思ったより「深刻」なリクナビ問題 「スコア社会」への予兆か?

(写真:アフロ)

 就活情報サイト「リクナビ」を運営するリクルートキャリアが、就活生のサイトの閲覧履歴などをもとにAIによって予測された「内定辞退率」を企業に販売していたことが波紋を呼んでいる。

 当該のサービスでは、過去の内定辞退者がリクナビを閲覧した履歴をAIなどで分析し、その結果を踏まえて、就職活動中の学生が内定を辞退する確率を5段階で推測し、志望先の企業に販売していたという。

 朝日新聞の報道によれば、2018年3月以降、38社に販売され、価格は1社1年あたり400万~500万円であったとされる。

 問題を受けてメディアが問題にしているのは、主に個人情報の取扱いや学生からの同意調達の方法だ。

 リクルートキャリアは、学生がリクナビに登録する際に同意している利用規約に基づいてサービスを提供していたと説明するが、利用規約の記載は非常に分かりにくいものであった。政府の個人情報保護委員会からも説明が不明瞭であるとの指摘を受けている。

 学生からすれば「まさかそんなことに使われていたなんて」という感じであろう。ショックや怒りを覚えた学生も多いのではないだろうか。

 また、販売されたうちの7983人分については、「第三者に情報を提供する」との説明が不備により漏れていたために、形式上ですら本人の同意を得ずに販売していたことがわかっており、同社は明確な個人情報保護違反があったことを認め、サービスの廃止を発表している。

 さて、このように、当該のサービスは個人情報保護の観点から大きな問題であるといえる。ただ、問題にすべき点はそれだけでよいのだろうか。

 

 筆者は、今回の問題は、個人情報の問題だけにとどまらない危険性を孕むものだと考えている。この点については、他のメディアではあまり取り上げられていないため、以下に述べていきたい。

「就職に不利な個人情報」を企業が共有することの危険性

 今回問題になったサービスについて、表向きには「辞退する可能性が高い就活生を引き止めるため」とされているが、実際には合否の判断に使用された可能性が否定できない。

 つまり、AIによって予測された内定辞退率が高いことを理由に、一部の就活生の採用が見送られた可能性があるということだ。

 企業の人事担当者からすれば、予期せぬ内定辞退によって予定していた採用人数を確保できないという事態を避けるため、自社を本命視している学生かどうかを知りたいというのは理解できる。

 しかし、不当な方法で就職希望者に関する情報を提供・取得することは、労働者の権利を著しく侵害する行為だといえる。

 「内定を辞退する可能性が高い」といった情報は、選考に当たって不利に働く要素となるわけだが、その周知の方法によっては「不当」だといわざるをない状況も出てくる。

 仮に、就職に不利とされる個人情報を多くの企業が共有することになると、どうなってしまうだろうか。就職希望者の能力や個性とは関係なく、どれだけ就職活動を頑張っても就職に結びつかないということになってしまうだろう。

 つまり、就職に不利とされる情報を企業が共有することは、結果的に、特定の労働者を労働市場から締め出すことにつながりかねないのだ。そんなことになったら「普通に社会で生きていく」ことができなくなってしまう。

 それゆえ、このような行為は厳しく規制されなければならない。まして、リクルートのように影響力の巨大な企業であれば、尚更である。

就職活動が制限される恐れも

 今回の場合、提供されたのはあくまでもリクナビ内の閲覧履歴であり、また、提供を受けた企業も数十社に過ぎないため、特定の労働者が労働市場から排除されるほどの大きな影響はないだろう。

 しかし、当該のサービスが廃止されるとはいえ、今後、同様のサービスが普及する可能性は大いにある。

 というのも、今回の件について、「個人情報の利用について適切に同意を取っていなかった点」でしか問題にされないのであれば、同意を取得していれば問題ないという話になってしまうからだ。

 今後は、形式的には「同意」を取りつつも、より巧妙な形で同様のサービスが展開される可能性が高いのではないか。

 多くの学生にとって、リクナビのようなツールは就職活動を行うに当たって不可欠なものとなっている。利用規約に不利なことが書いてあったとしても、なかなか登録しないというわけにはいかない。

 それゆえ、このままでは、類似のサービスが普及し、当然のように就職希望者の行動履歴が企業に共有され、特定の者が排除されるという事態が近い将来実現してしまいかねない。

 また、より容易に想像できるのは、「AI選考対策」として、就活生が就活情報サイト上で、本命以外の企業の情報を見ることを避けるようになることだ。

 本来、「職業選択の自由」の観点からすれば、就活生が多くの企業を見て、その中で自分の希望に合い、かつ条件のいい企業を選べるようにすることが望ましい。だが、サイトの閲覧履歴に関する情報が志望先の企業の手に渡ることを恐れ、そのような比較ができなくなることが懸念される。

 通常、企業は能力の高い人材を集めるために、できるだけ労働条件を引き上げたり、求人情報を分かりやすい表記にしたりして志望者が集まるように競争するが、サイト上で企業の比較をしにくくなると、このような競争も機能しなくなってしまうかもしれない。

 ブラック企業が社会問題化して以降、就活生は企業の労働条件を細かくチェックするのが常識になっており、企業には、法改正等により求人情報を分かりやすく記載することが求められるようになってきた。

 「内定辞退率」などを通して労働者の就職活動情報が企業側に漏れてしまう仕組みができてしまえば、求人の比較が容易にできなくなり、このような時代の流れにも逆行してしまうだろう。

労働者の権利行使を妨げる恐れも

 一方、労働法は、就職に不利とされる情報が企業間で共有されることのないよう規制を設けている。労働基準法における、いわゆる「ブラックリスト」の禁止だ。

 この規定は、使用者が「あらかじめ第三者と諮り、労働者の就業を妨げることを目的として、労働者の国籍、信条、社会的身分若しくは労働組合運動に関する通信」をすることなどを禁止している。

 これには、国籍等による差別を禁止するという趣旨とともに、労働組合運動をはじめ、労働法上の権利行使を行った者を保護するという趣旨がある。

 例えば、Aさんはパワハラやセクハラに抗議をして会社を訴えたことがあるとか、Bさんは残業代の支払いを求めて労働組合に加入して団体交渉を求めたことがあるといった情報が企業間で共有されるような事態を想定してみよう。

 健全な会社であれば、権利意識や正義感の強い者として積極的に採用するかもしれない。だが一方で、自社でそのような行動を起こされたらたまらないと採用を控える会社があることも否めない。

 これによって特定の労働者が労働市場から締め出されるようなことがあれば、多くの人は萎縮し、ブラック企業から不当な扱いを受けても、抗議することはせず、泣き寝入りすることになってしまうだろう。労働者の権利を守るはずの労働法は有名無実化されてしまうのだ。

 このようなことから、歴史的な教訓を踏まえ、労働基準法はこのような規定を設け、就職に不利とされる情報が企業間で共有されるのを防止しているわけだ。

 こうした観点から考えたとき、労基法違反とは言えないまでも、、就職に不利とされる「内定辞退率」の情報を志望先企業に提供したリクナビの手法は、個人情報保護の観点から問題があるだけでなく、労働者の権利保護の観点からも社会的に強く非難されるべきだろう。

 尚、誤解のないように補足すると、私が代表を務めるNPO法人POSSEでは、年間約1500件の労働相談を受け付けており、これまで何度も労働者が会社と交渉するのをサポートしてきたが、労働法の権利を行使した方が、それを理由に再就職できなかったというようなことはない。

 相談に来られる方の多くがブラック企業に勤めていたり、会社から不当な目に遭わされていたりするため、結果的に退職する方が多いのだが、無事に再就職を果たし、「相談してよかった」と言っていただけることがほとんどだ。

 現実には、労働法の権利を行使したからといって再就職が不利になるということはないので、その点は心配しないでほしい。

(尚、NPO法人POSSEでは、若者からの労働相談を受け付けており、残業代、解雇、パワハラ・セクハラなど、あらゆる労働相談を受け付け、「法的権利」の行使について弁護士、ユニオンと連携してサポートしている)

「信用スコア社会」との関係から

 最後に、今回の問題について、「信用スコア社会」との関連も指摘しておきたい。

 信用スコアとは、取引などの履歴から個人の信用度を数値化したものだ。IT技術を用いて個人のあらゆる行動をオンラインで記録し、その情報を活用して個人の信用度を格付けするというものである。

 この信用度によって、様々な恩恵が受けられたり、あるいは制約を課せられたりすることになる。

 例えば、高スコアの人は、低金利で融資を受けられたり、車のレンタルや不動産の賃貸の際の保証金が不要になったりする。逆に、スコアが低い人は、賃貸物件の入居審査やローンの審査が通らなかったり、就職において不利に評価されたりする。

 こういった仕組みは世界的に浸透しつつあり、特に、中国では、政府主導のもと活用が進められ、「芝麻信用」などのサービスが社会的な影響力を持っている。中国政府は、2020年までに、年齢、学歴、職業に加え、公共料金の支払い記録や決済状況などを信用スコアに反映する社会システムを構築しようとしている。

 個人から見れば、いつの間にか自分の行動の履歴が情報として蓄積され、それらをもとに社会的な評価が下され、その結果によって受けられるサービスや就職先が変わってくるのだ。

 こうした「信用スコア社会」については、格差や差別を助長する点や、個人の行動を常に管理される「監視社会」化を推し進める点など、多くの問題点が指摘されている。

 日本でも、すでに一部の企業がこの仕組みを用いたサービスを開始しており、今後も普及していくだろう。今回のリクナビのサービスも、この流れのなかの一環だということができる。

 しかし、このような社会の動きを本当に受け入れてしまっていいのだろうか。今回の問題は、「AIによる人々の監視・支配」という恐ろしいディストピアへの警鐘を、私たちに投げかけているのではないだろうか。