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日立製作所の労災被害者は、なぜ声をあげたのか? 「社内改革」の限界と「社外」からの改革方法

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

日本を代表する大企業で起きた労災

 日立製作所に新卒で入社した20代の男性社員が、長時間労働とパワハラによる精神障害で、2018年1月に労働基準監督署から労災認定されていたことがわかった。11月7日に、本人と彼が加盟する個人加盟ユニオン「労災ユニオン」(総合サポートユニオン・労災支部)が厚労省で記者会見を行った。

「労災ユニオン」のホームページ

 現役の経団連会長を輩出し、日本を代表する企業である日立製作所。同社に新卒入社した若者ですら、長時間労働とパワハラの被害で心身に傷を負わされてしまうというのは、非常に重大な問題だ。今回の事件を様々なマスコミが報道しているのも、その「日立」というビッグネームゆえだろう。

 

 一方、被災労働者が今回なぜ立ち上がったのかについては、ほとんど報道されていない。同様の状況に置かれても我慢してしまう人が多い中で、なぜ彼は、会見にまで踏み切ったのだろうか。

 本記事では、彼や労災ユニオンに対する取材をもとに、労災の被害に遭ったときに陥る困難と、権利行使のために取りうる手段について、解説していきたい。

月170時間超の長時間残業、背中ごと椅子を蹴られる暴力…

 まず初めに、今回の事件の概要を説明しよう。20代の男性社員Aさんは、2013年に日立製作所に入社後、2015年6月に子会社である日立プラントサービスに在籍出向となり、関西支社に所属しながら、富山県にある化学プラント工場建設現場で、設計・施工管理監督の業務に従事していた。

 ところがその現場では、それまでのデスクワーク主体の設計業務から現場の管理業務に仕事内容が変化し、それにともなって雑用を全て任されるようになり、事務処理などのために労働時間が増加したという。

 恒常的に月100時間の長時間残業が続き、労基署の認定によれば、精神疾患発症1ヶ月前の残業は145時間2分、2ヶ月前は103時間15分、3ヶ月前は102時間47分、5ヶ月前には161時間20分に及んでいた。

 さらにAさんを襲ったのがパワハラだ。Aさんは2015年6月の異動以降、未経験の施設工事現場を担当することで、プレッシャーを感じて精神的な疲労が続いていた。

 その最中の7月に、上司にAさんが座っている椅子を背中から蹴飛ばされるという出来事が発生。それからは上司から「ばか」、「ものをしらない」、「辞めちまえ」、「しょうもない仕事」などの侮辱的な暴言が繰り返された。

 以上の長時間労働やパワハラを原因として、動悸、悪寒、不眠の症状が生じ、睡眠時間が十分に取れなくなるなどの体調不良に陥ったため、Aさんは会社の産業医に相談。しかし、長時間労働やパワハラについて改善はされないままだった。

 限界を感じたAさんは2016年1月に精神科を受診し、精神疾患の診断がなされ、同年2月以降、現在まで休職している。労基署の認定によれば、精神疾患の発症は2015年11月。

 Aさんは休職中の2016年3月ごろには自宅で自殺未遂を起こし、現在も精神障害に苦しんでいる。自律神経への影響なのか、背中に刺されるような痛みを覚えるなど、身体的な被害も続いているという。

Aさんが声をあげた不信感・怒り・心苦しさ

 Aさんは2017年6月に労災申請をし、2018年1月に高岡労働基準監督署(厚生労働省富山労働局)から労働災害と認定をされている。

 ところが、問題が大きいのは労働災害が「発生した後」の会社の対応だったという。 誰しもいきなり会社の外から問題を告発しようとは思わない。Aさん自身がそこに思い切るまでの問題は、上司だけではなく、会社全体の酷すぎる対応にあった。

 Aさんによれば、産業医の面談で長時間労働とパワハラを訴えた際に何も労働環境が改善されず、労災申請をしようにも会社がなかなか資料を提出せずに手続きの開始が遅れてしまった。

 また、労災申請の事実をみだりに口外しないよう約束させられる、労災支給決定後も労災の支給が非常に遅れるなどの対応を受けたという。

 こうした会社の態度はAさんにとって労災を隠そうとしているように写り、同社に強い不信感を持つきっかけになった。

 それだけではない。Aさんはもともと地方出身で、父親は建築業で自営業として働いており、裕福とはいえない環境で育ったという。そのなかで家族からは「お前はいい会社で働け」と言われ、一生懸命勉強して、高等専門学校から日立製作所に新卒で入社し、誇らしい気持ちだったという。

 ところが、長時間労働とパワハラの被害を受けて、「どん底」に突き落とされてしまった。自殺未遂を起こし、今でも労災による病気に苦しんでおり、今後いつから働けるかも曖昧だ。職場と似た光景を見かけると精神が不安定になるため、父親と建設現場を見ることすらもはや叶わない。Aさんを突き動かしている思いの一つは、こうした悔しさであり、会社に対する怒りであるという。

 また、Aさんは自分以外にも、信頼していた上司が病気で心身を壊していったのを目の当たりにしていたという。Aさんはその上司を追い込んだのが、日立の長時間労働とパワハラであったと確信している。その上司のために自分が何もできず見ているしかなかったことの心苦しさも、Aさんを行動に踏み切らせた一因であるという。

企業に任せても労働条件が改善されない実態、Aさんとユニオンの出会い

 そして、Aさんが立ち上がった理由は、ここまで書いてきた「被害」だけが理由ではなかった。Aさんが立ち上がったのは、問題が発覚した後の会社の対応、そして、自分が社内で「改革」できることに限界を感じたからなのだ。

 過去や現在の長時間労働・ハラスメントの実態調査、具体的な改善措置を求めるにはどうしたら良いか。Aさんは当初、復職後は人事部に配属を希望し、社内改革を進められないかと考えていた。

 しかし、社内で希望を出しても、曖昧な返事が返ってくるだけだった。さらに不信感が募る一方で、休職期間が3年に達し、退社に追い込まれる期限も目前に迫っていた。

 実際、長時間労働などによる労災を出したからといって、企業が自主的に労働条件を改善するとは限らない。むしろ問題を外部に公表しないまま隠し通そうとするケースは一般的だ。2件の過労自死を含む5件の労災が発覚した三菱電機はその典型だろう。

 Aさんには、自分が被害を受けてもなお、会社は全然改善されていないという情報が同僚から入ってくるという。

 そもそも、日立製作所では「働き方改革」を推進しているはずなのだが、Aさんが勤務していた頃から、長時間労働をタイムカードに記録させない、過少申告をさせるという圧力を上司がかけていたという。

 こうした理由から、現在でも長時間残業やパワハラが改善されていないのではないかという疑問を、Aさんは強く抱いている。

 そんな折、Aさんが見かけたのが、自動販売機の運搬を行うジャパンビバレッジで働く労働者たちが加盟したブラック企業ユニオン(総合サポートユニオン・ブラック企業支部)のストライキのニュースだった。労働者が労働条件の改善のために立ち上がれば、会社を改善できる。

 Aさんはそんな可能性を初めて目の当たりにした。これが、Aさんがユニオンに連絡を取ることになったきっかけだった。

 労災ユニオンでは、Aさんの相談を受けて、労災に対する慰謝料などの支払いに加えて、日立製作所社長による謝罪、同社の長時間労働やハラスメント、労災申請手続きの実態調査及び具体的な改善措置などを求めている。

 すでに、日立製作所と日立プラントサービスが団体交渉に応じることになっているという。これらは労働組合でしか実現の難しい問題だ。ぜひ、泣き寝入りをせずに相談してみてほしい。

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NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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