃走されたことがあった。
実効性に疑いがある不出頭罪の検討よりも先に、まずは警察や検察が関係者の連行など逃走の危険性がある全ての場面でこれまで以上に緊張感を持ち、厳格かつ基本に忠実な警備を実施することが望まれる。(了)
(参考)
拙稿「知っておきたい保釈制度Q&A」