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AIがハリウッドを破壊する? 脚本家が語る、あまりに「劣悪」な制作の実態

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
画像はイメージです(写真:アフロ)

 今年5月から続くハリウッドでのストライキは、有名俳優の来日がキャンセルされたこともあり、日本でも大きな注目を集めている。今回のストライキは「全米脚本家組合(WGA)」と「映画俳優組合-アメリカ・テレビ・ラジオ芸術家連盟(SAG-AFTRA)」という2つの労働組合が労働環境の改善を求めて行っている。

 そこで今回は、全米脚本家組合の組合員であり、アメリカのABCテレビで3シーズン続いたドラマ「クワンティコ/FBIアカデミーの真実」の脚本を担当したシャバーリ・アーメッド氏へのインタビューを行い、これまでの会社側の対応やストライキの状況について話を聞いた(取材はNPO法人POSSEにより、8月12日に行われた)。

不安定化するハリウッドでの仕事

 1万1500人が加入する全米脚本家組合は、制作会社を代表する「映画製作者協会(AMPTP)」との交渉が決裂したことをもって、今年5月2日から約15年ぶりに、ストライキを実施。また、俳優労組は16万人が7月14日から過去43年で最大規模のストライキを開始した。その結果、ほとんどすべての映画やTVシリーズの制作が止まり、俳優たちによるプロモーションも行われなくなった。

 両組合とも脚本家や俳優の待遇改善を求めているが、ここでは主に労組側が要求する二つの点についてみていきたい。それは、給料や雇用期間などの基本的な労働条件の部分と、AIを始めとする新規テクノロジーの導入による労働環境の悪化という点だ。その背景にはネットフリックスなどのストリーミングサービスの台頭が大きいとアーメッド氏は主張している。

 ハリウッドの仕事と聞くと、日本とは比べ物にならないほど高額な給料を得ていると考えられるかもしれないが、実際には雇用継続の保証もなく、給料水準も高くないという。アーメッド氏によれば、脚本家は基本的には番組制作に関わる期間のみ雇われるという形であるためそもそも短期雇用であるが、それでもこの間、ますます不安定化しているという。

 脚本家組合のホームページによれば、労使協定で保証される最低水準の給料で働くのは2013年には全体の33%だったのに対して、2021年は49%まで増加している。その結果、過去10年間で、脚本家らの給料(一週間あたり)の中央値は4%も減少し、物価変動を考慮すると23%減になるという。

 言い換えれば、同じドラマを一話制作する際の単価が下がってきていることを意味するわけだ。

参考:全米脚本家組合

 なお、俳優が得る賃金も低く、組合の健康保険に加入するには年収2万7000ドル(約400万円)が条件であるものの、加入率はわずか13%にとどまり、ほとんどの俳優は俳優業だけでは生活することができていない。そこで、俳優労組は11%の賃上げを要求しているが、経営側の回答は5%にとどまっている。

Writers Guild of Americaホームページより
Writers Guild of Americaホームページより

ストリーミング問題と労働組合の要求

 上のような不安定性に加え、特にストリーミングの場合は一シーズンあたりのエピソード数が少ないため、一つの番組に関わることで得られる収入の絶対額も減っているとアーメッド氏は言う。

「ストリーミングサービスの普及によって、仕事の量自体も減っています。例えばテレビドラマであれば1シーズンあたり最低でも22話、私が関わっていたABCの「クワンティコ」は23話ありました。しかし、ストリーミングでは6話というのも珍しくありません。テレビドラマの場合、平日は毎日朝9時に脚本家が集まり、夕方の5時やときには8時まで議論しながら内容を考えて、エピソードの内容が固まればプロデューサーに提出するという作業を、シーズンが続く10ヶ月ほど行っていました」

 つまりこれまでは番組制作に関わるとなれば、基本的には1年弱雇用が保証されていたものの、エピソード数が非常に少なくなることで、雇用が短期となり不安定化していった。そのため、組合は、一つの番組制作にあたっては最低でも10週間の仕事を保証するよう要求しているということだ。

参考:WGA Negotiations—Status as of May 1, 2023

 そのうえ、再放送などが行われた際に支払われる二次使用料に関しても、労働者側の要求と企業側の回答には大きな隔たりがある。担当する番組のエピソード数が少なくなれば、その分入ってくる二次使用料の絶対額も減ることになるが、ストリーミングサービスの場合、再生数を開示していないため二次使用料は再生回数に応じた金額ではなく、極めて低額に抑えられているという。

 そして、番組制作時の人数も減らされており、「ミニルーム」と呼ばれる2人制作の体制が増えているという。

「いま増えている「ミニルーム」のような環境では、番組制作時の人数も減らされています。「クワンティコ」では8から9人が毎日集まって脚本を練り上げていましたが、いまではコストカットのために2人の脚本家で番組が制作されるようになっています。これは「ミニルーム」と呼ばれていますが、このような慣行をやめて、制作スタッフの最低人数保証(最低でも6人)を組合は要求しています」(アーメッド氏)

 一番組あたりで得られる給料も下がり、より少ない人数で仕事を任せられるようになるなかで、昨今の物価高も加わりこれまでのように脚本家として働くことが困難になっていることがストライキに突入した理由だとアーメッド氏は話す。

Writers Guild of Americaホームページより
Writers Guild of Americaホームページより

AIが書く脚本を手直しする脚本家

 上記のような経済的な労働環境の悪化に加えて、特にAIテクノロジーの導入のあり方を組合側は重要視している。例えば、俳優業においては、経営側はエキストラ俳優をスキャンして、そのスキャン画像を将来的に自由に使えるようにすることを求めている。これが導入されてしまえば、1日分のギャラの支払いをもって、将来的にエキストラを不要にすることができるため、当然だが俳優労組は反対している。

 同じようなことが脚本家にも起こっている。経営側は、脚本の下書きや梗概などの作成にAIを導入することを求めている。そうなると脚本家の仕事はAIが生成した文書の修正にとどまり、ほとんどの脚本家は廃業に追い込まれるだけでなく、残った脚本家の仕事もこれまでのようなクリエイティブなものではなくなってしまうとアーメッド氏は危惧する。

「経営側はAIの導入に積極的で、まさにここが最大の争点となっています。AIが用いるアルゴリズムはそもそも人間が作ったものですが、そのプログラミングの内容も明らかにされることなく過去の作品を踏まえてAIが文章を生成できてしまえば、剽窃がいくらでも可能になります。そのため、私たちの脚本をAIが学習することも禁止するよう求めています。

 ただ私たちはAIの導入に反対していますが、AIそのものが存在すべきではないとか、映像配信会社はAIを一切使用すべきではないと主張しているわけではありません。アルゴリズムによって生成されたものと人間が作り出したものをきちんと区別して、AIの使用のあり方に規制をかけることを目指しているのです」

 日本ではほとんど無制限に導入されているものの、世界的にはいま、このようなAIの導入に対して規制をかけていく流れになっている。アメリカ・ニューヨーク市で今年7月から施行した法律では、企業がAIや機械学習を用いて採用活動を行う場合、そのプログラムがレイシズムやセクシズムを内包していないこと証明するための第三者機関の監査を受けること、そしてその結果を公開することが義務付けられた。

参考:In NYC, companies will have to prove their AI hiring software isn't sexist or racist

 また、EU議会はAIが作成した文書や画像などに対して、それがAIで作られたことを明記することや、AIが著作権で保護された制作物を学習する場合はその事実の公表を義務付ける修正案を先月可決した。

参考:EU議会“生成AIの規制盛り込むべき”修正案可決 国内でも動き

莫大な利益を上げ続けるハリウッド業界

 5月から始まった脚本家らのストライキはすでに100日を超えており、組合員の多くは生活のためにウーバー運転手をしたり、スーパーで働いたりしてなんとか食いつないでいるという。しかし経済的に困窮しても妥協することはできないとシャーバリ氏は言う。というのも、ハリウッド業界はコロナ禍でも莫大な利益を上げてきており、利益を生み出した労働者にその分還元すべきだと組合員の多くは考えているからだという。

 事実、ハリウッド業界はストリーミングサービスなどによって莫大な利益を得ている。脚本家組合の試算では、2000年は業界全体で50億ドルの利益を生み出していたが、2017年以降は年間280億ドルから300億ドルにまで増えているという。

参考:The State of the Industry

 そして、仮に組合の要求をすべて経営側が受け入れたとしても会社の利益が2%減るにとどまり、このように労働者の生活の犠牲の上に成り立って莫大な利益を上げ続ける業界のあり方そのものに異議申し立てをしているという。

 これほどにまで利益を上げているハリウッド業界が番組制作に最も重要な脚本家や俳優らの労働環境を軽視している理不尽な状況をみて、業界外で働く人々から組合を応援する声が大きくなっているという。日本でもよく「企業側もかつかつでやっている」と言われることがある。確かに下請け企業や特定の業界などで経営自体が大変ということもあるだろうが、いまや企業がかなりの利益を生み出していても、そこで働くひとの賃金は最低賃金レベルにとどまっていることも少なくない。

 今回のハリウッドで起こっているストライキは、ハリウッドで働く労働者にとどまらず、フルタイムで働いていても生活困窮状況に追いやられている世界中の労働者にとっても重要な闘いだと言えよう。

(なお、アーメッド氏の詳しいインタビュー取材については、近日刊行の雑誌『POSSE 54号』を参照していただきたい)

NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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