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「ブラック企業マップ」がなぜ必要なのか? 労基が入っても会社が改善しない実情

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
(写真:アフロ)

 ネット上で「ブラック企業マップ」というwebサイトが話題だ。

 「ブラック企業マップ」はTwitterの@blackcorpmapというアカウントが運営しているもので、厚生労働省が公表している「労働基準関係法令違反に係る公表事案」を元に、労基署から労働基準法等違反で書類送検された全国の企業名を1000社以上掲載している。

 企業名の他、地域や地図から検索ができ、次のような情報が掲載されている。

公表日 H30.3.9

違反法条 労働安全衛生法第59条,労働安全衛生規則第36条

事案概要 クレーンの運転の業務に、特別教育を実施していない労働者を就かせたもの

その他参考事項 H30.3.9送検

 人を大量に使い潰す労務管理を戦略的に行うブラック企業は、社会にあってはならない存在だ。悪質なケースについて、公表も含むペナルティは当然だろう。違法行為を行った企業名を示し、アーカイブ化することは必要だといえる。

 しかし、企業にとってはいつまでも違法行為の記録がアーカイブとして残ってしまうことで大きな影響を受けることになる。すでに問題を改善している企業からすれば、継続的な掲載は不当に感じる部分もあるだろう。

 そこで今回は、なぜこのようなサイトが必要とされるのか、継続掲載の問題はどう解決すれば良いのかについて、考えていきたい。

違法企業公表の流れと限界

 これまで、違法企業の情報はほとんど世の中に出てこなかった。そのため、求職者が違法行為を行っていたり、悪質な労働環境の会社を見分けることは、絶望的に困難だったと言って良い。

 その象徴が、過労死企業名の非公表という状況である。最高裁は遺族からの過労死企業名の公表要求に対し、これを否決しているのである。

 そのため、どの企業で過労死が起こったのかは、現在でも基本的に公にならない。遺族が記者会見を行うなどしてメディアに伝えてはじめて、ニュースになり私たちが知ることができるのだ。

 参考:「「過労死」はどのように明るみにでるのか? 遺族が裁判を起こすまで」

 したがって、もっとも重大な労働問題である過労死すら、私たちが知ることができるのは「氷山の一角」に過ぎないと言うことになる。それも、遺族が労災を申請し行政に認められたケースの内、さらに少数しかわからないのだ。

 最近、労基署が取り締まりを行った違法企業のうち、悪質なケースは企業名を公表するという措置が設けられた。これに基づき発表されているのが、冒頭の「ブラック企業マップ」が参照している「労働基準関係法令違反に係る公表事案」である。

 国がブラック企業に関する情報を公開する政策を積極的にとったことをまずは評価したい。だが、この仕組みはブラック企業対策としては残念ながらほとんど機能していないのが現状だ。

 多くのブラック企業に共通する問題である残業代未払や長時間労働では、ほとんど送検されておらず、労働安全衛生法に関する違反や長時間労働での労災について違反が確認された場合にばかり書類送検されているからだ。

 公表されている事例の内、例えば、次のような違反行為のケースが多いのだ。

「高さ6.8mの屋根の端に手すり等を設けることなく労働者に作業を行わせたもの」

「ゴンドラを使用するに当たり作業開始前の点検を労働者に行わせなかったもの」

 残業代の不払いや長時間労働が摘発されにくいのは、「証拠」が集めにくいからだ。また、経営者が「タイムカードはあるけど、その通りに本当に働いていたとは思えない」などなかなか「故意」を認めず、残業させていたことじたいを否定する場合も多い。

 こうなると監督官の捜査は行き詰まってしまい、送検を諦めてしまうケースが多い。ある現役監督官は「上手に言い訳する企業ほど、書類送検しにくいんです」と苦言を呈するほどだ。

 以上のように、労基署が書類送検した企業リストはブラック企業を特定するものとして不完全なのが現状だ。そのため、同資料にもとづいて作成された「ブラック企業マップ」の企業一覧もまた、あくまで「氷山の一角」にすぎないのである。

 それでも、その「数少ない公開情報」を見やすく届けるということは極めて重要だと思われる。

 参考:「ブラック企業名公表、その効果は?」

 参考:「労基署の送検リストは「ブラック企業リスト」じゃなかった?」

労働者が諦めてしまったら「事件化」されない

 「氷山の一角に過ぎない」という点をさらに詳しく説明していこう。

 私たちに寄せられている労働相談においても、明らかに「ブラック」であるにもかかわらず、相談者が諦めてしまったために、事件化できなかったものは珍しくない。

 労働者が相談や申告をしようと労基署に行ったものの、窓口の職員に「在職だと会社にばれるので申告しない方がいいのでは」などと「助言」をされ、申告を諦めてしまうパターンもよく見かける。

 労基に申告をしたことを理由に会社が労働者に嫌がらせをすれば、それ自体が労働基準法違法となる。しかし、労働者を守る実質的な担保があるわけではない。仮に労基署が動いたとしても、適当な調査で終わったり、会社の中で犯人探しが始まったりすることもある。

 こうした事情で、ブラック企業に勤め明らかに違法行為に直面しながらも、申告を諦めてしまう人が非常に多いのだ。

 例えば次のような相談事例がある。

 ある私立学校では、教員は週6日の授業の勤務に加え、休日出勤も多く、振替休日もほとんど取れなかった。就業規則上は17時が定時だが、20時までの業務、受験生向けの学校説明会、部活動、入試の準備など時間外勤務の残業代が一切払われていなかった。人によっては過労死ラインである月80時間の残業時間近くまで働いている人もいた。

 この違法状態に直面した相談者は、労働基準監督署への申告ではなく、「情報提供」を行った。申告すれば、学校にそれがわかるが、情報提供であればそうした危険性が少ないと考えたからだ。

 ところが、労基署が調査に入ると学校はタイムカードの書き換えを全社的に命じた。その結果、会社は改ざんした書類を労基署に提出し、残業代未払いも結局何も解決しなかった。

 申告とは違い情報提供だけだったので、労基から相談者本人にはどのような調査がなされたのか、何らかの是正勧告や指導が出たのか出ていないのかも一切教えてもらえなかった。

 その結果として残業代も何も支払われず、それ以降はタイムカードを改ざんしてつけるように職場の慣行が改悪されただけだった。もちろん、このようなケースは公開されることもない。

取り締まりの後も違法行為を継続するケースが多い

 次に、継続的な掲載による企業の不利益の問題を考えていこう。

 違法行為を過去に行った企業の名前がネットにアーカイブ化することによって、会社が労働環境を改善をしてもネット上に悪評が残る可能性がある。

 しかし、こうした問題が生じるのは、企業名の公表後もその会社が労働環境を改善したかどうか、会社の外にいる人間からは判断できないことが理由である。

 アーカイブを消すためには「改善したことの確証」が必要だろう。確証もないうちに企業からの苦情でアーカイブを消せば、ブラック企業の「火消し」を手伝うことにもなりかねない。

 だから、私は過去の事例を載せている「ブラック企業マップ」のやり方は、現状ではやむを得ない手法だと思う。

 事実、労基署の取り締まりの後も会社が違法行為を継続するケースは多い。以前にブラック企業の代表格として大きく批判を浴びた「すき家」は、過去、わずか1年余りの間に20回以上も労基署から指導されていた。

 また、2008年6月に入社二か月目の社員が過労自死したワタミでは、2008年4月から13年2月の間に労基署から是正勧告を24件、指導票17件を受けていたことが分かっている。

 二社とも、いくら行政が指導しても改善されなかったのだ。

 さらに、私たちに寄せられた相談事例でも、労基署が動いたにも関わらず違法行為が継続した事例があった。

 この企業では残業代がほとんど払われておらず、月によっては100時間ほど残業している月もあった。そのため、労基署が是正勧告を出し、それをきっかけに、会社は働き方改革をやると宣伝するようになった。

 ところが、現場はまったく変わらなかったという。会社は支店長に対し職場で長時間労働があると査定を下げると指示を出していたのだが、これによって残業時間が減るのではなくたんに残業していることを隠すようになった。

 22時には消灯され、社員は職場から出なくてはならなくなったが、社員は会社の外で会議や仕事をするようになっただけだった。その後私たちが紹介したユニオン(労働組合)がそうした実態を明らかにし、改善させ残業代を取り返すことができたが、労基署の是正勧告だけでは改善しなかったことは明らかだろう。

 このように、一度企業名を公表された事案だからといって、労働環境が改善されるとは限らない。結局企業名が分かったところで、現在改善されたか、されていないかは入社してみないと分からないということに変わりがないのである。

職場の改善を「モニタリング」する労組の役割

 ブラック企業が改善したのかどうかを社会的に可視化し、また改善した状況が継続するように社会的に監視するにはどうすればいいのだろうか。

 

 実は、これには労働組合(ユニオン)が有効だ。職場に労働組合が結成されれば、職場の状況が会社の外から「モニタリング」可能な状況となる。具体的には、会社は改善した労働条件の内容を労働協約として労組と結ぶことができる。

 そして労働協約を広くメディアやネットなどを通じて発信すれば、改善を実際にしたという確証を得ることができるだろう。また、会社が労働協約の内容を破れば、労組がそれを問題にし、新たな違法行為ともなるため、改善状況を継続するプレッシャーにもなる。

 このようなプランは、何も机上の空論ではない。近年、過去に「ブラック企業」と批判されていた企業が労組と労働協約を結ぶことで労働条件の改善を社会に広くアピールする事例が実際にいくつか出てき始めている。

参考:「たかの友梨が「究極のホワイト企業」に変貌」 

有期雇用の「5年ルール」の実態と解決策 TBC社とユニオンの画期的取り組み

 このように、「改善した」ことが、会社のアピールではなく、労働組合によって確認された企業の名前は「ブラック企業マップ」から消去するという手続きを取っても良いはずだ。また、逆に「改善した企業」として紹介しても良いだろう。

 そうすれば、企業にはますます改善の機運が生まれる。

 「ブラック企業マップ」は、行政が労働基準法等違反で書類送検した企業の公表データをネット上にアーカイブとして見やすく可視化したという点で、とても有意義な試みである。

 こうした取り組みがさらに発展するためには、労組によって労使関係をつくることが重要な鍵となってくると考えられる。

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NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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