内定率回復でも横行する「求人詐欺」 注意すべきは「就業規則」

 6月も終わりに近づき、2019年3月卒業予定の大学生の中には、内定をもらい始めた人もいるだろう。今年の就職内定率は、この6月時点で6割を超えたとの報道も出ている。人手不足がしきりに叫ばれるなかで、多くの企業が人材を獲得しようと、次々に内定を出し、囲い込みを始めている。

 そんな中、内定をもらった就活生に向けて、来年度から働き始めるにあたって、事前に自分がどんな条件で働くことになるのか、確認することを勧めたい。それは、私が代表を務めるNPO法人POSSEには、求人に記載されていた条件と、実際の労働条件が違ったという相談が後を絶たず、しかも、この「求人詐欺」の相談は、年々増加しているからであるからだ。(求人詐欺への対処法について、詳しくは拙著『求人詐欺』を参照されたい)。

 求人詐欺問題については政府も手をこまねいているわけではなく、今年1月からは職業安定法の改正が施行されるなど、対策が進んでいる。だが、実はそれらの対策では全く不十分なのだ。

 本記事では、求人詐欺問題の実態と、これを防ぐための「真の対策」について提言していきたい。

広がる求人詐欺の被害

 まず、求人詐欺の被害実態はどのようなものだろうか。

 典型的には、「書いてあった仕事内容と違うことをさせられている」、「残業はないと聞いていたのに、実際にはあった」といった相談などだが、その「詐欺」の内容は多岐にわたる。

 なかでも、よくあるのは、基本給に残業代を含めることで、給料を高く見せる「固定残業代」や、実際の労働時間数にかかわらず、一定時間働いたとみなす「裁量労働制」が採用されているにもかかわらず、求人にはそのことが明記されていなかったというもの。

 多くの相談からは、「入社してから先輩に聞いた」、「初任給をもらって初めて気づいた」というように、働き始めてから初めて詐欺被害に遭っていることが判明しているようである。

 求人詐欺の問題は、各企業からハローワークに出された求人の他、就活生の多くが利用する「リクナビ」などの就活サイト・求人情報サイトに掲載されている求人についても同様に起きている。

法改正で求人詐欺は無くなるか?

 では、政府はどのような対策をしているのか。冒頭で述べたように、今年2018年1月に改正職業安定法が施行された。

 これによって、こうした典型的な求人詐欺は認められないこととなった。つまり、固定残業代制や裁量労働制をその労働者に適用する場合には、その旨を求人票に記すことが義務付けられるようになったのである。

 とくに、固定残業代の場合には、

  • (1)固定残業代部分を除く基本給
  • (2)固定残業代に対応した残業時間
  • (3)固定残業代分の残業時間を超えた場合に、その分の残業代を追加で支払う旨

といったこの3点が明記されていなければならなくなった。求人詐欺とその被害が広まるなかで、この法改正は「一定の歯止め」にはなるだろう。

 しかしながら、こうした前進があっても、それだけで十分だと言うことはできない。なぜなら、固定残業代や裁量労働制の表記が義務付けられたのは、ハローワークの求人に対してであって、リクナビなどの求人情報サイトには、その効果は及ばないからだ。

 新卒者の多くがリクナビ、マイナビなどの「就職ナビ」を通じて求職することを考えれば、この法律の「抜け穴」は致命的だと言わざるを得ない。

「ブラックボックス」の求人情報

 さらに、問題は固定残業代や裁量労働制などに限ったことではないのだが、この点についても、今回の法改正はまったく踏み込んでいない。

 そもそも現在の日本の求人情報では、その会社で働くすべての条件が書かれていることはまずないのが実情だ。それは、日本では入社してからはじめて労働条件が明らかになるという「慣行」が根強いからだ。

 日本に独自の新規一括採用では「終身雇用」を建前として、入社後にどのような条件で働くのかを説明することが、企業側から実質的に免除されてきた。こうした労働契約の仕方は研究者から「空白の石版」と言われるほど、「特殊」なものなのだ。

 たとえば、つぎのような重大な事項がまったくわからないまま入社することが、今でも「当たり前」になっている。

  •  残業は何時間までさせられることになっているのか。
  •  退職金の規定はどうなっているのか。
  •  将来、どの程度、昇給する可能性があるのか。
  •  ボーナスは、どんな風に査定されるのか。

 これらの条件は、入社してから知らされることになり(当然問題であるが、周知されないこともある)、法改正によって求人詐欺に一定の歯止めがかかるようになったとはいえ、労働条件の「後出し」状態は、今もなお存在し続けているのである。

 給与の決め方や残業の決め方もまったくわからないのでは、労働条件がわからない「ブラックボックス」の中に飛び込むのと同じ事だろう。

 これでは健全な「労働市場」が形成されているとは言えない。「市場」とは、参加者が自由に選択できることが最低限のルールだからだ。正確な値段が表示されていない「市場」などというものが如何に異常であるのかは、強調してもしたりない。

本当に知るべきは、「就業規則」

 では、入社後に知らされる、上記のような条件は、何によって定められているのだろうか。それは、「就業規則」である。

 就業規則とは、その会社で働く上での様々なルールや労働条件を定めたものであり、会社側が決めている。常時10人以上の労働者を雇用している会社では、必ず作成しなければならない。さらに、就業規則のなかには、

  • (1)始業・就業の時刻
  • (2)休憩時間、休日、休暇、交替制に関する事項
  • (3)賃金に関する事項、退職に関する事項

が、必ず記載されていなければならない。

 つまり、この就業規則こそが、働く人の労働条件を細かく定めているのである。会社側が一方的に定めたものではあるが、労働者はこれに従って働かなくてはならないということだ。

 もちろん、その内容が労働基準法や、労働者が結んだ雇用契約の内容を下回っているような場合には、無効となる。例えば、「残業代は支払わなくて良い」と規定していたり、時給が契約よりも低く設定されている場合、それは無効になるといった具合だ。

 だが、肝心の給与の上がり方や残業や労働時間などは、就業規則で決まる。つまり、入社前に就業規則が公開されていなければ、いつまでも労働市場は「ブラックボックス」のままなのである。

 さらに、重要な労働条件は、さまざまな企業内の協定等によって定められてもいる。たとえば、残業時間の限界は、「36協定」(労基法36条に規定があるためこう呼ばれる)できまっているが、これは会社の中の労働者代表と使用者の間の協定で、労基署に届け出られている。

 このように、就業規則や36協定など、行政に届けられているのに、求職者には見えなくされているさまざまな情報の公開こそが、必要なのである。この点の改善は、今後の労働政策の重要な課題であると言えるだろう。筆者も今後、厚労省や各政党に求めていきたいと思う。

求人時から、36協定や就業規則を探ろう

 では、ここまでを踏まえ、現在の求職者はどこに注意すべきだろうか。

 まず、法改正されて開示された情報をよく精査することだ。ハローワークとリクナビ、マイナビの情報を見比べることは、必須の行動だと言える。もし、固定残業代や裁量労働制の適用について、ハローワーク求人にしか記載がないような場合には、相当に悪意のある企業だと考えて良いだろう。

 第二に、その会社の「客観情報」の収集に努めることだ。実は、リクナビやマイナビなど就職ナビの情報は、あくまでも企業側のPR情報。お金を払って掲載してもらっている広告なので、「CM」となにも変わらない。

 これに対し、東洋経済新報社が発行している「就職四季報」には、離職率など、企業側のPRではない情報が記載されている。「NA(ノーアンサー)」の場合もあるが、それは、企業側がその情報を隠したい、という姿勢が明白な「情報」ともなる。

 第三に、なんとかして「入社後に公開される待遇」を探るということが必要になる。そのためには、今、すでに働いている人からの情報収集が必要になる。親類などで務めている人や、大学を通じてOB・OGから教えてもらえるとよいだろう。

 ただし、ここでも注意が必要だ。大学などに派遣されるOB・OGは、あくまでも企業のPRのために派遣される。また、明確にそのようになっていなくとも、自分が務めている会社のネガティブ情報はなかなか言えないもの。

 だから、こうした人たちからも「客観情報」である、就業規則や36協定についての情報をもらうようにすることを心がけること。これがとても大切になってくる。

 大学の教員の方々に向けては、例えば複数のゼミのOB・OGでネットワークを作り、希望する学生のために、就業規則の内容を共有するといった取り組みをすることも、一つの「手段」として提案したい。

 もちろん、就業規則はもともと公開が原則とされているものなので、求職者に個人的に開示することで何らかの法的責任がとわれるといったことは考えられないが、情報の管理は徹底する必要はある。

 OB・OGの名前は学生側には教えず、書類も渡さずに教員からその場で見せるのみにし、しかも、公開を受けたことは口外しない約束をするという対策を採れば万全だろう。複数校が連携して行えば、さらに提供者の特定は困難になるので、リスクはもっと下がることになる。

 そして、第四に、入社してもし「求人詐欺」にあった場合には、早めに専門の相談窓口に相談すると言うことである(末尾参照)。どんなに探ろうとしても日本の労働市場はあくまでも「ブラックボックス」。そうだとすれば、被害に遭ったときに最善の法的権利行使をするということも、念頭に置いておかなければならないということだ。

 ここでは詳述する紙幅はないが、きちんと法的権利を行使することで、数百万円から、時には1千万円を超える損害賠償を勝ち取ることもできる。

 尚、今回の記事では、来年の春から働き始める新卒者を念頭に置いて話をしてきたが、新卒者に限らず、転職者も、あるいは、いま勤めている会社の就業規則に不満のある人も、ぜひ労働組合を活用して、労働条件を見直してみてほしい。

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