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「ただ働き」要求するヤマハ音楽教室を講師が告発 10時間働いて「0円」の日も

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
写真はイメージです(写真:イメージマート)

 近年、企業に雇用されず、個人で仕事を請け負う「フリーランス」として働く人が増えている。国が行った2020年の調査では、全国に推計462万人(うち副業が248万人)と就業人口の7%となり、その後も年々増加傾向にある。

参考:「フリーランス実態調査」(内閣府)

 同時に、長時間労働や報酬の不払い、労働災害など様々な労働問題をフリーランスが抱えていることも明らかとなってきている。そのため、近年、このような労働環境の改善を目指して、ウーバーイーツや英語講師、ヨガインストラクターなどのフリーランスたちの労働組合の結成も広がってきている

 この分野では特にウーバーイーツやアマゾンなどの配送労働者の労働問題が世界的に注目を集めており、日本においても労働法上の権利をめぐる紛争が相次いでいる。今月16日にも、アマゾンの商品を顧客に配送するフリーランスのドライバーもユニオン(労働組合)を結成したことも報じられたばかりである。

参考:アマゾンの自営ドライバーが新たに労組を結成! 労働問題の背景を詳しく解説

 とはいえ、フリーランスが労働組合を結成しても使用者が交渉に応じず、なかなか環境改善が進まないことも多い。ウーバー社も、2019年以来ずっと配達員たちが結成した労働組合との交渉を拒否し続けており、2022年には東京都労働委員会から救済命令も出されている。

 そのような中で、今回紹介するフリーランスの音楽講師たちが結成した「ヤマハ音楽講師ユニオン」は、使用者である「一般財団法人ヤマハ音楽振興会」(以下、ヤマハ)と事実上の「団体交渉」をし、無報酬労働の改善などを実現したという。

 本記事では、「ヤマハ音楽講師ユニオン」の組合員の方々やユニオンの活動を支援する清水亮宏弁護士へのインタビューを元に、今後のフリーランスの働き方を考えていきたい。

過酷な労働環境と、「フリーランス」とされ無権利状態の講師たち

一般財団法人ヤマハ音楽振興会のHPによると、ヤマハ音楽教室は、1954年に開校され、現在は国内で2,400会場、生徒数309,000人、講師9,600人と大規模に展開している。

 そこで働く音楽講師たちは、下図のように、ヤマハと業務委任契約を結んだフリーランスとして、「特約店」(「楽器店」などの店舗)に「派遣」されるような形式で働いている。講師は特約店と「協力関係」にあるだけで、直接的な契約関係にはない。

ヤマハ音楽講師ユニオンHPより
ヤマハ音楽講師ユニオンHPより

 講師たちが抱える労働問題は以下のようなものだ。

 講師は、業務の中心となるレッスンだけではなく、レッスン前後の準備、生徒の発表会の準備・本番、講師会議への参加など、幅広い関連業務を担っているが、レッスン以外の業務に対して報酬が払われないことがあるという。

 例えば、ヤマハ音楽講師ユニオンが行った「レッスン外業務報酬(発表会が主)」に関するアンケート調査では、発表会について「謝礼が一円もでません。講師になってもう10年以上。担当生徒がでない発表会もレッスンをお休みにして手伝いにいかなければなりません。司会、歌の伴奏、着ぐるみ、1日がかりの仕事で一円もでないのはおかしいです」などといった悲痛な声も寄せられている。

参考:「ヤマハ音楽講師ユニオン・発表会についてのアンケート」(集計期間 2021/5/1~2021/6/30)

 また、仕事中の怪我やハラスメントによる病気といった労働災害の問題も深刻だ。自分や周りの講師がレッスン稼働中(通勤中も含む)に労災にあったことがあるかを問うユニオンの調査では、回答者43人中51,2%と半数を超える講師が「はい」と答えている。

 その中には、例えば、「エレクトーンのコードに足を引っ掛けてしまい、転倒、骨折」などの怪我に関する回答もあれば、「財団の方との面談で『講師に向いてない』『辞めた方がいい』と強い口調で言われ、自分のことがわからなくなり混乱し、鬱病になりました」などヤマハ側によるハラスメントによって精神疾患を発症してしまったという回答もあった。

参考:「ヤマハ音楽講師ユニオン・事故・怪我についてのアンケート」(集計期間 2020/10/20~2020/12/20)

 さらに、2020年初旬に起きた新型コロナウィルスの感染拡大に伴い、ヤマハの意向でレッスンが一方的に休講になったという。しかし、ヤマハから実質的な休業補償はなく、平均月収の2割分が1度だけ「見舞金」として支払われただけだった。それによって、休講期間がいつまで続くかわからず、多くの講師が路頭に迷ってしまった。

 これは、フリーランスの不安定さと貧困問題を象徴するような問題だ。この件は、後述する「ヤマハ音楽講師ユニオン」結成の直接的契機ともなっている。

 以上のような労働問題については、企業等に雇用されている「労働者」であれば、労働基準法や最低賃金法、労災保険などが適用されるため、働いた分の賃金を請求したり、怪我などをしたら労災保険から治療費や休んでいる期間の補償を受けたり、休業補償として最低6割の生活補償を請求することなどができる。しかし、講師たちの契約形態は「自営業者=フリーランス」とされているために、それらの権利が基本的に適用されていない。

フリーランス講師たちが「支配」される構図

 では、なぜこれまでフリーランス講師たちは声を上げることができなかったのだろうか。それは、彼らが契約の上で非常に弱い立場に置かれ、事実上の「支配」を受けているからである。

 すでに述べたように、講師たちはヤマハ音楽振興会と契約し、特約店に派遣されている。その際、フリーランスの収入は講師のレッスンにどれだけ生徒が集まるかによって決まることになる。

 具体的には、生徒一人当たりの月謝×受講者数のうち3割程度が講師の収入になる。講師が特約店にレッスンができる曜日と時間の希望を出しておけば、基本的には、特約店が受講を希望する生徒との間のスケジュールを機械的にマッチングしていく。レッスンをうけてくれる生徒の数が増えるほど、講師たちの収入は増えることになる。

 この構図の下では、もし、特約店が生徒とのマッチングに際して特定の講師に生徒がつかないようにすれば、講師側は途端に生活ができなくなってしまう。そのため、直接的な契約関係にはないにもかかわらず、特約店の無理な要求も講師たちは引き受けざるを得ないのだという。

 先ほど紹介した無給で発表会を手伝わざるを得ないという問題も、その主催者が「生徒の割り振り」を握る特約店だからである。

 極端な例では、特約店から、発表会の1~3日の間、1日あたり10時間すべて無報酬での参加が求められるケースがあり、また、特約店ごとにレッスンなどの方針を検討する月1回ほど、平均約2時間の「講師会議」も無報酬のことがあるという。

 さらに、本来は音楽教室の社員がやるべきはずの店舗の運営業務も、契約すら結んでいないフリーランスに押し付けられるケースがあるという。店舗にもよるが、社員が退社した後に、毎回30分から1時間ほど、生徒の申し込みを受けるなどの教室運営業務や、店舗の施錠作業なども講師が無給で従事させられている。中には、まだレッスンの途中なのに講師に後を任せ、社員が帰ってしまう場合もあるという。

 こうした実情に対して、直接特約店に手当てをつけてほしいと意見を言った講師の中には、「講師会議」から外されてしまったり、翌年度のレッスンからも外されてしまうといった事態が生じている。中には、「特約店にたてつくような人間はいらない」という趣旨の罵声を受けたり、講師が泣くほど追いつめられるような恫喝を受けることもあったという。

 結局、ほとんどの講師はフリーランスの立場が弱いことを悟り、「しょうがない」とあきらめてしまっている雰囲気が、現在もあるということだ。

フリーランスを「無償の労働力」として利用?

 話を聞いた講師たちは、「自分たちは無償の労働力のように扱われている」と憤りをあらわにしていた。彼らによれば、特約店の中にはフリーランスをコスト削減のために、意図的に活用している疑いもあるという。というのも、ここ数年進んでいる社員の「働き方改革」の中で、社員たちは先に帰るようになり、その分をフリーランスが無償で代替する構図があるからだ。

 発表会についても、「お金を使わないですむ講師を積極的に使おう」という発想から企画が進められているケースもあるのではないかとさえ疑問視せざるを得ない状況だという。

 以前から、労働相談の現場では、大企業の「働き方改革」を実現するために、下請けの中小企業や非正規雇用労働者、そしてフリーランスの労働者が犠牲となっている事例が後を絶たない。また、コスト削減のために、「自営業者」を偽装する「偽装自営業」も近年とみに拡大している。

 フリーランスの場合は、労働基準法などの基本的な「労働者」の権利が適用されなくなるため、極端なことを言えば、24時間・365日働かせても、残業代を請求できず、過労死しても雇用労働者よりも責任の所在はあいまいになる。

 このようなことから、無権利状態のフリーランスを「活用」することで、コストや何か起きた時に訴えられるリスクを減らそうとする使用者による脱法的な労務管理が後を絶たず、ヤマハのケースもこれに該当している可能性が高い。

ユニオン結成と無報酬労働の改善

 これまで述べた過酷な労働環境に対して、ヤマハ音楽講師たちは労働組合を結成し改善に取り組んできた。直接的な結成のきっかけは、コロナ禍でヤマハ側から実質的な休業補償がなく生活困窮に陥ったことであった。そこから、講師たちは、ヤマハ側との力関係の不平等さを実感し、対等な立場で交渉するために労働組合の結成が必要だと考えるようになったという。

 最初に全国の音楽講師たちが、ヤマハの一方的な休業とそれに対して休業補償が払われないことをSNSで訴え始め、そこで講師同士のつながりが生まれていった。そこから、自身の権利についてオンラインの学習会を重ね、また講師たちが抱える問題について可視化するためのアンケート調査もオンラインで実施していったという。自分たちだけでなく、全国の講師たちがどのような問題を抱えているかを把握し、ヤマハへの要求内容を整理していったのだ。

 そして、2020年11月、組合員たちは「ヤマハ音楽講師ユニオン」を結成し、記者会見で広く発表した。ユニオンはアンケート調査を踏まえ、ヤマハへ以下を求めていったという。

①レッスン外の業務に対する報酬の支払い
②怪我や病気に関する補償
③コロナ禍での休業補償
④その他の問題(ヤマハや特約店からのハラスメント、講師報酬額の基準の曖昧さ等)

 その後も、全国の特約店でバラバラに働く講師たちの交流の場である定例会や、ユニオンの加入説明会などをオンラインで行い、仲間を増やしていった。そして、2021年7月、ユニオンはヤマハと第一回団体交渉を行った。

 講師たちは交渉を通じて、まず膨大なレッスン外業務に対する報酬の支払いについて、財団が作成した報酬に関するガイドラインを周知させるとともに、ガイドラインを守っていない特約店について、実際に報酬を支払うように改善させることに成功した。

 また、昨年春に成立し今年秋の施行を予定している「フリーランス新法」を先取りする形で、講師に対するハラスメントをなくすための防止策(相談窓口の設置や特約店に対する注意喚起など)について協議を始めている。

おわりに

 多くのフリーランスの労働組合が、団体交渉拒否を繰り返されていることに鑑みれば、ヤマハ音楽講師ユニオンの取り組みは先駆的といえよう。また、直接の雇い主であるヤマハ音楽振興会側も、事態をそれなりに深刻に受け止めているのかもしれない。

 おそらく、音楽講師たちの高い技能こそが、ヤマハ側の集客の源泉ともなっていることから、講師たちから集団で交渉された場合には譲歩せざるを得なかったのだろう。

 労働者の「代わりが効かない」という事情は、古今東西、労働者側の交渉力の源泉となってきた。古代エジプトでピラミッドを製造していた石工たちが、集団でストライキ・陳情をして賃金上昇を勝ち取った記録も残っている。今回の事例は、現代のフリーランスたちも、集団となって交渉することで労使交渉のドアをこじ開けることができるということを示している。

 政府や財界は、今後もフリーランスを増やす方針を明確化しており、さらに労働問題は拡大するだろう。それでも、本記事で見てきたように、フリーランスが労働組合を結成し労働環境の改善をすることは可能である。

 ヤマハ音楽講師たちと同様に、長時間労働や未払い報酬、ハラスメントなどの問題を抱えているフリーランスの方は、ぜひ労働組合に加盟し、労使交渉の道を模索してみてほしい。

ヤマハ音楽講師ユニオンのHPはこちらから

*なお、ヤマハ音楽振興会に対しても事実関係及び見解について質問状を送付したが、現在までに回答を得られていない。追って回答があれば紹介したい。

無料労働相談窓口

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03-6804-7650(平日17時~21時 日祝13時~17時 水曜・土曜日定休)

メール:info@sougou-u.jp

公式LINE ID: @437ftuvn

*個別の労働事件に対応している労働組合です。誰でも一人から加入することができます。労働組合法上の権利を用いることで紛争解決に当たっています。フリーランスの方の相談・労使交渉も行っています。

NPO法人POSSE 

03-6699-9359(平日17時~21時 日祝13時~17時 水曜・土曜日定休)

メール:soudan@npoposse.jp

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*筆者が代表を務めるNPO法人。労働問題を専門とする研究者、弁護士、行政関係者等が運営しています。訓練を受けたスタッフが労働法・労働契約法など各種の法律や、労働組合・行政等の専門機関の「使い方」をサポートします。

ブラック企業被害対策弁護団

03-3288-0112

*「労働側」の専門的弁護士の団体です。

NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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