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履歴書「性別欄」廃止! 国も文具メーカー(コクヨ)も廃止に動いた理由とは?

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
(写真:アフロ)

 8月21日、履歴書メーカー最大手である「コクヨ株式会社」は、「性別欄のない履歴書」を販売するというニュースが大きく報じられた。これは、販売する履歴書から性別欄を無すよう申し入れをした性的少数者の当事者とNPO法人POSSEへの回答だった。

 私も代表を務めているNPO法人POSSEでは、今年2月末からオンライン署名サイト「Change.org」にて「履歴書から性別欄をなくそう #なんであるの」というキャンペーンを開始しており、当日は、集まった11,582筆の署名もコクヨへ提出した。

 現在の日本の履歴書は、性別、写真、年齢、配偶者の有無などを問う欄があり、性、人種、年齢、容姿等での就職差別につながる。そのため、世界的には問うこと自体が違法行為・人権侵害だと理解されている。

 例えばアメリカでは「差別禁止法」によって、履歴書で性別、生年月日、婚姻状況や家族構成、顔写真などを求めることは違法とされている。

 とはいえ、日本ではまだまだ履歴書から性別欄をなくすことへの「違和感」も強いようだ。経営者からは、「性別がわからなくてどうやって採用すればいいんだ」との声もきかれる。

 そこで、本記事ではあらためて性別欄の存在がどうして問題となるのか。また、日本でその廃止が求められてきた経緯について紹介していきたい。

なぜ、履歴書の「性別欄」が温存されてきたのか?

 まず、大前提として、日本の法律でもすでに男女の採用差別は禁止されている。「男性だから採用する、女性は採用しない」と性別を採用の判断に用いることは男女雇用機会均等法で禁じられているのだ。

 そうであれば、性別欄は「不要」であるばかりか、この法律を実効的にするために、すでに廃止されていて然るべきだろう。ところが、性別欄は今でも企業に「必要」とされているから、温存されている。

 採用差別の研究では、企業側は女性の結婚・出産に伴う退職によって、教育訓練投資が損失を被ることや、生理による労働効率の損失を嫌い、女性採用を控える傾向がある。今日ではすべての企業が該当するわけではないが、こうした「差別の論理」が企業社会に根強いことも事実である。

 あるいは、ケアワークなど、「女性らしさ」が求められる職場では、男性も就労可能であるにもかかわらず、女性を優先的に採用しようとする傾向もみられる。

 こうしたことも、大杼雇用機会均等法に照らせば、本来は「差別行為」となり、禁止の対象である。しかし、性別欄がある限り、会社側は男女を選んで採用することができてしまう(差別の意図を求職者が証明することは不可能に近い)。

 問題は、こうした男女の「採用差別」が、いまだに日本社会に横行しているということなのである。だからこそ、「性別欄」は企業側に重宝されてきたのだろう。

「トランスジェンダー」への人権侵害

 性別欄は男女の採用差別につながるだけではない。特に性別記入欄があることによって困難を抱えるのは、法律上の性別と現在暮らしている性別が異なる「トランスジェンダー」の求職者たちである。

 「トランスジェンダー」とは、社会的に割り当てられた「男性」・「女性」といった性差と自分自身の性自認が異なることを意味する。例えば、「トランスジェンダー男性」は、「女性」として生まれたものの、性自認は「男性」である。

 トランスジェンダー男性の場合、「名前」は「~~子」のような女性名でも、外見は男性であるために、履歴書と外見が異なるという状況に陥ってしまう。

 その結果、性別欄の記入がそのまま、求職者がセクシャル・マイノリティーであることを強制的に「カミングアウト」させることになる。セクシャルマイノリティーの中には周囲に自分がそうであることを明かしていない人も多い。

 強制的な「カミングアウト」は、当事者にとって、極めて重大な内心への侵害行為であり、「アウティング」とよばれる「人権侵害行為」として理解されている

 つまり、性別欄を設けていること自体が、求職者への「人権侵害」につながってしまっている現状があるのだ。

 実際に、トランスジェンダーの約9割が就職活動の際に困難を感じたという、NPO法人「ReBit(リビット)」による調査もある。

 また、面接中に性別欄への記入を要求され、その場で書くしかなかったという事実を訴える当事者も多い。さらに、性別欄のない履歴書を提出すると、「常識的に考えてありえない」と受け取りを拒否されることもある。

 あるいは、履歴書に現在暮らしている性別を書いた場合にも、後に戸籍上の性別が判明し、内定切りされてしまった事例もある(もちろん、性別を理由に内定切りすることは違法である可能性がある)。

 当事者にとって「カミングアウト」が極めて重大な行為であり、「アウティング」が人権侵害行為である以上、上に見たような就職上の困難は、決して看過できない重大な人権問題だといえる。

 6月1日に施行された「パワハラ防止法」でも、「アウティング」はパワーハラスメントとみなされ、防止策の策定や啓発活動、アウティングが起こってしまった際の再発防止対策などが企業へ義務付けられた。

  トランスジェンダーの人たちへ履歴書で性別を問うことは、それ自体が非常に深刻な人権侵害であると同時に、「パワハラ防止法」にも反する行為である。

 このように、履歴書の「性別欄」は、男女の雇用差別に加え、トランスジェンダーへの差別問題を抱えているために、廃止が求められているのだ。

「性別欄廃止」までの歩み 「当事者の声」が社会を動かした!

 異常のような背景もあり、今年2月に開始した「性別欄廃止」を求める署名(「履歴書から性別欄をなくそう #なんであるの」)は4ヶ月ほどで1万名を超えるという大きな反響があった。

 そこで、私たちは、まずは日本で最も普及している「JIS規格」の履歴書を管轄する経済産業省へ履歴書から性別欄をなくすよう申し入れをすることにした。

 6月30日に経産省へ申し入れをしたところ、経産省からはJIS規格の各種欄は、一般財団法人日本規格協会が事実上決めていると回答があった。つまり、国としては「性別欄」を履歴書に記入するように求めているわけではないということだ。

 JIS規格にも「性別欄」を求めるような規定はなく、「様式例」として提示していただけだという。つまり、行政が履歴書の性別欄を求めているのではなく、民間の文具メーカーがこのJIS規格の「様式」を参考に、「自主的」に性別欄を設けているということなのだ。

 また、経産省は、私たちの申し入れを受けて、「個人的属性を問う履歴書は適切ではない」と述べ、日本規格協会へ行政指導を行った。「当事者の声」が国を動かした瞬間だった

 経産省の行政指導を受けて、7月17日、私たちは日本規格協会へJIS規格の履歴書における、性別や年齢、写真など個人の属性を問う項目の削除を求める要請をした。

 その結果、性別欄だけでなく、年齢や写真等の欄も含む「履歴書」の例示がJIS規格から全て消えるという大きな動きにつながっていった。削除への経緯について同協会のHP上でも、「令和2年6月30日、NPO法人POSSEから経済産業省へJIS Z 8303『帳票の設計基準』に掲載されている履歴書について、性別欄を無くすよう要望がありました。経済産業省から当協会へ当該要望の通知があり…解説から履歴書の様式例を削除いたしました」と、「当事者の声」が事態を動かした経緯を説明している。

 こうして民間の履歴書メーカーが履歴書に性別欄を設ける行政的な根拠は完全に消滅した

ついに、実売の「履歴書」から性別欄が消える

 「当事者の声」によって、経産省(国)も日本規格協会も個人属性を問う履歴書を認めていないことが確定した。ただし、履歴書を作成する履歴書メーカーが性別欄のある履歴書を販売し続けてしまえば、差別は温存されてしまう。

 これまでも、「性別欄」はJIS規格の様式を参考に、文具メーカーや企業が自主的に温存させてきたからだ。そして、その背景には、いまだに根強い「企業側のニーズ」が存在することも、すでに述べた。

 そのため、私たちは、履歴書メーカー最大手のコクヨ株式会社へ、販売している履歴書から個人的属性を問う欄を削除する要請した。大手文具メーカーが販売する履歴書であれば、求職者は何の不自然さもなく企業に提出することができる。その履歴書から「性別欄」がなくなる影響は計り知れない。もちろん、大手メーカーの書業界全体への波及力も期待できる。

 今後は、年末をめどに厚労省が新たな社会的スタンダートとなる「モデル履歴書」を作成する予定だである。NPO法人POSSEでは、当事者と共に厚労省との交渉を継続している。

全ての差別をなくすために

 就職差別の是正への取り組みは、トランスジェンダーに限らず、就職活動をするあらゆる労働者にとってプラスになることであり、誰もが関わる問題だ。

 今回の取り組みが進み、履歴書から性別や生年月日、写真がなくなれば、性別や年齢、民族、容姿などによって就職差別をされることがない社会へ大きな前進となる。

 POSSEをはじめ、マイノリティの労働問題や、改善の取り組む団体が今、広がりを見せている。今回の成果によって、そうした「人権擁護」のボランティア活動への参加がますます増えることを期待している。  

 最後に、NPO法人POSSEでは、明日9月25日(金)の17時半から東京池袋にて、「#LGBTQ差別抗議デモ0925」という職場でのセクシャルマイノリティ差別に抗議するデモを開催する。

 本記事でも見てきたように、声をあげることで社会は変わっていく。こうした取り組みにも多くの方に注目・ご参加いただきたいと思う。

【#LGBTQ差別抗議デモ0925】

17:30 西池袋公園集合(東京都豊島区西池袋3ー20−1 JR池袋駅から徒歩7分) 

17:45 デモスタート

18:30頃 デモ終了予定

※参加にあたってはマスクの着用と事前の検温・消毒をお願いしています(デモ参加にあたりスタッフが対応します)。当日はソーシャルディスタンスを保ってデモを行います。

無料労働相談窓口

NPO法人POSSE 

03-6699-9359

soudan@npoposse.jp

*筆者が代表を務めるNPO法人。訓練を受けたスタッフが法律や専門機関の「使い方」をサポートします。LGBT+の労働相談も受け付けています。

総合サポートユニオン 

03-6804-7650

info@sougou-u.jp

*個別の労働事件に対応している労働組合。労働組合法上の権利を用いることで紛争解決に当たっています。LGBT+の労働相談も受け付けています。

仙台けやきユニオン 

022-796-3894(平日17時~21時 土日祝13時~17時 水曜日定休)

sendai@sougou-u.jp

*仙台圏の労働問題に取り組んでいる個人加盟労働組合です。LGBT+の労働相談も受け付けています。

ブラック企業被害対策弁護団 

03-3288-0112

*「労働側」の専門的弁護士の団体です。

ブラック企業対策仙台弁護団 

022-263-3191

*仙台圏で活動する「労働側」の専門的弁護士の団体です。

NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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