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オリンピック期間中の「熱中症労災」にご注意を! 注意すべきポイントとは?

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
(提供:queso/イメージマート)

 梅雨が明けてから、全国的に厳しい暑さが続いている。7月も後半となり、オリンピックが開幕されたが、専門家は、「高温多湿の状況が続けば、熱中症警戒アラートが出ていなくても、選手には危険な環境になり得る」と指摘しており、熱中症被害の拡大が懸念される。

参考:「東京五輪、記録的に「暑い」大会か 熱中症に厳重警戒」

 ただし、オリンピックの開催にあたっては、関連するさまざまな仕事(警備や販売など)に従事する人がおり、スポーツ選手だけでなく、そうした労働者たちの安全確保も重要な課題である。屋外での労働はもちろんのこと、屋内であっても、環境によっては熱中症にかかることは、以前から指摘されている。

 本記事では、オリンピック関係者はもちろんのこと、この時期に働くすべての人に、仕事中の熱中症リスクと、熱中症になってしまった際のその後の対応について解説したい。

直近1週間の救急搬送は4千人超え

 まず、おさえておきたいのが、現時点で、すでに多くの方が熱中症で搬送されているという事実である。総務省消防庁の最新のデータでは、今年7月12日から18日にかけて、全国の熱中症による救急搬送人員は、4,510人であったという。速報値ではあるものの、昨年の同じ時期よりも圧倒的にその数が増加していることがわかる(赤い棒グラフが今年のデータ)。

出所:総務省消防庁「令和3年 都道府県別熱中症による救急搬送人員 前年同時期との比較」
出所:総務省消防庁「令和3年 都道府県別熱中症による救急搬送人員 前年同時期との比較」

 今年の数値が大きく増加しているのは、昨年はコロナの影響で会社が休業し、自宅待機となったり、テレワークに移行した人も多くいたからだろう。現在も、感染が拡大している地域では緊急事態宣言が出されてはいるものの、昨年に比べて、明らかに外出や出勤の機会は増えていると考えられる。

 さらに、このグラフには反映されていないが、オリンピックの開会式に先駆けてソフトボールの試合が行われている福島県では、7月21日17時30分時点で、28人が熱中症で搬送されたという。8月にかけて本格的に暑さが厳しくなるなか、オリンピック選手、そして関係する労働者の熱中症被害が強く懸念される。

広がる「熱中症労災」被害

 オリンピック関係の仕事中に熱中症を発症した場合、それは「労働災害(労災)」となり、国の労災保険による補償を受けられる。もちろん、オリンピックに関わらず、仕事中の発症は労災となるが、近年、その数は高止まりしている。

出所:厚生労働省「令和2年 職場における熱中症による死傷災害の発生状況(確定値)」
出所:厚生労働省「令和2年 職場における熱中症による死傷災害の発生状況(確定値)」

 このグラフは、今年4月に厚労省が発表した、2011年から2020年までの職場における熱中症労災による死傷者数の推移である。2017年から2018年にかけて、死傷者数(折れ線グラフ)が2倍以上に跳ね上がり、2019年には1,000人を下回ったものの、再び2020年には増加している(コロナ禍であったにもかかわらず)。

 ここで注意したいのが、この数字は公に労働災害が認められたものに限られるため、実際には、959人をはるかに超える人たちが、「職場」で熱中症の被害に遭っているはずだということである。

 職場における熱中症労災は、主に屋外で仕事をしている人に多く発生しているが、屋内であっても油断してはならない。下図のように、「建設業」における死傷者が最も多いものの、屋内業務を含む、ほぼすべての業種で被害が確認されているのである。

出所:厚生労働省「令和2年 職場における熱中症による死傷災害の発生状況(確定値)」
出所:厚生労働省「令和2年 職場における熱中症による死傷災害の発生状況(確定値)」

 また、屋内で熱中症被害が発生していることに加え、「時間帯」も要注意である。一般に、日中の暑い時間帯に熱中症労災が発生すると考えられており、もちろん日中の被害者は多くなるのだが、下図を見て驚くのは、比較的涼しいとされる「朝の9時台以前」、そして「18時台以降」にも被害が広がっているということである。屋内、そして朝や夜間であっても、働く人にとっては、常に熱中症のリスクがつきまとうということだ。

出所:厚生労働省「令和2年 職場における熱中症による死傷災害の発生状況(確定値)」
出所:厚生労働省「令和2年 職場における熱中症による死傷災害の発生状況(確定値)」

「暑い+長時間労働」の職場に警戒

 こうした「熱中症労災」には、屋外か屋内かといった環境だけではなく、普段からの働き方(労働時間)も関係している。つまり、気温が高く「暑い」という点に限らず、日ごろから長時間労働を行っているなどの条件が重なると、熱中症にかかるリスクが高くなってしまうのである。

 私が代表を務めるNPO法人POSSEには、7月に入ってから、すでに「熱中症労災」に該当すると思われる相談が寄せられはじめている。簡単に紹介しよう。

 ある中古品販売店で働く40代の男性は、朝9時に始業し、定時の20時を過ぎても業務を任されることがある。日常的に長時間勤務をこなしているが、休憩は1日30分も取れない。また、土日は朝から夜まで炎天下のなか、駐車場で来客者の誘導を担当させられ、病院には行っていないが、頭痛と吐き気、発熱があり、熱中症だと思われる。コロナで失業し、転職したばかりで頑張りたいが、身体がもつか心配である。

 この事例のように、炎天下での休憩なしの労働に加え、日常的に長時間労働をこなしていると、熱中症にかかった場合、その症状が長引いてしまったり、命にかかわるほど深刻な状態となってしまう可能性もある。

 本来、「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする」という「安全配慮義務」が課されているが、上記の事例では、この会社はこれを怠っていると考えられる。そのため、男性は、コロナ禍で雇用が不安定になるなか、「何とか見つけた仕事だから続けたい」が、自身の命を守るため、仕事を辞めざるをえないとも考えているという。

仕事中の熱中症は、「労災」を申請しよう

 くり返し指摘してきたように、仕事中に熱中症になった場合、それは労働災害である。発症した場合には、速やかに医療機関を受診するとともに、管轄の労働基準監督署に労災を申請してほしい。労働者にはその権利がある。

 また、会社が「安全配慮義務」を怠っている可能性が高い事例を見たが、この場合、労災とは別に、体調不良や労働者の命を危険にさらした責任等について、会社に「損害賠償」を請求することもできる。こうした労災事故に関する基本的な考え方については、以下の記事を参照してほしい。

参考:「仕事の事故で指を無くしたらいくら請求できる? オリンピックに向けて増加する労災事故」

 労災を引き起こした企業は、働く側に熱中症への「対応(自己管理)」を求めたり、「労災はない」と嘘をつくなど、あの手この手で労災申請を妨害したり、協力しなかったりすることがある。だが、熱中症は、最悪の場合、死に至る危険な疾患であり、仕事中に発症した場合には会社側に法的責任が生じる。そうした危険な環境を作り出しているのは、いうまでもなく会社だからだ。

 冒頭で、すでに多くの人が熱中症で救急搬送されていることを見たが、命を守るために、ぜひ躊躇しないで休んだり、病院に行ったり、あるいは労災を申請してほしい。一人で申請することが難しければ、早めに専門の窓口に相談することをおすすめしたい。

常設の無料労働相談窓口

NPO法人POSSE

03-6699-9359

soudan@npoposse.jp

*筆者が代表を務めるNPO法人。訓練を受けたスタッフが法律や専門機関の「使い方」をサポートします。労働災害関係の問題もサポートします。

労災ユニオン

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soudan@rousai-u.jp

*長時間労働・パワハラ・労災事故を専門にした労働組合の相談窓口です。

ブラック企業被害対策弁護団

03-3288-0112

*「労働側」の専門的弁護士の団体です。

NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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