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「黙食」は必要か? 小学生と医療従事者の現状をふまえて

倉原優呼吸器内科医
(写真:アフロ)

文部科学省は11月29日、学校での給食時において、適切な新型コロナ感染対策を取っておれば「黙食を求めない」ことを明文化しました。「黙食」について、小学生と医療従事者の観点から私見も踏まえて書きたいと思います。

「黙食」の効果

スーパーコンピュータ「富岳」による飲食時のマスクの効果をシミュレーションした結果が、第108回東京都新型コロナウイルス感染症モニタリング会議資料として提出されました(1)。

宴会で同じテーブルなどの近い距離にいる場合、感染リスクは高いですが、この経路をマスクでシャットダウンできれば感染リスクを大きく低減できることが示されています(図1)。

図1. マスク着用による宴会の感染リスク低減効果(参考資料1より引用)
図1. マスク着用による宴会の感染リスク低減効果(参考資料1より引用)

「富岳」は、その他飲食店や観光バスのシミュレーションのデータも提示していますが、総合的な飛沫・エアロゾル対策によって、感染リスクは3分の1程度まで減少させることが可能です。

飛沫やエアロゾルがほとんど飛ばない「黙食」にも医学的に感染予防効果はありそうですが、これを私たちの日常にどのように組み入れるかどうかが、議論になっているのだと思います。

給食時の「黙食」

文部科学省は11月29日、学校での給食時において、適切な対策を取っておれば「黙食を求めない」ことを明文化しました(2)。SNSではこれをめぐって、苛烈な論争が巻き起こっています。

学校向けの衛生管理マニュアルでは、①食事の前後の手洗いを徹底、②食事時に飛沫を飛ばさない(机を向かい合わせにしない、大声での会話を控えるなど)の対応が必要とされています(3)。「黙食」ではなく、せいぜい「静食」くらいの扱いですが、当初厳しいニュアンスの通達だったため「黙食」が当たり前になりました。

第8波になって足もとの学校等のクラスター発生は落ち着いており(図2)、第8波に関しては高齢者施設と比べてクラスターが少ないほうではあります(図3)(4)。ただ、いずれも「全くない」わけではない点が議論を難しくしています。

図2. 全国の学校等におけるクラスター件数(参考資料4より筆者作成)(イラストはツカッテより使用)
図2. 全国の学校等におけるクラスター件数(参考資料4より筆者作成)(イラストはツカッテより使用)

図3. 全国の施設クラスターの割合(参考資料4より筆者作成)
図3. 全国の施設クラスターの割合(参考資料4より筆者作成)

小学生の「黙食」について議論する際、高齢者施設とは異なり新型コロナワクチン接種が進んでいない現状と向き合う必要があります。2回目接種まで済んでいるのは約20%で、3回目接種にいたってはようやく5%を超えてきたレベルです。

接種率が低い状況で緩和に踏み切る場合、ある程度クラスターが発生するリスクが高くなることを、自治体・学校・親は理解しておく必要があります。

子どものワクチンが接種しやすい環境を整備している自治体が、感染リスクを許容して正常化に舵を切ることは許容されると思います。全てをひっくるめて、厳格な「黙食」にこだわらなくてよい、というのが文部科学省の1つの答えなのだろうと受け止めています。

「感染リスクを減らすために黙食を継続すべき」も「その他の感染対策をしっかり講じているのであれば黙食を継続しなくてもよい」も、私はどちらも間違いではないと感じています。「できれば黙食を続けてほしい」と思う受験生の親がいたとしても、それも至極納得できる意見です。

医療従事者における「黙食」

医療従事者は、病院の休憩室などでは基本的に「黙食」が徹底されています。これは、院内クラスターが出た場合、できるだけ濃厚接触者にならないようにするためでもあります。

「濃厚接触者」という概念自体が一般社会では薄れつつあると思いますが、さすがに院内クラスターと向き合う現場で、医療従事者同士が食事中に大声で話すのはまずいかもしれません。

私は院内の感染制御を担当する医師の1人ですが、職員のクラスターが発生すると、「休憩室ではどのように食事をとっていたか」と、刑事のように事情聴取することにつらい思いを持っていました。

パンデミック晩期まで、国内で「黙食」が継続されるシーンがあるなら、それは「医療従事者の食事」なのかもしれません

上手に「引き算」を

致死率が高かった初期のコロナ禍では、生活規範にまで行政が介入せざるを得ませんでした。他国と比べて死亡者数が少ない日本で、これが過度な失策だったとは思いません。

院内クラスターが出ている病院で、同じ病棟内の医療従事者が休憩室で食事するなら「黙食」は必要でしょう。反面、幼稚園・保育園・小学校の給食で「黙食」まで強いる必要はないかもしれません。前を向いて食事を摂り、大声を出さずに会話する「静食」スタイルから始めている自治体もあります。他方、社員が集まって忘年会をするのはどうか、近所の家族が集まってホームパーティをするのはどうか、遠方の法事で酒を酌み交わすのはどうか・・・など、生活には様々なシーンが存在します。

「食事を楽しみたい」と思う気持ちは、みんな一緒です。なので、過渡期では可能なところから、うまく「引き算」してもらえればと願っています。その過程で議論がどうしても白熱してしまうかもしれませんが、私たちが向いている方向はきっと同じです。

(参考)

(1) 第八波にむけた感染拡大抑止のための「富岳」飛沫シミュレーション(URL:https://www.bousai.metro.tokyo.lg.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/022/682/20221201_06.pdf

(2) 「新型コロナウイルス感染症対策の基本的対処方針」の変更等について(URL:https://www.mext.go.jp/content/20221129-mxt_kouhou01-000004520_4.pdf

(3) 学校における新型コロナウイルス感染症に関する衛生管理マニュアル~「学校の新しい生活様式」~(2022.4.1 Ver.8)(URL:https://www.mext.go.jp/content/20220404-mxt_kouhou01-000004520_01.pdf

(4) データからわかる-新型コロナウイルス感染症情報-(URL:https://covid19.mhlw.go.jp/

呼吸器内科医

国立病院機構近畿中央呼吸器センターの呼吸器内科医。「お医者さん」になることが小さい頃からの夢でした。難しい言葉を使わず、できるだけ分かりやすく説明することをモットーとしています。2006年滋賀医科大学医学部医学科卒業。日本呼吸器学会呼吸器専門医・指導医、日本感染症学会感染症専門医・指導医、日本内科学会総合内科専門医・指導医、日本結核・非結核性抗酸菌症学会結核・抗酸菌症認定医・指導医、インフェクションコントロールドクター。※発信内容は個人のものであり、所属施設とは無関係です。

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