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乳牛へ感染が広がる鳥インフル 牛乳は飲んでも大丈夫か? ヒトが感染した場合の致死率は?

倉原優呼吸器内科医
肺炎のイメージ(筆者の胸部単純X線写真を加工)

鳥インフルエンザは「基本的に哺乳類へ感染しにくい」というのが定説でしたが、最近は哺乳類の感染事例が増えてきていることから、今後ヒトに感染しやすく進化を遂げる懸念があります。感染した鶏肉、鶏卵、牛乳などを摂取しても問題ないでしょうか?ヒトが感染した場合に治療法はあるのでしょうか?

アメリカの酪農業に広がる懸念

感染症法で2類感染症に指定されている鳥インフルエンザはH5N1(高病原性)およびH7N9(低病原性)の2つがあり、これ以外のタイプは4類感染症となっています。現在、世界的に注目されているのは、H5N1のほうです。

アメリカの酪農場で、3月下旬に乳牛のH5N1発生が発表されて以来、コロラド州、アイダホ州、カンザス州、ミシガン州、ニューメキシコ州、ノースカロライナ州、サウスダコタ州、オハイオ州、テキサス州の合計9州・36酪農場でH5N1が検出されています(1)。

感染した乳牛は、ウイルス性乳腺炎になることがあり、搾乳作業をしている人がすぐに分かるほど質の悪い牛乳を出すとされています。H5N1ウイルスの残骸が、アメリカの市販の牛乳から検出され、PCRが陽性になったと報道されました。

搾乳
搾乳写真:イメージマート

日本では乳牛の感染は報告されていませんが、千葉県では最近H5N1に感染したニワトリの殺処分が行われたことが報道されました。

以前にも増して身近に感じることが多くなったH5N1。感染したトリの肉やウシの乳を摂取しても大丈夫でしょうか?

ヒトへの感染経路

H5N1によるインフルエンザは、感染した鳥の羽やフンと接触あるいは吸入することで、発症することがあります(2)(図1)。しかし、鶏肉、鶏卵、牛乳を経口摂取して感染するというリスクは現時点で確認されていません(3)。

図1.鳥インフルエンザの感染経路(参考資料2より引用)
図1.鳥インフルエンザの感染経路(参考資料2より引用)

アメリカ食品医薬品局(FDA)の報告によると、牛乳でPCRが陽性になったとしても、ウイルスの活動性は殺菌処理によって消滅しており、ヒトに感染することは医学的にないとしています(4)。現状、H5N1がこの処理をすり抜けることは不可能ということです。

しかしながら、感染した乳牛と直接接触することがある酪農業の従事者では、H5N1の感染リスクが高いと考えられます。

そのため、感染が疑われた動物がいる場所では、N95マスクなどの高性能マスクを含めた個人防護具が必要になります。

ヒトが感染した場合の治療法は?

万が一ヒトが感染した場合、治療法はあるのでしょうか?

実は、季節性インフルエンザに使用されるオセルタミビル(タミフル)などのノイラミニダーゼ阻害剤や、キャップ依存性エンドヌクレアーゼであるバロキサビル・マルボキシル(ゾフルーザ)の効果が期待できます(1)。

抗ウイルス薬をできるだけ早期に投与することが求められ、投与が1日遅れるごとに死亡リスクがどんどん高くなるとされています(5,6)。肺炎を起こしてしまうと、新型コロナと同様に致死率が急増してしまうため、早期発見・早期治療がきわめて重要な感染症と言えます。

ヒトが感染した場合の致死率は?

2024年3月までのデータによると、全世界でH5N1のヒト感染例887例のうち462例(52.1%)が死亡しています(7)(図2)。中国の研究では、入院例における致死率は低病原性のH7N9でさえ36%、今回取り上げたH5N1で70%とされています(8)。

図2.2003年11月以降のH5N1発症者数と死亡者数(参考資料7より引用)
図2.2003年11月以降のH5N1発症者数と死亡者数(参考資料7より引用)

風邪程度の軽症例はそもそも診断されていないため、実際の致死率はこれよりも低い可能性がありますが、それでも臨床医の感覚的には「相当高い」と言わざるを得ません。

毒性が高い理由として、季節性インフルエンザと比較して、鳥インフルエンザではウイルス量が多く、治癒までの経過が長いからと考えられています。

まとめ

乳牛だけではなく、アザラシなど他の哺乳類にも感染が広がっていることから、別のインフルエンザウイルスと混合したり、ウイルスが突然変異したりすることによって、ヒトからヒトへ感染するウイルスに変貌を遂げる可能性があります。

H5N1に感染した乳牛やヒトよりも、家きん類の感染例のほうがはるかに多いので、現時点ではわれわれは過度な懸念をしなくてもよいです。しかし、今後哺乳類への感染が広がらないかどうか注視する必要があるでしょう。

(参考)

(1) Avian Influenza A(H5N1) U.S. Situation Update and CDC Activities(URL:https://www.cdc.gov/flu/avianflu/spotlights/2023-2024/avian-situation-update.htm

(2) Current U.S. Bird Flu Situation in Humans(URL:https://www.cdc.gov/flu/avianflu/inhumans.htm

(3) 消費者庁. 鳥インフルエンザに関する情報(URL:https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_safety/caution/caution_012/

(4) Updates on Highly Pathogenic Avian Influenza (HPAI)(URL:https://www.fda.gov/food/alerts-advisories-safety-information/updates-highly-pathogenic-avian-influenza-hpai

(5) Chan P, et al. J Infect Dis. 2012 Nov;206(9):1359-66.

(6) Zheng S, et al. Clin Infect Dis. 2018 Mar 19;66(7):1054-1060.

(7) 厚生労働省. 鳥インフルエンザA(H5N1)について(URL:https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000144523.html

(8) Cowling BJ, et al. Lancet. 2013 Jul 13;382(9887):129-37.

呼吸器内科医

国立病院機構近畿中央呼吸器センターの呼吸器内科医。「お医者さん」になることが小さい頃からの夢でした。難しい言葉を使わず、できるだけ分かりやすく説明することをモットーとしています。2006年滋賀医科大学医学部医学科卒業。日本呼吸器学会呼吸器専門医・指導医、日本感染症学会感染症専門医・指導医、日本内科学会総合内科専門医・指導医、日本結核・非結核性抗酸菌症学会結核・抗酸菌症認定医・指導医、インフェクションコントロールドクター。※発信内容は個人のものであり、所属施設とは無関係です。

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