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9歳の娘がタイから補償を請求 亡くなっても「使い捨て」にされる非正規滞在外国人

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
(提供:GYRO_PHOTOGRAPHY/イメージマート)

 外国人労働者が仕事中に怪我や病気になるケースが増えている。外国人の労災件数は、2020年には死傷者数4682人となり、前年比で754人増加、死者数も30人と9人増えている。一方で、日本国内全体での死傷者数は実は減少しており、立場の弱い外国人労働者がより危険な状態で働いていることがわかる。

 中でも特に被害を受けやすいのは、オーバーステイなど非正規滞在(いわゆる「不法滞在」)の形で就労している外国人労働者だ。彼らは在留資格がないがゆえに正規のルートで仕事を見つけることができず、また仕事上のトラブルが生じても資格なく就労していることを引け目に感じて誰かに相談することも難しい。そのことを逆手にとって、彼らに危険な業務を押し付けようとする悪質な業者も存在している。

 とはいえ、後述するように、働いていれば非正規滞在でも労働法はすべて適用され、就労中に怪我をすれば労災補償を受けることが法的には認められている。実際に、先月、支援団体などの協力もあり、長野県小諸市で働き就労中に亡くなったタイ人女性の労災が認定された。

 この事件は氷山の一角であり、まだまだ非正規滞在の外国人労働問題はあまり理解されていない。そこで今回は、この小諸市で起こったケースを中心に、オーバーステイ状態の外国人がおかれた労働環境について見ていきたい。

非正規滞在で働いても、労働法はすべて適用される

 まず、非正規滞在中で働いた場合に、その外国人にはどのように労働法が適用されるのかを確認しておこう。よく誤解されていることだが、在留資格(いわゆるビザ)や国籍の有無は、その労働者に労働法が適用されるかどうかについては一切関係がない。オーバーステイであっても雇われて働いていれば、労働基準法が強制的に適用され、仕事で怪我や病気になったら労災保険の対象となる(強制加入)。会社はこのような労働者を雇用保険にも加入させる義務がある。このことは、以下の通達からも明らかなように国も認めている。

「外国人の不法就労等に係る対応について」(1988年1月26日、基発第50号)

「職業安定法、労働者派遣法、労働基準法等労働関係法令は、日本国内における労働であれば、日本人であると否とを問わず、また、不法就労であると否とを問わず適用される」

 外国人が日本に滞在し就労するには就労が認められた在留資格が必要だが、これはあくまで出入国管理及び難民認定法(入管法)に関することであり、労働法は別個に適用される。そのため、例えば週28時間までの就労が認められている留学生が28時間の制限を超えて働いた場合、入管法に抵触する可能性はあるが、労働法上は28時間を超えていようがいまいが、働いた時間分全てに対して事業主は賃金を支払われなければならないのである。

 実際に、神奈川県のある介護施設はフィリピン人留学生に対して週40時間働くシフトを作成し、28時間を超えた分を「ボランティア」として無給で働かせていたが、労働基準監督署はそれを賃金未払いと判断し、労働基準法違反で会社に是正勧告を行っている。

参考:留学生が「強制帰国」を争って日本語学校を提訴 日本の介護現場を支える違法労働の実態とは

 もし入管法違反であれば労働法が適用されないということになれば、わざと不法就労させ違法に搾取する事業者が跋扈してしまうだろう。労働法が適用されることで、そうした事態が防がれているのである。

オーバーステイ状態で働き、落雷によって死亡

 冒頭で紹介した事件は、昨年8月に長野県小諸市の農家でサニーレタスの苗植え作業をしていた当時29歳のタイ人女性、ワランヤー・シンジェムさんの労災死である。彼女は、他の外国人労働者とともに農作業していたところ、落雷により死亡している。また、共に作業していたスリランカ人男性も同じく落雷によって命を失った。

 報道によれば、当時1時間に1000回以上の落雷が発生しており、雷鳴が鳴り響く大雨の中で、外で作業している事自体、想像できないほどの状況であったという。

参考:「落雷多い地域でない」「大雨の中で農作業」…落雷2人死傷、今年特有の事情も

 周囲の農場ではほとんど作業が行われていなかったことをみると、この経営者は危険を承知の上で、タイ人女性らに働きつづけるよう指示していた可能性が高い

 なぜ彼らは危険が明らかな状況でも働かざるを得なかったのか。詳しい実態はわからないが、危険があったとしてもオーバーステイ状態であるため働き口を見つけることが困難であったことが背景にあったと考えられる。そして、事業主側も非正規滞在であるために労働者が簡単に転職することができず、誰かに相談することも難しいことを意図的に利用していた可能性が高い。

 事実、この経営者は今年2月に労働条件の明示義務を怠っていたことについて、労働基準法違反で書類送検されており、落雷事故以前から不法な状態で働かせていたことがわかっている。

参考:小諸の事業主を書類送検 落雷で死亡の外国人に「労働条件の明示」怠った疑い

 このように、この事件は労働者が弱い立場に置かれているなかで、危険な環境で働くことを強いられ、その結果として起こった労災死だったといえる。

死んでも会社は助けてくれない

 しかし、労災は怪我や死亡事故が起こったとしても、会社か本人(死亡した場合は遺族)が労働基準監督署に労災申請をしなければ受給できない。女性は一人で日本に滞在しており、労災を申請する権利のある家族はタイで暮らす9歳の娘だった。もちろん、違法に採用し、危険業務を強いていた会社が労働災害の申請をしてくれることはなく、タイに残された幼い子供が独力で日本の労働災害申請を行うしかなかったのである。

 ただでさえ外国に住む遺族が日本で労災申請を行うことのハードルは非常に高いのが実情だが、このケースでは地元の信濃毎日新聞の記者が積極的に取材をすすめ、タイで暮らしている女性の親族とSNSを通じて連絡を取ったことがきっかけとなり、私が代表を務めるNPO・POSSEも関わって労災を申請することを遺族に提案した。その後、在日タイ大使館などの協力もあり、今年6月に労災が認定されている。なお、遺族は今後、経営者に対して民事上の責任を追及していく予定とのことだ。

参考:〈五色のメビウス〉小諸落雷事故、タイ人遺族に労災給付 非正規滞在者も救済

外国人を「使い捨て」にする企業

 今回のケースはオンラインで遺族とやり取りができたこと、そして支援団体の協力があったことが、労災認定につながった。しかし、依然として多くの外国人労働者が弱い立場におかれ、自身の権利を行使することを妨げられている。NPO法人POSSEの外国人労働サポートセンターにも、職場での暴力や賃金未払い、長時間労働など労働環境が劣悪すぎて「失踪」した元技能実習生からの相談が相次いでいる。

参考:動物以下のように扱われた。人として接してほしかった」“保護”された2人が今、伝えたいこと

 相談に来る多くの外国人が、自身の在留資格が適法か否かに関わらず、「労災申請や未払い賃金を請求すると、在留資格に影響があるのではないか」と不安を感じて権利を主張することを躊躇している。悪質な企業は外国人労働者のこのような不安につけ込んで、「誰かに相談したら入管に通報して、国に帰らせる」と脅しをかけて、劣悪な労働環境でも働き続けることを強制しているのだ。

 その結果、外国人労働者は低賃金でより危険な業務に従事させられている。技能実習生に限って言えば、労災事故の発生割合は日本の労働者の2倍と、明らかな格差がみられる。少し前のデータになるが、死亡件数を比較しても、2014年から16年で日本全体の労災死が10万人に1.7人の割合で起こっているのに対して、実習生の労災死は10万人に3.7人の割合と2倍以上だ

参考:「墜落死」、「腕切断」も頻発 技能実習生の労災死傷は「2倍」!

 そして、この数字はあくまで国が労災認定したケースであり、その背後には、特に非正規滞在の外国人労働者を中心に、企業の圧力により労災の申請すら行われない怪我や病気、死亡案件が膨大にあると考えられる。

 いま必要なのは、このように外国人労働者が使い捨てにされる中で、労災申請や未払い賃金の請求といった労働者として当然の権利を行使することを支える取り組みだろう。POSSEでは、国籍や在留資格を問わず労働・生活相談を受け付けている。実際、労働組合を通じて会社と交渉した結果、会社から怪我や病気の補償を得たケースも多い。まわりで困っている外国人労働者がいる方は、ぜひ支援団体に相談してほしい。

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NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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