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テレワークの「労働」に国が画期的な判断 身を守るための新たな手段とは?

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
写真はイメージです。(写真:アフロ)

 テレワークはコロナ禍で急速に拡大していき、感染予防だけでなく、満員電車での長時間通勤の必要もなく労働者が働く場所を選べるといった観点から好意的に捉えられてきた。

 その一方で、自宅などオフィス以外で業務を行うことで、定時を超えて仕事をしていても残業代が支払われないケースや、ハラスメントや長時間労働が見過ごされる可能性も懸念されていた。

 今年4月3日、まさにそのようなテレワーク中に、月100時間という過労死ラインを超えた残業の結果、精神疾患を発症した女性に対して3月に労災が認定されていたことが明らかになった。女性の代理人弁護士は「テレワークによる過重労働での労災認定は初めてではないか」と話しており、極めて画期的だといえる。

 本記事では、この事件の当事者と弁護士による記者会見の情報から、テレワーク中の過労による病気や残業代未払いへの対処法について考えていきたい。

テレワーク中に過労死ラインを超える過重労働で精神疾患に

 今回、テレワーク中の過重労働が原因で精神疾患を発症した関東在住の女性(50歳代)は、横浜市にオフィスを構えるスターキージャパン株式会社に2019年に正社員として採用された。この会社は、世界100カ国以上に展開する補聴器専業メーカーでアメリカに本社を置くスターキー社の日本法人であり、管理部に勤務する女性の仕事内容は、経理や人事から総務までと非常に多岐にわたっていたという。そのなかで、社員が頻繁に入れ替わったり、新規システムの導入など業務が集中した2021年の下半期から仕事の負担が大きくなっていた。

 もともとこの会社ではコロナをきっかけにテレワークが導入されており、女性も2020年からテレワークを行っていた。テレワーク中、女性は上司からチャットやメールで業務の指示を受けており、必要に応じて電話でのやり取りやオンライン会議も開かれていた。所定労働時間は8時30分から17時30分(休憩1時間)の8時間であったが、ひっきりなしに寄せられる業務指示によって慢性的な残業が続いていたという。

 女性の代理人弁護士によれば、上司からの業務指示が酷いときには数分単位で、少なくとも1時間に数回は届いており、レスポンスが遅くなると返信するよう催促の連絡が来ていたようだ。また、金曜日の深夜に月曜日までにこの仕事をやってほしいというメールが届いたり、18時以降に翌朝までにある業務を完成させてほしいという指示が送られてきたりと、定時を遥かに超えて働いていたという。

 一ヶ月間の残業時間は労働基準監督署が認定しただけでも最大112時間と、過労死ラインを遥かに上回っているような過重労働を強いられた結果、女性は2022年3月に精神疾患を発症し、現在まで休職中を余儀なくされている。

 その後、女性は精神疾患の発症は労災であると主張して労災申請を行ったところ、今年3月に横浜北労働基準監督署は長時間労働があったことを認めて労災だと認定している。

ほとんどの事業場外みなし労働時間制は不適切に適用されている可能性が高い

 このケースで特徴的なのは、テレワーク中の過労に加えて、女性に対しては事業場外みなし労働時間制を会社が適用していたことである。この制度では何時間働いても残業とならないため、女性に対してはあらかじめ決められていた固定残業代35時間分以外は支払われていなかった。この事業場外みなし労働時間制が長時間労働の温床になっていたと考えられる。

 そもそも事業場外みなし労働時間制とは、オフィスや工場といった会社の事業所以外で働いている労働者で、会社から具体的な業務指示がなされていないために労働時間を算定することが難しいとされる場合において、何時間働いていても、あらかじめ決められた時間数働いていたと「みなす」制度である。仮に、そのときに1日20時間働いたとしても、あるいは1時間しか働かなかったとしても、8時間とみなすと決められていれば8時間分の給料が支払われる。

 労働基準法第38条の2に定められているこの制度だが、ポイントは労働時間の算定が難しい場合にのみ適用可能という点だ。例えば、厚生労働省「事業場外労働に関する「事業場外みなし労働時間制」の適正な運用のために」によれば、「無線やポケットベル等によって随時使用者の指示を受けながら事業場外で労働している場合」は、会社の指揮監督が及んでおり労働時間が算定可能であるため、適用できないとされている。

 いまでは、ポケベルどころか位置情報を確認できるスマホがあるため、事業場外みなしが合法的に適用されるのはかなり特殊な事例、それこそスマホを持っていたとしても、会社からの指示や連絡を一切受けずに外回り営業や自宅作業している場合のみだといえる。

 そう考えると、いま「みなし」で働きながら残業代が支払われていないほとんどの労働者には、残業代不払いが発生しているといえるだろう。 

参考:外回りの営業社員にも残業代が払われる!?

テレワークでもみなし労働時間制が違法になるケースが少なくない

 さらに、今回問題になっているテレワークを行う労働者に対して事業場外みなし労働時間制を適用するにあたっては、厚生労働省の「テレワークの適切な導入及び実施の推進のためのガイドライン」が参考になる。これは上で見た要件を、テレワークを想定した形で整理しているが、このガイドラインによれば以下の2点が要件となるという。

第一に、「情報通信機器が、使用者の指示により常時通信可能な状態におくこととされていないこと」だ。例えば、「勤務時間中に、労働者が自分の意思で通信回線自体を切断することができる場合」や、通信機器を切断できなくても「労働者が情報通信機器から自分の意思で離れることができ、応答のタイミングを労働者が判断することができる場合」がこれに該当するという。

第二に、「随時使用者の具体的な指示に基づいて業務を行っていないこと」だ。これは「使用者の指示が、業務の目的、目標、期限等の基本的事項にとどまり、一日のスケジュール(作業内容とそれを行う時間等)をあらかじめ決めるなど作業量や作業の時期、方法等を具体的に特定するものではない場合」とされている。
(強調:引用者)

 スターキージャパンで働いていた女性の場合、業務指示がひっきりなしにチャットなどで業務指示が送られていただけでなく、それに対してレスポンスを返すことが求められていたようだ。そのため通信回線を自分の判断で切断することなどできるはずもなく、また自分の意思でパソコンから離れることも困難であることから、第一の要件を満たしているとは考えにくい。また、「翌朝までに」「月曜日までに」と、いつまでに作業を終えられるかなど作業時間に対しての指示があったため第二の要件も満たさないと考えられ、事業場外みなし労働時間制の適用は認められないと労基署が判断したのだろう。

 この2つの要件に加えて、スターキージャパンでの事業場外みなし労働時間制に対する労働基準監督署の対応をみると、いま全国で行われているテレワーク労働者に対する事業場外みなし労働時間制の多くが違法の可能性が高いと考えられる。その日の具体的な業務スケジュールが決まっている場合や、スラックやチームス、その他のアプリで業務指示がなされる状況であれば会社は労働時間を把握することができるため、もしそのような状況で働いているものの事業場外みなし労働時間制のために残業しても不払いになっていれば、賃金未払いとして会社に請求することが可能になると考えられる。

重要なのは証拠集め パソコンのログやメール、チャットを保存しよう

 今日においてはほとんど適用が困難な事業場外みなし労働時間制を、なぜ会社が導入するのか疑問に思う読者もいるかもしれない。スターキージャパン社の導入経緯は不明だが、一般論としては、事業場外みなし労働時間制は就業規則の改定を行えば導入できるという容易さに加えて、「あなたは事業場外みなし労働時間制なので、残業代はでない」と労働者に伝えれば、あたかも残業代の不払いが正当であるかのように思わせることもできるからだろう。

 なお、今回のケースでいえば、女性が使用していた社用パソコンのログに基づいて残業時間を割り出すと、一ヶ月で最大160時間ほどになると女性の弁護士は話している。しかし労働基準監督署の判断は最長で112時間、最も少ない時期は月わずか12時間と判断しており、女性側の主張とは乖離があるという。

 これはおそらく、労基署がパソコンのログではなく、チャットやメールなどの記録から具体的な業務指示があった時間のみを採用した結果だと考えられる。女性の場合はチャットやメールの記録があったことで最低限の労働時間の主張ができ認定されたようだ。

 つまり、テレワークなどを行っている人にとっては、労災申請や残業代請求にあたって証拠集めが極めて重要となる。業務指示がなされるアプリやメッセージはすべてスクリーンショットを残したり、メールを削除せずに残しておくことが大切だ。特に社内の業務アプリやグループワークシステムは、会社からメンバーとして退出させられると後から証拠を取ることが難しくなるため、今のうちに記録を残しておいてほしい。

 今回のケースでも、労働時間が過小評価されているもののチャットなどの記録があったことを踏まえて労働基準監督署は今年1月12日付けで会社に対して是正勧告を行っている。それを受けて会社は約90万円の未払い残業代を2月末に女性に対して支払っている。

 女性は「窓のない独房で常に監視され、追い込まれているような状況に陥ったら、わずかな睡眠時間ですら眠れなくなったら、上司は無視して、残りの力を振り絞って病院や労働の専門家の元に駆け込んでください」と話しているが、女性がコメントするように、おかしいと思ったらすぐに専門家に相談してほしい。

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NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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