ホームレスにもなりかねない非正規の実態 メトロコマース事件から考える

 いまや、非正規労働者は5460万人、割合にして37.3%に上っている(2017年「労働力調査」)。90年代以降、着実に増加し続け、日本の職場に欠かせない存在となっている。

 しかし、その多くは最低賃金ギリギリの給料しか支払われず、生活保護を下回ることさえ少なくない。「貧困状態にある」といっても過言ではない。

実際に、25~44歳のフルタイム非正規の月給は、16~20万円未満で増加している。その生活は、ともすると衣食住に事欠き、生存を脅かされる事態と隣り合わせなのである。貧困対策のためにも、非正規雇用の待遇改善は「待ったなし」の課題だといってよい。

 そのような問題の「典型例」が、東京メトロの売店やコインロッカーを運営しているメトロコマース社で争われている裁判だ。非正規労働者たちが、あまりにもひどい格差の是正を求めて争っている。

 裁判の控訴審が11月19日の東京高裁で結審し、来年2月20日(水)午後3時に東京高裁812号法廷で判決が言い渡される予定であるが、この訴訟の内容は、非正規労働のあまりにもひどい格差が、「貧困」や「住居喪失(ホームレス)」の問題にも直結していることをうかがわせる。

 そこで今回は、この事件の紹介を通じて、非正規雇用の権利行使と住居問題への対応の必要・方法について考えていきたい。

メトロコマース事件の概要

 メトロコマース事件は、東京メトロ駅構内の売店「METRO'S」で契約社員の販売員として働く労働者たちが、同じ業務に従事する正社員との「同一労働同一賃金」を求めて争われている。事件の経緯は次の通りである。

 同社の契約社員は、時給1000円程度で月の手取りがわずか13万円。そのため、衣服が購入できない、アパートの更新料が支払えないなどの生活苦にあえいでいた。

 手取りが13万円では、いつ家賃の滞納や住居喪失(ホームレス化)してもおかしくない。将来に対する不安もつきないだろう。

 しかも、同じ業務に従事する正社員とは賃金や福利厚生などで格差があり、彼女たちは非正規に対する差別だとして怒りも持っていた。

 正社員と契約社員では、店舗の開店・閉店作業、商品の陳列・販売、発注・返品、納金などの販売員としての業務は全く同一であった。それだけでなく、非正規であるにも関わらず、店舗の特色や商品の売り上げの動向を把握し、自らの判断と責任で商品を発注し返品する権限を与えられていた。さらに、売り上げの納金や金庫への保管業務も行なっていた。

 このように、業務や責任が同一であるにも関わらず、賃金には著しい格差が存在した。東京東部労組のブログによると、勤続年数などで同水準の正社員の賃金と、契約社員である組合員の3年間分の賃金を比較すると、正社員が1434万円であるのに対し、契約社員は685万円であった。

 

 こうした現状を変えようと、2009年に東京メトロの売店の契約社員の女性たちが東京東部労働組合に加盟し、メトロコマース支部を結成し、会社との団体交渉をおこなってきた。

 交渉を通じて、いくつかの労働条件の改善が勝ち取られてきた。例えば、店舗内には卓上扇風機しかなく、夏場には汗だらけとなって接客をしなければならなかったために送風機を設置させ、熱の発生しにくいLEDの蛍光灯に取り替えさせた。賃金に関しても、勤続1年ごとに時給10円の昇給を実現した。その他に改善されたものについては東京東部労組のブログに詳しい。

 しかし、組合を通じた交渉だけでは正社員との同一労働同一賃金の実現には至らず、2014年に労働契約法20条違反を根拠として正社員との賃金差額を求める訴訟が提起された。

裁判の内容

 この訴訟において原告側が訴えたのは、正社員と原告たち(「契約社員B」と呼ばれている非正規雇用)の業務の内容や責任の程度は同一であるにもかかわらず、賃金や手当に格差を設けているのは労働契約法20条違反であるということだ。

 労働契約法20条では、有期雇用労働者であることを理由にして労働条件を差別することを禁止している。逆に言えば、仕事の内容が異なる場合には、差別は正当化されることになる。

 前述のように、販売員の正社員と契約社員が担う業務や責任の範囲は同一であると原告側は主張した。その一方で、就業規則には、正社員は業務の必要により配置転換や職務転換を命じられることがあると規定されている。

 つまり、就業規則上は、正社員の方が「潜在的」には仕事の範囲や責任が非正規雇用より広くなっており、いつでも仕事の内容が変更されうる労働者だということになる。

 しかし、実態は異なると原告は主張している。販売員として配置された女性正社員が他部署へ異動する例はほとんどなく、逆に、契約社員の中には販売員から自動販売機の管理部門へ異動した者がいた。

 こうしたことから、実態としては、配置転換や職種転換は雇用形態による違いではなく、正社員と契約社員Bの職務の内容は同一であると原告は主張しているのである。

 しかし、このように同じ業務に従事しているにもかかわらず、正社員と非正規雇用の間には大きな待遇の格差が存在するのは先に述べた通りである。両者の待遇格差を生み出した賃金の決定方法については裁判を通じて明らかとなっているが、具体的には以下の通りである。

【本給】

正社員:年齢給(年齢が上がるにつれて昇給)と職務給(職務等級が上がるにつれて昇給)により構成

年齢給は18歳5万円で始まり、年齢が上がるにつれて1000円ずつ増額、40歳以降は一律7万2000円。職務給は等級に応じて10万8000えんから25万6600円まで。最高で32万8600円。

【資格手当・成果手当】

正社員:一定の職務等級以上の者に数千円支給

契約社員B:なし

【住宅手当】

正社員:扶養家族がある者には月1万5900円、扶養家族のない者には月9200円を支給

契約社員B:なし

【家族手当】

正社員:扶養家族1人につき月8000円、2人目以降1人につき月4000円支給

契約社員B:なし

【早出残業手当】

正社員:所定労働時間を超える勤務について、始めの2時間までは2割7分増、2時間を超える時間には3割5分増

契約社員B:一律2割5分増の賃金

【賞与】

正社員:年2回の支給(2013年の平均支給実績は、月給の2ヶ月分に17万6千円を加算した額)

契約社員B:年2回の支給、各12万円の定額

【退職金】

正社員:勤続年数に応じた金額

契約社員B:なし

非正規差別を認める判決

 

 第一審の判決は、会社側の主張をおおむね受け入れている。

 正社員はキャリア形成の過程で1~2年程度売店業務に従事するに過ぎず、売店業務に従事する正社員とそれ以外の正社員とで適用される就業規則に違いがないことから、「契約社員Bとの労働条件の相違を検討する上では、売店業務に従事する正社員のみならず、広く被告の正社員一般の労働条件を比較の対象とするのが相当である」。

 つまり、仕事の内容は責任については、販売に従事する女性正社員とだけではなく、実際に広く配置転換されている男性も含めた全正社員と比較すべきだということである。

 そして、正社員は代務業務やエリアマネージャーの業務に従事することもあること、配置転換や出向を命じられうる立場にある点で、契約社員とは業務の内容や責任の程度が異なるとする。

 そのため、正社員と契約社員Bとの間の待遇格差には一部を除いて合理性があると結論づけている(早出残業手当のみ不合理との判断)。

 しかし、実態としては正社員の中には定年まで売店業務のみに従事する者もおり、この正社員と比較すべきところを、売店業務とは関係のない正社員も含めて比較の対象にすることは誤った解釈だと原告側は訴えている。

 今回の判決を受け、メトロコマース支部と弁護団は非正規差別を認める不当判決だとして、東京高裁での控訴審を現在闘っている状況だ。

事件を通じて非正規雇用差別を考える

 前述の通り、正社員と契約社員との間の待遇格差は著しく、3年間で2倍以上の格差が生じている。その上、契約社員がもらっている賃金は手取りで13万円程度と、生存ギリギリの水準である。果たして、このような非正規差別が許されてよいのだろうか。

 判例からは、販売店から異動しない女性正社員と非正規雇用の間では、「二つの差別」が存在していた。まず、同一職務に従事するにもかかわらず差別するという「同一労働・同一賃金」に反する差別である。

 正社員は「職務給」によって賃金が決定される一方で、非正規雇用はまったく別枠の「時間給」である。職務給を設定しておきながら、それを、同一の職務に従事する労働者に適用しないという点が、第一の特徴だ。

 第二に、年功賃金や賞与や退職金、福利厚生における差別である。こちらは職務とは無関係に、「身分(雇用形態)」によって与える条件が初めから異なるという差別である。特に、賞与における差別が巨大であることが目に付く。

 こうしてみると、メトロコマースの労務管理はやや、奇妙である。従来の日本型雇用と非正規雇用の差別では、第二の点での差別がほとんどで、そもそも「職務給」というカテゴリーをとられていることは少なかったからである。

 従来であれば、職能資格給(これは仕事とは関係ない「潜在能力」による賃金)から排除されることで、非正規は差別された。職能資格給は、建前としては勤続によって増加する「能力給」だが、実質的には年功賃金である。「非正規とは別カテゴリーである」ということが明瞭にされる賃金体系だった。

 したがって、不平等を訴える際にも、「職能資格給」では「能力給」ゆえに、具体的な「職務」は賃金とは無関係だということになる(今回の裁判所の判断と同様)。これに対して、差別される非正規の側は、「職務に対する賃金を評価せよ」ということを主張してきた。

 つまり、「職務給」こそが、非正規と正規の差別を乗り越えるための処遇制度なのである。

 ところが、今回のケースにおいては、明白に非正規雇用と「比較可能」な「職務給」の概念が、会社によってすでに導入されている。少なくとも、第一の点における差別は、これまでの「身分差別」とはやや異なっている。

 会社自身が「職務」に対して賃金を支払っていると、自ら宣言する賃金体系だからだ。

 それにもかかわらず、裁判所は職務給における平等な取り扱いは必要ないとしている。奇妙としか言いようがない。しかも、このような判断を下すことで、もう一つ、重要な問題が生じる。それは、裁判で比較の対象とされている女性正社員の雇用管理の問題である。

 この会社の女性社員の働き方は、「職務給+年功賃金・賞与」となっているわけだが、このような賃金体系は、配置転換をされない女性がいることから、「職能給」のように「潜在能力」で賃金が上がり続けることを避けるために導入していると考えられる。

 つまり、「販売職」に従事している限り、非正規より高いとはいえ、正社員の月給は年功賃金を加えた最高でも32万6600円で頭打ちになる。会社は正社員に対しては「職務評価」を行い、実質的に「職務限定社員」とすることで、賃金を抑制してきたというわけだ。

 もしこれが裁判所の言うように、「潜在的な」配置転換や責任などが発生するのであれば、実際には配置転換されなくとも、賃金は上がり続けなければならないはずなのだ。少なくとも、「職能資格給」の考え方からすれば、潜在的な能力上昇や幅広い責任も賃金上昇の理由となる。

 正社員の賃金が「職務」によってきまっていないのであれば、勤続によって、販売が中心の正社員の賃金も、その他の職務に従事する正社員と同様に上がり続けなければおかしいのである。

 したがって、この会社の賃金体系は二重の問題をはらんでいる。

 まず、正社員に「職務給」を適用しているのだから、正社員と非正規雇用は、少なくとも「職務給」において平等であるべきである。一方、「職務を越えた責任」が常に存在するのであれば、女性社員の賃金は、32万8600円よりも上がり続けなければ不当である。

 「非正規雇用も正社員も低い賃金にしたい」。このような目的からしか、このいびつすぎる賃金体系は出てこないだろう。あるいは、日本型雇用が変形してく中で現れた「過渡期」の労務管理であるとも評価できる。

 そこで、このような問題を解決するものとして登場しているのが、「限定正社員」という新しい労務管理制度である。

 現在多くの会社では、メトロコマースの女性正社員のような勤務地や職務が限定されている労働者に対して、「限定正社員」として契約し、「職務」などによって評価し、非正規雇用とほぼ同じ待遇(無期雇用ではあるが、賃金はほとんど同じ)にする動きが広がっている。

 このようなやり方は、非正規雇用差別の「正社員の待遇を下げることによる解決策」となっている場合もあり、必ずしも歓迎できないところがある。

 ただし、限定正社員化は、「やり方」さえ正しく行えば、不平等を解決する方策ともなり得る。今回の事件でいえば、すでに女性正社員は実質的な「限定正社員」となっているものと考えることができる(職務・職種限定)。

 これを非正規に近づけるのではなく、逆に、最高額で25万6600円となる職務給を非正規にも適用し、非正規雇用と限定正社員は、少なくとも「職務給」において同一賃金とする。

 こうすれば、第一の差別は解消される。そのうえで、年功賃金や、賞与や退職金の額の格差があまりに巨大であることを、第二の問題として解決していくべきだろう。

 このように今回のケースからは、実は、非正規雇用の差別の問題の背後に、「正社員の変化」の存在があることが読み取れる。正社員自身も、すでに「職務限定」の働かせ方によって、これまでとは処遇のあり方が変化しているのだ。

 このため、非正規雇用と正社員の賃金格差の不合理さは以前よりも格段に際立っている。両者は「職務限定」という点において、共通していることが以前よりも多くなっているからだ。

 正規・非正規をトータルに考えた労使関係の変革が求められており、これは一つの裁判の問題ではなく、日本社会の雇用構造の変化に根ざした普遍的な課題である。

 今回の地裁判決の判断はこうした変化をまったく理解しておらず、甚だ説得力に欠けるものと言わざるを得ない。このような現実を理解しない判決は、日本の労働社会全体の混乱を深めるだけであることを、強く指摘しておきたい。

 今後も、東京東部労組・メトロコマース支部の取り組みや、今回の裁判の行方に、ぜひ多くの方に注目していただきたいと思う。

終わりに

 冒頭で述べたように、非正規労働者は生存ギリギリの賃金しか支払われていない。家賃や更新料の支払いに事欠き、アパートから追い出され、ホームレスになってしまう危険と隣り合わせの生活を送っている。

 同じ仕事をしているにもかかわらず、「職務給」から排除され、賞与などによってあまりにも巨額な差別が行われている。それが「貧困」の原因になってよいのだろうか?

 まじめに働いている労働者が報われない社会は、やがて働き甲斐も未来も奪われた不毛の社会になっていくことだろう。

 また、この間、労働契約法改正により、有期契約の非正規労働者が5年以上働いている場合、労働者が申し込めば、企業は無期雇用に転換しなければならなくなった。

 派遣法も改正され、派遣社員は同じ職場で働ける期間が最長3年とされ、3年を経過すると派遣元での無期雇用か、派遣先での直接雇用が義務付けられた。

 ところが、今度はこうした義務を負いたくないために、企業が「5年」や「3年」を前に雇い止めを行うケースが少なくない。

 雇い止めをされてしまえば、非正規労働者は家賃の支払いができなくなり、住居から追い出されてしまうリスクがより一層高まってしまうのは明らかである。

 こうした状況を踏まえ、NPO法人POSSEは、下記の通り非正規で働き住居からの追い出しなどの問題を抱えている方を対象に、11月30日(金)と12月1日(土)に「非正規住居追い出しホットライン」を開催する。

 また、上記日程以外でも、非正規労働者を対象に、雇い止めなどによる住居喪失に関する常設相談窓口を設置する。

 ぜひご相談いただきたい。

非正規住居追い出しホットライン

日時:(1)11月30日(金)18:00~21:00、(2)12月1日(土)13:00~17:00

電話番号:0120-987-215

相談費用:通話料含め無料

主催:NPO法人POSSE、NPO法人ほっとプラス、反貧困ネットワーク埼玉

相談は秘密厳守。

※上記以外の時間帯でも相談を受け付けています。

非正規雇用の住居に関する相談窓口

03-6699-1890

soudan@npoposse.jp

無料相談窓口

NPO法人POSSE

03-6699-9359

soudan@npoposse.jp

*筆者が代表を務めるNPO法人。訓練を受けたスタッフが法律や専門機関の「使い方」をサポートします。

ブラック企業ユニオン 

03-6804-7650

soudan@bku.jp

*ブラック企業の相談に対応しているユニオンです。

総合サポートユニオン

03-6804-7650

info@sougou-u.jp

http://sougou-u.jp/

*個別の労働事件に対応している労働組合。労働組合法上の権利を用いることで紛争解決に当たっています。

仙台けやきユニオン

022-796-3894(平日17時~21時 土日祝13時~17時 水曜日定休)

sendai@sougou-u.jp

*仙台圏の労働問題に取り組んでいる個人加盟労働組合です。

ブラック企業被害対策弁護団

03-3288-0112

*「労働側」の専門的弁護士の団体です。

ブラック企業対策仙台弁護団

022-263-3191

*仙台圏で活動する「労働側」の専門的弁護士の団体です。