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繰り返される「バス事故」 81%の事業所で「違法状態」という恐ろしい実態

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
画像はイメージです。(提供:イメージマート)

 高速道路におけるバスの事故が相次いでいる。

 名古屋高速道路で22日に起きた高速バスの事故では、運転手と乗客とみられる2人が死亡するなど、9人の死傷者を出している。また、26日未明にも、新東名高速道路下り線のパーキングエリアのそばで夜行バスと大型トラックが衝突する事故が発生し、幸い死者は出なかったものの、複数の怪我人が発生している。

 これらの事故の原因については、警察をはじめ、運輸局や労働基準監督署が調査を行なっているところであり、個別の事故について安易に原因を断定するような発信は控えるべきだろう。

 一方で、一般論として、自動車運輸業界においては長年にわたって過重労働が問題となっているという点は多くの方に知っておいていただきたい事実である。本記事で述べていくように、私たちは知らず知らずのうちに、非常に危険な状態でサービスを受けているのかもしれないからだ。

 また、この点は、事故の原因を検証する際にも重要である。業界の実態を踏まえ、運転手に過剰な負担がかかっていなかったのか、労働法違反がなかったのかといった点がしっかりと調査されるべきであるということだ。

過労死が最も多い職種

 自動車運送業に従事する労働者の過重労働はかねてより問題になっている。

 令和3年度「過労死等の労災補償状況」では、過重な仕事が原因で発症した脳・心臓疾患について業務上疾病と認定し労災保険給付を決定した件数を取りまとめているが、「自動車運転従事者」の支給決定件数は年間53件であり、全職種(中分類)の中で最も多い。

 このため国の「過労死防止大綱」においても、自動車運転従事者は重点業種として位置づけられている。

 さらに、毎月勤労統計調査(令和3年確報)では、運輸業・郵便業の月間実労働時間は176.2時間であり、全産業平均の162.1時間を大きく上回っている(事業所規模5人以上、一般労働者)。

 こように、長時間労働をはじめとする過重労働が自動車運動業における労働災害の発生を引き起こしていることは、統計上も明らかに事実なのである。

監督指導を実施した事業場の8割以上で法令違反が発覚

 過重労働が蔓延する背景には、労働法を軽視する業界の風潮があることも見逃せない。

 先月、厚生労働省は、令和3年に全国の労働局や労働基準監督署が、トラック、バス、タクシーなどの自動車運転者を使用する事業場に対して行った監督指導や送検等の状況について取りまとめ、公表している。

 これによれば、監督指導を実施した3,770事業場のうち81%にあたる3,054事業所で何らかの労働基準関係法令違反が認められている。法令違反の疑いのある事業場を中心に監督指導を行なっているとはいえ、この割合はあまりにも高い。

 主な労働基準関係法令違反事項は、多い順に、労働時間(45.1%)、割増賃金の支払(21.2%)、時間把握(7.5%)となっており、労働時間に関する規制が特に守られていないことがわかる。

 こうした資料からも、業界全体に、労働法を軽視する傾向があることが窺える。運転手の健康を守るために設けられた労働時間に関する法規制が守られず、過重労働をもたらしているのだ。

参考:厚生労働省「自動車運転者を使用する事業場に対する令和3年の監督指導、送検等の状況を公表します」

「甘すぎるルール」すら守られない

 バスなど自動車運送業界には、一般的な労働法とは別に、運転者の労働時間などの労働条件の向上を目的に厚生労働省が設けた「自動車運転者の労働時間等の改善のための基準」(以下「改善基準告示」という。)が適用されている。

 改善基準告示は、拘束時間や休息時間(いわゆる勤務間インターバル)、連続運転時間、休日労働などを規制しているが、その水準は極めて低く、例えば、1日の拘束時間は最長16時間であり、バス運転者については1週間で最長71.5時間まで延長可能である。

 また、休息時間は原則8時間とされている。つまり、勤務の終了から8時間間隔を空ければ、労働者を勤務させることができる。夜12時まで働いた運転手を翌日の朝8時に出勤させることができるということであり、通勤や食事の時間を考えれば、十分な睡眠が取れなくなることは感覚的にもご理解いただけるだろう。

 EUにおける規制やILO勧告では休息時間の原則は11時間とされており、国際的な基準から見ても、日本のルールは甘すぎるといえる。

 しかし、こうした甘すぎるルールですら守られていない実態がある。厚生労働省が令和3年に監督指導を実施した事業場は3,770事業場のうち、改善基準告示違反が認められたのは2,010事業場(53.3%)である。主な改善基準告示違反事項は、多い順に、最大拘束時間(39.1%)、総拘束時間(29.7%)、休息期間(27.5%)である。

 これだけ法令や国の告示を無視されている状況では、消費者も安心して利用できないのではないだろうか? 

乗客の安全を守るためにも過重労働対策の再考を

 こうしたなか、乗客の安全を守るためにも、労働時間等の規制を強化するとともに、罰則の適用など、ルールを守らない事業者に対する取り締まりを強める必要がある。しかし、規制強化の動きは順調に進んでいるとはいえない。

 運輸業界で働く運転手の過労防止策を議論する厚生労働省労働政策審議会では、改善基準告示の改正に向けた議論を積み重ねており、今年3月には中間取りまとめ案が公表されている。

参考:厚生労働省「『自動車運転者の労働時間等の改善のための基準の在り方について(中間とりまとめ)』の公表について」

 議論のなかで焦点になったのが休息時間だ。当初、厚生労働省は、国際的な基準を踏まえ、休息時間を原則11時間とする案を提示していた。

 しかし、こうした案は経営側の反対を受けて修正され、中間取りまとめ案では、「勤務終了後、継続11時間以上与えるよう努めることを基本とし、継続9時間を下回らないものとする」とされた。つまり、11時間の休息時間は努力義務にとどめられ、9時間の休息時間を与えていれば違反にならないということである。

 事故を減らし、運転手や乗客の安全を守るためには過重労働の抑制が不可欠だ。このような中途半端な改正で本当に過重労働を減らすことができるのだろうか。経営の論理だけでなく、安全や健康の観点から再検討すべきではないだろうか。

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NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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