元特捜部主任検事の被疑者ノート(70) あきれるほどのコペルニクス的転換 立件、起訴ありきの総連事件

(ペイレスイメージズ/アフロ)

~達観編(18)

勾留23日目(続)

【始まりは報道から】

 「朝鮮総連本部、5月末に売却 土地建物、民間会社に 元公安庁長官が社長」――

 2007年6月12日、毎日新聞朝刊のスクープを皮切りとして、朝鮮総連中央本部の土地建物をめぐる疑惑が新聞各紙で一斉に報じられた。

 その要点は、次のようなものだった。

(1) 総連は、整理回収機構から貸付金628億円(経営破たんした在日朝鮮人系信用組合の不良債権を引き継いだもの)の返済を求めて東京地裁に提訴されており、判決が2007年6月18日に迫っていた。

(2) しかし、そうした中の5月31日、中央本部の土地建物(評価額は少なく見積もっても20億円超)の登記簿上の所有名義が、売買を理由として総連側から投資顧問会社に移されていた。

(3) その土地建物は、もともと固定資産税の支払いを求める東京都が差し押さえていたものの、総連側の完納を受け、4月26日に差し押さえを解除されたばかりだった。

(4) 投資顧問会社は、2006年9月に資本金88万円で設立されたもので、2007年4月には公安調査庁長官や高検検事長などを歴任した弁護士が代表取締役に就任し、会社所在地もその自宅に変更されている。

(5) 総連は、所有名義の移転後も土地建物の占有を続け、従前どおり中央本部として活動を続けている。

 この報道を見聞きする限り、総連側と元検事長側が結託し、差押えを逃れるために売買を仮装し、形だけ所有名義を移したにすぎない事案ではないかと思われた。

 強制執行妨害や虚偽登記に当たるものであり、債務者が債権者の手から資産を守るために使われる典型的な手口だ。

 東京地裁の判決では総連側の敗訴が見込まれ、整理回収機構が中央本部の土地建物を差し押さえ、競売にかける可能性が高かった。

 他方、資本金88万円で設立され、個人宅を本社とする投資顧問会社が数十億もの売買代金を用立てられるはずもなく、実態のないペーパーカンパニーであることは明らかだった。

 北朝鮮の大使館的シンボルである中央本部を失うことは大きな痛手であり、是が非でも整理回収機構から守りたいという総連側の動機もうかがえた。

 ただ、いずれにせよ実態の解明は警察の手によるべきものであり、検察、とりわけ特捜部が警察を差し置いてしゃしゃり出るほどの事件ではないものと思われた。

 現に、報道当日、国家公安委員長が会見に応じ、事実関係の調査を行うとの意向を示していた。

【2班が着手!?】

 しかし、早くもその日のうちに、東京地検特捜部の2班が電撃的な内偵捜査に乗り出し、元検事長のほか、総連側代理人となっていた元日弁連会長らの取調べを行った。

 翌6月13日には、元検事長宅や元日弁連会長宅など関係先の捜索を行った。

 当時の東京特捜は、政治家や官僚らの疑獄事件を取り扱う1班、特殊な経済事件を取り扱う2班、脱税事件などを取り扱う財政班の3班態勢となっていた。

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前田恒彦

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15年間の現職中、特捜部に所属すること9年。重要供述を引き出す「割り屋」として数々の著名事件で関係者の取調べを担当し、捜査を取りまとめる主任検事を務めた。のみならず、逆に自ら取調べを受け、訴追され、服役し、証人として証言するといった特異な経験もした。証拠改ざん事件による電撃逮捕から5年。当時連日記載していた日誌に基づき、捜査や刑事裁判、拘置所や刑務所の裏の裏を独自の視点でリアルに示す。

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1996年の検事任官後、約15年間の現職中、大阪・東京地検特捜部に合計約9年間在籍。ハンナン事件や福島県知事事件、朝鮮総聯ビル詐欺事件、防衛汚職事件、陸山会事件などで主要な被疑者の取調べを担当したほか、西村眞悟弁護士法違反事件、NOVA積立金横領事件、小室哲哉詐欺事件、厚労省虚偽証明書事件などで主任検事を務める。刑事司法に関する解説や主張を独自の視点で発信。唎酒師、日本酒品質鑑定士でもある。