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ブラック企業名公表、その効果は?

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

政府はブラック企業対策の一環として労基法違反企業の名前を公表するという。

ブラック企業名、早期公表=送検前でも―厚労省(時事通信)

労基法違反の「企業名の公表」はもちろん有意義だ。書類送検前の企業名公表は、私も与党の議員と懇談する機会があるたびに求めてきた内容でもある。

だが、それだけではブラック企業対策として不十分な理由が三つある。

(1)監督官の数が不十分で取り締まりきれない

(2)労基法の範囲は狭く、パワハラや解雇は規制の対象外

(3)労基法違反を繰り返して「開き直っている企業」には効果がない

それぞれ紹介していこう。

監督官の数が少ない

第一に、監督官の人数が少なすぎる。労働基準監督署の職員数は慢性的に不足している。監督官は現在全国に2900人いる(2013年)。だが、実際に第一線で監督業務に従事しているのは1500~2000人ほどだ。

東京23区を監督する監督官の数は、管理職を含めて120人ほどに過ぎない。これでは、十分に違反企業を捜査することができないだろう。

結局、一部の企業だけが「見せしめ」のような形で取り締まられることにならざるを得ないのではないだろうか。

また、下手をすると、今回の対策で「企業名が公表されていない企業は、ホワイトだろう」という誤解を広げてしまうことにもなりかねない。

そもそも労基法は「ザル」

次に、長時間労働やパワーハラスメントは、ブラック企業の典型的な被害である。

今回の対策でも「違法な長時間労働を繰り返す「ブラック企業」について、18日から企業名を公表する」とされており、「公表の対象となるのは、違法な長時間労働を1年以内に3か所以上の支社や営業所などで繰り返し、労働基準監督官から是正勧告を受けた大企業。

具体的には、労働基準法が定める労働時間「1日8時間・週40時間」を超えた労働が月100時間を上回り、労働組合と残業時間に関する協定を結ばないなど法令違反がある場合」(読売新聞)だという。

だがこれは、逆にいえば「労働組合と協定を結べは」どんな長時間労働も違法ではないということだ。実は、「36協定」という労基法の悪名高い規定が、労働時間の上限規制を実質的に無効化してしまっているのである。

しかも、会社が協定を結ぶ相手は労組ではなく、「従業員代表」でもいい。

この「従業員代表」がやっかいで、使用者から「やってくれ」と頼まれて引き受けている「普通の社員」がほとんどなのだ。形式的に社員が選挙した書類を整えれば、取締られることはない。

形式的に選挙をして選ばれた「普通の社員」に会社との協定を拒むことなど、できるはずもないだろう。だから、たいていのブラック企業では、「合法」に長時間労働が行われている。

今回の対策では巧妙なブラック企業の名前を公表することはできないだろう。

パワハラや解雇は対象外

さらに、そもそもパワーハラスメントは労基法違反ではない。労基法は刑罰を定めた国の法律なので、司法警察員である監督官が取り締まることができる。だがこれは、刑罰が定められている残業代不払いや強制労働などに限られているのだ。

だから、当然どんなにひどいパワハラをしていても、今回の対策で企業名が出ることはない

同様に、違法な解雇をした場合でも、ひと月前に予告をしていれば、労基法違反になることはない。

違反行為を繰り返してきたブラック企業

第三に、労基法違反を繰り返している企業も存在する。

通常の企業であれば、労基署が指導に入った段階で改善に向けて動き出し、問題は解決する。しかし、「ブラック企業」の場合にはそうはいかない。中には、違法行為の証拠が発見されて指導が入っても、これに従わない企業もあるのだ。

そうした企業に、有名な「すき家」(ゼンショーホールディングス)がある。同社ではアルバイトに残業代を支払わないなど、労基署から度重なる指導を受けていた。2014年7月に提出された同社の第三者委員会による「調査報告書」によると、二年半の間だけで20回以上もの是正勧告を受けていることがわかる。

もちろん、企業名も大々的に報道されていたが、それでも違反行為を繰り返していたのだ。

「反省しない企業」には、企業名公表の効果も限られてしまうというわけだ。

ブラック企業の「合法化」

ところで、今国会で審議されようとしている、いわゆる「残業代ゼロ法案」も、ブラック企業の違法行為に関係している。

年収1075万円以上の「高度プロフェッショナル人材」を対象とした制度の影に隠れているのだが、実は、「普通の営業職」の人たちの、事実上の「残業代ゼロ」を合法化する内容も、この法案には含まれているのだ。

裁量労働制とは、あらかじめ働く時間を「みなす」制度で、正確な労働時間に応じた賃金が支払われない制度だ。今でもブラック企業はこの仕組みを悪用していて、特にIT企業では、SEの残業を「40時間」などとみなしておいて、実際には100時間以上残業させるなどのやり口が横行している。

今度はこれを、営業職にまで拡大しようというのだ。法案では「法人営業」全般に拡大されることになっているが、法人と無関係の営業などあまり考えられないから、「営業職」はほとんどが対象となる可能性がある。

繰り返しになるが、この「裁量労働」には、年収要件は存在しない

こうした法律が通ってしまうと、今では違法なブラック企業のやり口も、一部は合法になってしまう危険が高いのだ。

今回のような労基法違反の企業名公表といった措置がとられたところで、「違法ではありません」というブラック企業がますます増えてしまうのでは意味がないだろう。

ブラック企業を対策するためには、企業名の公表だけではなく、逆に労基法に労働時間の上限規制を設けるなど、抜本的な法的対策が必要ではないだろうか。

参考:企業名公表の効果と、「残業代ゼロ法案」についての詳細な分析は『ブラック企業2』(文春新書)を参照してほしい。

「ブラック企業」の豊富な事例から、どのような政策が必要なのか、今の法改正の問題はどこにあるのかを徹底的に分析した。

『ブラック企業2 「虐待型管理」の真相』(文春新書)2015年3月刊

NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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