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"緊急"なのに「6月に来て」 生活保護よりややこしいコロナ特例貸付の問題点

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
写真はイメージです。(写真:アフロイメージマート)

 コロナウイルス感染拡大の影響で勤務先が休業になるなどの理由で、収入が大幅に減少し、生活困窮に陥るケースが増えてきている。こうした事態に対応して、新たな制度の創設や、既存の制度の要件緩和が実施されている。

 その一つとして3月25日から始まったのが、社会福祉協議会が実施する「新型コロナウイルス感染症の影響を踏まえた生活福祉資金貸付制度における緊急小口資金等の特例貸付」である(以下、「コロナ特例貸付」)。

 社会福祉協議会による貸付制度は、社会福祉協議会が実施主体であるが、全額公費(税金)が財源となっているため、運用のあり方については厚労省が通知・通達によって定めている。

 コロナ特例貸付では、コロナ問題の影響で減収となった時に2種類の貸付を利用できる。第一に、1回20万円以内を貸し付ける「緊急小口資金」、第二に、単身で月15万円以内、2人世帯で月20万円以内を、原則3ヶ月(つまり、最大で45万円または60万円)を限度として貸し付ける「総合支援資金」である。ともに無利子で保証人不要だ。

 これまでネット上などで広く紹介されており、一般に認知されてきているようだ。しかし、コロナ特例貸付の運用実態は、かなり厳しい状況にあり、到底政策上の効果を発揮しているとはいえない。

 今回は、私が代表を務めるNPO法人POSSEに寄せられた相談事例や窓口への同行の経験を踏まえ、コロナ特例貸付の「運用実態」の問題点を考えていきたい。

 NPO法人POSSEでは、コロナ関連の労働相談がすでに1000件以上(内、外国人が200人程度)寄せられているが、それとは別に、生活困窮者からの相談がすでに197件寄せられている。そのうち、社会福祉協議会の貸し付けに関する相談は、4月15日現在で、28件である。

「緊急」のはずなのに「6月来て下さい」

 まず、相談としていくつか寄せられているのは、貸付の申請が電話予約制となっており、予約が詰まっているという理由で「5月や6月に来て下さい」と言われたというものだ。

 これでは緊急対策の意味がないのではないだろうか。私たちに寄せられる相談者の中には、コロナによる減収ですでに所持金が数万円、数千円という人たちもたくさんいる。こうした人たちが、1ヶ月も2ヶ月も待てるわけがなく、餓死という最悪の結果にさえなりかねない。

 相談者の中には「内定取り消し」の被害にあった若者もいる。この相談者は、4月からの転職が決まって引っ越しもしていたが、内定を取り消されたことで、無収入となり所持金がなくなってしまったという方だった。

 私たちのスタッフが申請に同行すると、窓口ではすんなりと申請することができた。窓口が混雑する中で、相手の緊急性を適切に把握する余裕さえない状態なのではないかと危惧する。

 このケースを見る限り、緊急の支援を要する方は、私たちのような支援機関への相談を先にしたがほうがよさそうだ。

生活保護より煩雑なコロナ特例貸付

 ただし、問題はそれだけではない。申請手続きがとても煩雑なのである。申請書とともに求められたものは、離職票、公共料金の領収書、住民票、印鑑証明といった書類であった。

 際立っているのは、住民票と印鑑証明が求めていることである。これらを用意するためには役所で手続きしなければならず、取得に料金がかかる。そのため、同じく手続きが煩雑な生活保護の申請時でさえ、提出を求められない書類である。

 これらを提出した上で、緊急小口資金であれば1週間後に支給が行われるという。しかし、ここでも問題があり、担当者によれば「1週間を過ぎることもあります」ということなのだ。

 しかも、1週間を過ぎた時の支給期限は「ない」という。「忙しい」という理由でいつまでも引き伸ばされるのかもわからないようでは、「緊急」の意味がまったくなくなってしまう。これでは国の「福祉制度」として機能しているとはとても言えない。

 国の貸付制度がこの状態では、貧困者は消費者金融に流れ、債務破産が激増してしまうのだろうかと、私たちは危惧していた。

 そうしたところ、今度はもっと深刻な相談が寄せられた。社協の窓口で職員から「消費者金融もあるでしょ」と言われたというのである。この状態では、国が設置した窓口が本来の機能を果たさずに、消費者金融の営業係を務めているようなものではないか(もちろん、すべての窓口がこの状態ではないはずだが…)。

「最短10秒程度でご指定の口座に振込み」の消費者金融

 今度は逆に、消費者金融の借入手続きを見てみよう。ここでは業界大手であるプロミスのHPを参照してみることにする(なお、同社を参照したのは業界大手であるという以外の理由はない)。

 まず、申込方法はweb、電話、郵送、来店の4つの方法がある。【申込→審査→契約→借入】のフローの全てをwebで行うことも可能である。webの場合は24時間365日受付可能であり、コロナの感染リスクも全くない。

 申込の際に必要な書類は、全てwebで手続きする場合、本人確認書類として運転免許証だけあれば大丈夫のようだ。運転免許証がない場合には、パスポートまたは健康保険証に加え住民票があれば良い。本人確認書類と現在の住所が異なる場合には、公共料金の領収書などが1点必要になる。

 このように、非常に簡素な手続きによって、「最短10秒程度でご指定の口座に振込み」が可能となるという。緊急性のある人たちにとって、こちらの方が使い勝手がいいと思うのは当然ではないだろうか。

 しかも、繰り返しになるが、webで手続きを行えばコロナの感染リスクもないのである。

 もちろん、消費者金融は非常に高利率の借金であり、多重債務に落ちる危険性がある。借金苦と厳しい取り立てのために自殺者が何人も出ている。生活困窮者がこうした債務を背負うことはあまりにリスクが多く、決して推奨されてはならない。

 そしてひとたび多重債務連載に陥ると、「普通の生活」に戻ることは容易ではないのである。だからこそ、セーフティーネットとしての福祉制度がきちんと整備される必要があるのだ。

 それにもかかわらず、「緊急」に準備するにはあまりにもハードルが高い書類を要求し、web申請などの整備もされていない「国の制度」には相当の問題があるのではないだろうか。 

おわりに

 それにしても、なぜ、これほど「福祉」は使いにくいのだろうか? 消費者金融が電子化している中で、生活保護以上の厳格な審査を対面で、予約制でやらなければならない理由は何だろうか?

 人々の生活と福祉を守るべき福祉が、実際には人々を遠ざけ、自ら機能しないようになっている。これは極めて不合理なことだろう。

 今、求められているのは、貸付を含む、福祉制度の手続き簡素化である。貸付制度で問題を解決できない場合には、生活保護申請をすべき状態になるが、生活保護制度もやはり、非常に煩雑な手続きを要する。コロナ禍を機に、福祉制度全般を見直していかなければならない。

 とはいえ、今、この瞬間にも生活を破綻しかねない人たちがたくさんいる。現状では、相談に訪れる緊急貸し付けを利用しようとしている方の多くは生活保護の条件に合致しており、こちらの方がスムーズに受けられる場合もある。

 私たちNPO法人POSSEを含め、福祉制度の利用を支援する団体もぜひ頼りにしてほしい。

無料生活相談窓口

NPO法人POSSE

03-6693-6313

seikatsusoudan@npoposse.jp

*社会福祉士や行政書士の有資格者を中心に、研修を受けたスタッフが福祉制度の利用をサポートします。

NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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