Yahoo!ニュース

バス「置き去り」だけではない? 全国の保育園で「重大事故」急増の深刻な現実

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
(写真:イメージマート)

 9月5日、静岡県牧之原市にある認定こども園「川崎幼稚園」で、送迎バスのなかに置き去りにされた3歳の子どもが死亡した。最高気温30度を記録した日に、約5時間車内に取り残された末に発生した、痛ましい事件である。

 報道では理事長兼園長が運転手を務め、職員も添乗していたが、バスから子どもを降ろす際の確認を怠り、当該園児が登降園管理システムでは「登園」扱いになっていたなど、ずさんな管理が行われていたことが次々と明らかにされている。

 ただし、こうした送迎バスに子どもが置き去りにされる事件は、残念ながら珍しいことではない。記憶に新しいのは、2021年7月、福岡県中間市にある保育園で、当時5歳の子どもが約9時間にわたりバスのなかに放置され、熱中症で亡くなった事件だろう。

 実は、バスの置き去りに限らず、幼稚園や保育園などでは、毎年数千件のレベルで、死亡事故や意識不明などの重篤な事故が発生していることはあまり知られていない。しかも、その数は年々増え続けているのだ。

 また、虐待や「不適切な保育」の問題も深刻化している。これらの問題の背景には、共通してコストカットのために人員が削減されているという事情がある。職員たちが余裕のないなかで保育を担わされていることが大きく影響しているということだ。

 本記事では、国の事故報告書や具体的な相談事例から、保育園で子供の安全が損なわれている要因を分析していく。

増加傾向にある重篤事故

 まず、今回のような置き去りによる死亡事故は、どれほど起きているのだろうか。報道を確認する限り、実は、全国各地で発生しており、置き去りにされた子どもが幸い死亡しなかったケースを含めれば、かなりの数になると推察される。

 だが、現在のところ、この問題を正確に把握しうる統計は存在しない。国は、今回の事件を受けはじめて、バスを所有する全国の保育園・幼稚園などに緊急点検を行うことを決め、10月には緊急対策をまとめるとしている。

 ただし、バス置き去りに限定しなければ、保育園・幼稚園等において発生した事故の統計はとられている。内閣府子ども・子育て本部によると、死亡事故、治療に要する期間が30日以上の負傷や疾病を伴う重篤な事故は、2021年に2347件も起きている。そして、この数は年々、増加している。下表のように、この6年間で実に4倍ほどにもなる。これは「急増」といわざるを得ない状況だ。

出所:内閣府子ども・子育て本部「教育・保育施設等における事故報告集計」より作成
出所:内閣府子ども・子育て本部「教育・保育施設等における事故報告集計」より作成

 もちろん、死亡事故はこのうち5件(2021年)であり、事故のほとんどは負傷である。保育園にはさまざまな種類があるが、そのうち最も数の多い「認可保育所」では、1189件の事故が発生している。このうち、「骨折」が937件、「指の切断、唇、歯の裂傷等」が242件と、深刻なケースばかりである。

 とはいえ、この数は、国に報告のあった件数であるから、実際にはこれを超える重大事故が起きている可能性も否定できない。

「不適切な保育」も全国で発生

 さらに、近年では、「不適切な保育」と呼ばれる問題も指摘されるようになっている。厚生労働省が、2020年度にはじめて行った調査では、全国で345件が確認されている(ただし、当然ながら、これも氷山の一角であろう)。

 「不適切な保育」にあたる行為として、以下のものが挙げられているが、なかには児童虐待に該当するものも含まれている。

  • 子ども一人一人の人格を尊重しない関わり
  • 物事を強要するような関わり・脅迫的な言葉がけ
  • 罰を与える・乱暴な関わり
  • 子ども一人一人の育ちや家庭環境への配慮に欠ける関わり
  • 差別的な関わり

 これらの関わりは、近年「マルトリートメント」(maltreatment)という新しい概念で注目されている問題に該当する。マルトリートメントとは、虐待とほぼ同義であるが、子どもにたいする大人の不適切な関わり全般を指し、加害の意図の有無にかかわらない、より広い概念である。

 マルトリートメントの被害者は、脳の発達への影響が懸念されており、子供のその後の人生への影響は計り知れない。物理的な暴力や暴言を伴う明白な虐待に当たらなくとも、「不適切な保育=マルトリートメント」は、子供の発育に重大な影響を与えることが明らかになってきているのだ。

保育士たちから寄せられる悲痛な相談

 私が代表を務めるNPO法人POSSEや、連携する労働組合「介護・保育ユニオン」には、保育現場でマルトリートメントが日常的に発生し、それに心を痛めた保育士たちからの相談が絶えない。

 例えば、介護・保育ユニオンが団体交渉を行っている、都内のある保育園では1~2歳児にたいして、以下のようなマルトリートメントが行われているという。

  • 言うことを聞かない子どもを、トイレや事務室に閉じ込める。泣き叫んでも放置する。
  • 午睡時に寝ない子どもを、トイレに連れて行き、電気を消したり、午睡用のベッドから出ずに静かに過ごすことを強いたりする。
  • 子どもが嫌いな食べ物を食べるまで午睡をさせなかったり、無理やりスプーンで口に押し込み食べさせたりする。

 これらが、物事を強要したり、子どもの行為を制限して人格を尊重しない関わりであることは明らかだろう。家庭内で起きる親から子どもへの虐待ほど、メディアで報じられる機会は少ないが、このような保育現場におけるマルトリートメントは、実は頻発しているのである。

劣悪な保育による「一斉退職」

 骨折などの重大事故やマルトリートメントは、当然、子どもの心身に大きな悪影響を及ぼすが、問題はそれだけにとどまらない。そうした問題を目撃した保育士たちにも、多大な影響を与えている。

 保育現場で働く人からの相談で最も多いのは、人手不足や配置基準など、人員体制に関するものである。

  1. 「保育士の数が足りておらず、子どもたちに目が行き届かない」
  2. 「人数が少なく、保育の質が保たれているとは、とても言えない」
  3. 「人員が補充されないため、2歳児を1対8でみている」
  4. 「配置基準は満たしているが、休憩が取れず、ギリギリの状態で保育をまわしている」

 このうち、3つ目の事例については、2歳児5人に対し、保育士1人と定められている国の配置基準に違反している。また、明確に基準に違反していなかったとしても、コスト面からできるだけ少ない人数で子どもをみることが要求されているため、現場の保育士たち自身が、これまで見てきたような事故を防げないのではないか、と不安を募らせている。

 近年、全国で話題になっている、保育士の「一斉退職」は、こうした保育現場における安全や質が損なわれている状態への「抗議の声」としての側面をもっている。実際に、「事故が発生しそうな場面を見ていられない」、「虐待に加担したくない」といった理由から、職場を去る保育士は少なくなく、私たちには多数の相談が寄せられている。

 もちろん、現場の保育士たちにこそ、辞めるのではなく、子どもたちの命や安全を守ってほしいと、保護者をはじめとした多くの人は考えるだろう。だが、すでに指摘したように、人手不足が改善されない状態では、事故は防ぎようがないのだ。保育士の離職は、苦渋の決断だといえよう。

保育士の労働環境改善が、子どもたちの安全を守る

 今回のバス置き去り事件は、さまざまな要因が重なって起きたものであると考えられ、人員体制だけがその原因ではないだろう。だが、十分な人員を割き、複数人で子どもを見守る体制が取られ、職員たちに余裕があれば、防げた事故である可能性も高い。

 私がこれまで見てきた相談事例では、職員が十分に配置されている職場はほとんどなかった。多くの保育士が、「子どもにケガをさせないか」、「もっとこうしてあげたい」といった葛藤を抱えながら、日々の保育に取り組んでいる。一方で、園や運営会社は、「コスト」の観点から、より少ない人数で保育をまわすことを要求する。このような体制・運営を変えなければ、今後も、保育事故を防ぐことは難しいだろう。

 もちろん、保育の人員不足については国による補助金の増額など、政策による改善が待たれる部分もある。また、問題のある経営者ばかりではないことも周知の事実だ。

 しかし、悪質な保育園においては、保育の質や安全に疑問を持った保育士たちが、職場の仲間と集団で会社と交渉するなど現状を受け入れず、改善に向けて取り組むことで、はじめて子供の安全を確保することができる、という実情があることも事実なのである。

 日本の労働法は保育士個々人が労働組合に加入し、対等な立場で保育園と交渉する権利を認めている。加入する労働組合は園の外部の組織でもよく、一人でも加入できる。保育園の側は、保育の安全性についての話し合い(労使交渉)を拒めば違法行為になる。

 自身の処遇・労働条件についてはもちろんのこと、保育のあり方や子どもの安全確保のために、園と交渉して、状況を変えていくことも可能なのだ。ぜひ、労働組合を活用しながら、「やりたい保育」を実現していってほしい。

無料労働相談窓口

介護・保育ユニオン

電話:03-6804-7650(平日17時~21時 日祝13時~17時 水曜・土曜日定休)

E-mail:contact@kaigohoiku-u.com

*関東、仙台圏の保育士、介護職員たちが作っている労働組合です。

NPO法人POSSE 

電話:03-6699-9359(平日17時~21時 日祝13時~17時 水曜・土曜日定休)

E-mail:soudan@npoposse.jp

公式LINE ID:@613gckxw 

*筆者が代表を務めるNPO法人。訓練を受けたスタッフが労働法・労働契約法など各種の法律や、労働組合・行政等の専門機関の「使い方」をサポートします。

NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

今野晴貴の最近の記事