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激震走る警察の大失態 被疑者に逃げられた油断と隙

前田恒彦元特捜部主任検事
(写真:アフロ)

 レイプ事件や強盗致傷などで相次いで起訴され、別のレイプ未遂で再逮捕されていた被疑者が警察の接見室から逃走した。逃げた被疑者が一番悪いのは当然だが、油断をし、その隙を与えた警察の甘さも見過ごせない。原因や再発防止策などを示したい。

【逃走事件の概要】

 警察発表や複数の報道によると、逃走当日から翌日に至る流れは次のようなものだった。

(12日19時32分ころ)

 被疑者が大阪府警富田林署2階の接見室に入り、弁護人と接見開始。警察官の立会や接見室内を監視するカメラはなく、接見室も防音仕様。

 被疑者に手錠や腰縄なし。被疑者側の扉は施錠されていたが、弁護人側の扉は無施錠。

(20時ころ)

 接見を終え、弁護人が接見室隣の前室(接見の受付などを行ったり弁護人が順番待ちをする控室)を経由して富田林署から帰った。

 本来は弁護人側の扉の開閉があるとブザーが鳴り、前室に詰めている警察官も察知できるシステムだったが、富田林署では電池が抜かれており、ブザーが鳴らなかった。

 当時は留置管理担当の警察官が2名勤務していたが、前室には誰もおらず、弁護人も接見終了を伝えられなかった。

(21時43分ころ)

 接見が長いことを不審に思った警察官が接見室内を確認すると、弁護人はおろか、被疑者の姿もなかった。

 接見室の間仕切りとなっている透明のアクリル板3枚のうち、真ん中の右側が金属の枠から外れ、10センチ程度の隙間ができており、被疑者がそこからすり抜けて逃げたものと目された。

(その後)

 署内には約20名の警察官がいたが、誰も逃走に気付かなかった。

 署内や周辺などを探すも見つからず、被疑者のサンダルが署の駐車場に残されているのみだった。

 前室に置かれていた警察官のスニーカーがなく、これに履き替えたと見られた。

 署内にあったはずの脚立が警察署東側の塀のそばに置かれており、これを使って約3メートルの塀を乗り越えたものと思われた。

(翌13日午前6時28分)

 犯罪情報などを速報するメールにより、警察が住民に戸締まりなどの注意喚起。

【接見の立会や監視カメラ、防音措置の点】

 まず、接見に警察官が立ち会っておらず、接見室内を監視するカメラもなく、接見室が防音仕様になっていたという点だが、これらは当たり前のことだ。

 もし接見でのやり取りを捜査当局に見聞きされていたら、腹を割ったざっくばらんな本音の話などできず、安心して相談すらできないからだ。

 むしろ、防御のための当然の権利にほかならない。

 ただし、被疑者側のドアに小さな覗き窓があり、何か異常がないか、警察官が時折ここから室内を覗き見る程度のことはある。

 夜間で人手が少なかったとはいえ、今回の事件で警察がわずかでもそうした注意を払っていたのか、大いに疑問だ。

【手錠や腰縄の点】

 被疑者に手錠や腰縄を付けていなかった点についても、警察の留置施設では当たり前の取扱いだ。

 分厚い壁や鉄格子、鉄扉、無数の施錠によって外界と遮断されているので、暴れたりしないかぎり、留置施設内では拘束器具を付けない決まりだからだ。

 居室から運動場や浴場、面会室などに移動する際も、手錠や腰縄は付けていない。

 それらを付けるのは、警察署を出て、裁判所や検察庁、拘置所に行ったり、捜査のために犯行現場を案内する時くらいだ。

【弁護人側の扉が無施錠だった点】

 弁護人側の扉が無施錠だった点も、通常の取扱いだ。

 先ほども述べたとおり、アクリル板などで仕切られた被疑者側のエリアの方が外界と遮断された閉鎖空間となっているからだ。

 ただ、比較的新しい警察署では、それでもなお前室と接見室エリアとの間の扉が電子ロック式になっており、出入りの際に解錠用のカードが必要なところもある。

 弁護人も、警察官から渡されたカードを使い、接見室エリアに出入りするわけだ。

 このシステムだと、弁護人が扉を締め忘れるなどしない限り、今回のような事件は起こりえない。

 各警察署で広く導入されるべきだ。

【本来は弁護人側の扉の開閉の際にブザーが鳴る仕組みだった点】

 先ほども示したとおり、接見には警察官の立会がないから、警察としてもいつ終わったのか把握できない。

 そこで、警察署の規模や築年数などにより、次のような手段が組み合わされて実施されている。

(1) 接見室の弁護人側に押しボタン式のブザーがあり、弁護人がこれを押すと、前室の警察官が察知する。

(2) 弁護人側の扉の開閉の際にブザーが鳴り、前室の警察官が察知する。

(3) 弁護人側の扉の開閉の際に前室の赤ランプが点灯し、警察官が察知する。

(4) 弁護人が前室の警察官に声をかけ、終了を伝える。

(5) 被疑者が被疑者側のドアを叩いて警察官を呼び、終了を伝える。

(6) 接見室の弁護人側に内線電話があり、弁護人がこれを使って前室の警察官に終了を伝える。前室が不在の場合、他の部署の警察官が対応する。

 今回の富田林署では、本来は(2)の手段が採用されていたはずだったが、実際には(4)や(5)の手段に頼っていた。

【ブザーの電池が抜かれていた点】

 とはいえ、少なくとも(2)の手段を採用しておきながら、ブザーの電池を抜き、鳴らない状態にしていた点は、あまりにもお粗末としか言うほかない。

 富田林署は(4)のパターンが多いため不要だと考えて電池を抜いていたと説明しているし、特に夜間だとブザーの音がうるさく、留置されている被疑者らに配慮したのかもしれない。

 それであれば、少なくとも音がしない(3)の赤ランプを導入しておくべきだろう。

 大阪府警の調査では、ブザーの電池を抜き取っていたのは府内65署のうち富田林署だけだったとのことであり、杜撰極まりない。

【前室に警察官が誰もいなかった点】

 警察官が席を外していたこと自体も明らかな油断であり、被疑者に隙を与える結果となってしまっている。

 もし他の被疑者の対応や用便などの関係でどうしても中座しなければならないのであれば、内線電話を使って応援の警察官を呼び、その者に監視などを依頼すべきだった。

 ただ、現実にはこうした事態は富田林署に限った話ではない。

 たとえ(1)〜(5)の手段を採用していても、地方都市の小規模な警察署では、特に人手の少ない夜間だと、何度ブザーを押すなどしても警察官がやってこない場合も多い。

 次の用件が立て込んでいて、待ちきれず、そのまま帰る弁護人もいると聞く。

 (1)〜(5)の手段は、前室に警察官が詰めていなければ意味がない。

 弁護人が確実に警察官とやり取りでき、前室以外の警察官でも対応可能な(6)の手段がベストであり、他の手段も併用しつつ、早急に全国の警察署で導入すべきだろう。

【アクリル板が外れている点】

 アクリル板の件は、今回の事件で最も解明を要する部分だ。

 被疑者が接見中に興奮し、味方であるはずの弁護人を罵倒した挙句、アクリル板を思い切り殴りつけたり、蹴りつけるといった事態になることもままある。

 それでもビクともしないほど、このアクリル板の強度は高い。

 被疑者側には被疑者が座るパイプ椅子があり、アクリル板に叩きつけられるのを防ぐために床面に釘などで固定している警察もあるが、たとえこのパイプ椅子で叩いたとしても、全く割れないほどだ。

 身柄を拘束され、何かと自由が制限されている被疑者らは、外で自由を謳歌したいといった誘惑にかられている。

 だからこそ、刑法は、彼らが壁や鍵などの設備を一切壊さず、警察官らに暴行や脅迫も加えず、誰とも共謀せずにたった1人で逃げたという場合、1年以下の懲役という比較的軽い刑罰にとどめている。

 記憶に新しい松山刑務所大井造船作業場の受刑者脱走事件も、適用されたのは単純逃走罪だった。

 これに対し、府警は、アクリル板の片側を金属の枠から外して壊し、隙間を作って逃げたということで、最高刑が懲役5年の加重逃走罪で捜査を進めている。

 ただ、そのアクリル板の止め具が初めから壊れており、少し押すだけで開いたということだと、加重逃走罪が成立するか微妙だ。

 接見室が防音仕様になっていたことや、警察官が不在だったことが重なり、たとえ音を出していても、全く気づけなかったということかもしれない。

 それでも、施設の経年変化などで老朽化が進み、実際にはわずかな力で開くような状態になっていたら大問題だし、簡単に外れたり曲がったりするようでは、およそ逃走防止措置たり得ない。

 同様のアクリル板がないか、全国の警察署で直ちに調査を行い、問題があれば改修を行う必要がある。

【住民への注意喚起が遅れた点】

 住民への注意喚起が遅れに遅れている点も言語道断だ。

 情報を小出しにしていては、住民に不安が増すばかりだ。

 2007年には、栃木県の宇都宮中央警察署の接見室で保険金放火殺人事件の被疑者が首吊り自殺をし、大問題となったことがあった。

 夜間に接見し、弁護人が帰った後、留置管理担当の警察官がいつまでも迎えに来なかったため、下着を裂いてヒモ状にし、ドアに引っ掛けて首を吊る隙が生まれたからだった。

 その後、しばらく警察の留置管理業務にはかなりの緊張感や厳格さが見られたが、時の経過とともに、ルーティンワークの中で薄れつつあるのではなかろうか。

 警察には、被疑者が逃走する危険性のある全ての場面でこれまで以上に緊張感を持ち、基本に忠実な留置管理態勢の実施が求められる。

 もちろん、留置施設のハード面だけでなく、警察の人員配置やオペレーションにも問題があったのは確かだ。

 相応の予算措置が必要だが、いつどこで起こるかわからない事件であり、先ほど挙げたような再発防止策を全国規模で積極的に進めていくべきだ。

 府警は3千人態勢で被疑者の行方を追っているという。

 担当警察官や幹部らの責任追及はひとまず今後の課題とした上で、逃走中の再犯を防止する観点からも、被疑者の早期検挙が強く望まれる。(了)

元特捜部主任検事

1996年の検事任官後、約15年間の現職中、大阪・東京地検特捜部に合計約9年間在籍。ハンナン事件や福島県知事事件、朝鮮総聯ビル詐欺事件、防衛汚職事件、陸山会事件などで主要な被疑者の取調べを担当したほか、西村眞悟弁護士法違反事件、NOVA積立金横領事件、小室哲哉詐欺事件、厚労省虚偽証明書事件などで主任検事を務める。刑事司法に関する解説や主張を独自の視点で発信中。

元特捜部主任検事の被疑者ノート

税込1,100円/月初月無料投稿頻度:月3回程度(不定期)

15年間の現職中、特捜部に所属すること9年。重要供述を引き出す「割り屋」として数々の著名事件で関係者の取調べを担当し、捜査を取りまとめる主任検事を務めた。のみならず、逆に自ら取調べを受け、訴追され、服役し、証人として証言するといった特異な経験もした。証拠改ざん事件による電撃逮捕から5年。当時連日記載していた日誌に基づき、捜査や刑事裁判、拘置所や刑務所の裏の裏を独自の視点でリアルに示す。

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