「ブラック社労士」と裁量労働制 残業代不払いを「ビジネスチャンス」に変える実態

 先週、安倍政権が今国会での裁量労働制の拡大を断念した。裁量労働制の対象を営業職や管理職に広げようという案は、働き方関連法案から切り離され、来年以降に延期となると報道されている。

 このことを受けて、日本商工会議所や経団連、経済同友会のトップらが軒並み「残念」「遺憾」と発言していた。大企業からすれば、残業代を合法的に節約し、長時間労働を可能にする手法を拡大できなかったことは確かに「残念」なことだろう。

 一方で、裁量労働制の利用や拡大を推進してきたのは、こうした財界だけではない。裁量労働制の裏で暗躍している「専門家」がいることは、意外と知られてない。それは、企業の労務を代行する社会保険労務士である。

 本記事では、ブラック企業の手口として定着しつつある裁量労働制の違法な「活用」で、悪質な社会保険労務士が果たしている知られざる役割や実態を紹介したい。

(本記事であらかじめ断っておきたいことは、これら「ブラック社労士」がすべての社労士を代表しているわけではないということだ。私は「ブラック社労士」の問題を何度も告発しているが、それは、社労士会の自浄作用を期待してのことであって、決して社労士全般を「攻撃」しているのではない)

参考:ブログ炎上で露わになった「ブラック士業」の実態

ほとんどの事件に残された「社会保険労務士」の印鑑

 裁量労働制の労働相談を受け付けている労働組合・裁量労働制ユニオンによると、裁量労働制による長時間労働や残業代の不払いなどで、団体交渉に至ったブラック企業のほとんどで、「ある共通のエピソード」があるという。

 裁量労働制では、労働者の過半数の代表を選出し、その労働者代表と経営者によって労使協定(専門業務型裁量労働制)や労使委員会の決議(企画業務型裁量労働制)を作成し、労働基準監督署に提出しなくてはならない。

 この手続きは、労働者と経営者で裁量労働制の導入について民主的に話し合うというプロセスであり、裁量労働制を濫用させず、適切な労働条件をもたらすための重要な役割がある。

 ところが、同ユニオンがこれまで団体交渉をした専門業務型裁量労働制を導入しているブラック企業では、ほとんど全ての場合で、「作成 社会保険労務士 提出代行●●」「作成 社会保険労務士 事務代行者●●」「社会保険労務士法人 ●●」といった印鑑や印刷があるというのだ。

 要は、労働者と経営者が協議して作る書類に、「この書類は社会保険労務士・社会保険労務士団体が作って、労基署に届け出をしました」と書かれているわけだ。

 もちろん、社会保険労務士が裁量労働制の書類の作成・提出を代行することじたいは違法ではない。問題は、「専門家」のはずの社会保険労務士が関与している裁量労働制の「実態」である。

裁量労働制について問われた社長が「社労士に聞かないと」を連発

 ある裁判例を紹介しよう。寺社における絵画の制作、彫刻の修復などをおこなう京都の業者に対して、従業員4名が裁判を起こした事件だ。従業員たちはおもに色を塗る作業を担当しており、専門業務型裁量労働制が適用されていた。

 ところが、1日7時間の「みなし労働時間」にもかかわらず、月100時間以上の残業をさせられることもあった。出勤時間も事実上強制で、遅刻や早退をすると給料が差し引かれる。過労などから精神疾患になった従業員もいた。もちろん残業代は支払われない。

 膨大なサービス残業が強制されていた上に、まったく「裁量」も存在しない。典型的なブラック企業による裁量労働制の濫用事例である。

 では、この企業において、裁量労働制の手続きはどうなっていたのだろうか。労使協定そのものは、この事件でも締結されていたことになっていた。

 ところが、従業員によれば、実際には労働者代表の選出は行われていなかったという。これに対して経営者側は「社会保険労務士の指示に従って、従業員の事務担当者に任せていた」と回答し、具体的な労働者代表の選出方法については何ら説明することができなかったのである。

 社労士に「丸投げ」していた社長も無責任であるが、より悪質なのは、「丸投げ」されて、これを違法に運用した社労士であろう。社労士が労働者ぬきで勝手に労使協定を締結するように事務担当者に指示していた(当然、違法行為)可能性が高いのだ。

 こうした行為は社員の権利を無視し、勝手に裁量労働制を導入しているだけではなく、それを合法と見せかけるために行政に届け出る書類を「偽造」している点で極めて悪質だ。ブラック企業による裁量労働制濫用の典型的な「手口」といってよいだろう。

 なお、この裁判では、裁量労働制が無効であると判断され、労働者側が未払い残業代や慰謝料など約2610万円を取り返している。

 このような事例は、裁量労働制ユニオンが団体交渉を行った相手でも全く珍しくないという。以下に列挙しよう。いずれも専門業務型裁量労働制で労使協定が問題になっている。

スマートフォン向けゲーム会社

労働基準監督署から残業代未払いで是正勧告を受けたことから、社会保険労務士のアドバイスで裁量労働制を導入した。しかし、会社の管理職的な立場の人物が、労働者代表として労使協定を締結していた。団体交渉でこの人物が会社側として出てきたので追及すると、「社労士に相談したら大丈夫と言われたと回答」。改めて労働基準監督署で裁量労働制が無効と判断されて、二度目の是正勧告を受けることとなった。

ウェブプロモーション会社

月100時間の残業をさせられていたウェブディレクターの労働者が、裁量労働制の労使協定の代表として協定を締結していた。しかし、本人は代表に選出された記憶がない。団体交渉中に、どのように労使協定の代表を締結したかを聞くと、社長は「覚えていない」と回答し、団体交渉に同席した特定社労士に助言を求めるが、結局、自ら「裁量労働制を適用されていない」(つまり違法行為をしていた)と認める結果となった。

テレビ番組制作会社

経営者は「裁量労働制のつもり」であり、3ヶ月連続で月150時間以上の残業を行っても、残業代を追加では一切払っていなかった。ところが、当事者に労使協定がないことを追及されたため、社労士に対応を依頼して、労使協定締結の選挙を急遽実施することにした。しかし、裁量労働制が導入された場合の賃金体系を全く説明されないまま、役員に従順な労働者が候補となり、選挙が強行された。当事者が社労士に抗議すると、「労基法違反ではない」と開き直っていた(もちろん、適正ではない選挙による裁量労働制の強制は違法行為)。団体交渉を申し込むと、会社は一連の経緯について謝罪することになった。

編集プロダクション

長い月で100時間の残業。社労士が作成した就業規則には「全従業員に専門業務型裁量労働制を導入する」と書かれており、未経験の一年目の社員にも裁量労働制が適用されていた(違法の可能性が高い)。団体交渉で専務に問いただすと、「当時の社労士がつくったものだからわからない」「裁量労働制についても自分はよくわからない」と回答される。団体交渉で裁量労働制を無効と認めさせる。

 このように、社労士が裁量労働制の内容や労働条件についての労使の話し合いを骨抜きにさせたり、違法な裁量労働制を「適法だ」と経営者に虚偽の説明をすることで問題を発生させている実情がある。

裁量労働制は「残業代節約」「「残業代請求」対策」「「残業代請求」リスクを低減」

 なぜ悪質な社労士は、裁量労働制の手続きを蹂躙するような対応を行うのだろうか。それは、彼らが裁量労働制を単なる残業代を払わないでよい制度と喧伝し、「ビジネスの道具」として経営者に売り込んでいるからだ。

 現に、インターネットを検索すると、裁量労働制を「残業代対策」と言ってはばからない社労士のホームページを大量に見つけることができる。いくつか紹介しよう。あらかじめ断っておくと、下記のサイトが特に違法・悪質ということではなく、あくまで典型的なものである。

 例えば、あるサイトでは「専門業務型裁量労働制、企画業務型裁量労働制といったいろいろな制度も設けられています。会社にあった労働時間管理を行うことで、残業代の節約を行うことができる場合もありますので、必要な場合はご相談ください」と書いている。

 また別のサイトでは「未払残業代請求訴訟対策業務」というページの「具体的な未払残業代訴訟対策」という項目で、「効果的な対策」の一つとして裁量労働制を挙げている。

 この「売り文句」は、一部の弁護士にも見られる。ある法律事務所のウェブサイトでは、「残業代請求されないための法的手段」というページの、「「残業代請求」対策の具体的な処方箋」という章で、裁量労働制の対象業務を列挙した上で、「「専門業務型裁量労働制」を採用して「残業代請求」リスクを低減することもできます」「「企画業務型裁量労働制」を採用して「残業代請求」リスクを低減することができます」と臆面もなく記されている。

 さらに、この法律事務所は「労務管理について更に万全な体制を構築する」ために、提携する社労士事務所との契約を推奨している。

 本来、裁量労働制は「残業代の削減」ではなく、労働者が自律的・効率的に働くことを目的としているはずだ。ところが、実際には「残業代ゼロ」がその効果として期待できるため、悪意のある経営者に利用されている。

 上記のサイトのような勧誘も、それ自体が違法だとは言えないものの、法の趣旨を逸脱する危険をはらんでいるといえるだろう。そして、それらの中にはブラック企業に加担し、労働者を平気で使いつぶす「ブラック社労士」が潜んでいるのである。

 尚、そうした悪質なブラック社労士の指南はたいていが違法であるので、本記事で紹介してきたように、団体交渉や裁判で未払い残業代や労働災害に対する賠償金を請求できる。心当たりのある方は、下記の無料相談窓口を頼ってほしい。

裁量労働制を専門とした無料相談窓口

裁量労働制ユニオン

03-6804-7650

sairyo@bku.jp

http://bku.jp/sairyo

その他の無料労働相談窓口

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