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ブログ炎上で露わになった「ブラック士業」の実態

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

先日、ワタミでの長時間労働によって26歳の娘を過労自死に追い込まれた両親が会社を訴えていた事案で、和解が成立した。ワタミおよび創業者の渡邉美樹氏は全面的に責任を認め、再発防止策などを含んだ和解条項に合意した。

そんな中、ある社会保険労務士が行ったブログへの書き込みが注目を集めている。

「モンスター社員を解雇せよ! すご腕社労士の首切りブログ」と題されたブログでは、「社員をうつ病に罹患させる方法」として、「適切にして強烈な合法パワハラ与え」るために、「失敗や他人へ迷惑をかけたと思っていること、不快に感じたこと、悲しかったことなどを思い出せるだけ・・・自分に非があるように関連付けて考えて書いていくことを繰り返」えさせることで、うつ病に追い込むよう指南している。さらに、「万が一本人が自殺したとしても、うつの原因と死亡の結果の相当因果関係を否定する証拠を作っておくこと」とまでアドバイスしている(ブログはすでに削除されている)。

社員の自殺までも「想定」してパワハラを推奨している点で、悪質性が極めて高いといえよう。

私は年間に3000件ほどの労働相談に関わっているが、この手の社労士、弁護士、労務コンサルが絡んだ悪質な事件は後を絶たない。拙著『ブラック企業 日本を食いつぶす妖怪』(文藝春秋、2012年)では、「ブラック士業」の手口として指摘したものである。また、その後出版した『ブラック企業ビジネス』(朝日新聞出版、2013年)では、ブラック士業に特化し、その問題を全面的に告発してきた(尚、私は2013年にユニクロ、ワタミの弁護士たちから「脅し」ともとれる書面を送り付けられており、その経緯についても同書で紹介した)。

この社労士のブログは、私が問題にしてきたブラック士業の手口を、自ら告白する内容になっている。社員をうつ病に追い込み自ら辞めるように仕向けるというブラック企業の典型的な手口に、「専門家」である社労士が加担していると認めたのである。

ブラック企業の「共犯者」としてのブラック士業

ブラック士業は、違法な労務管理の技術を経営者に手ほどきすることで、ブラック企業を支えている。このような「専門家」は、「ブラック企業」とともに発展してきた。その背景には、違法なことでもまかり通らせたいという「ブラック企業」の経営者の思惑がある。

ブラック企業は社員を「いつでも辞めさせられる」状態に置き、過酷な選別競争を強いる。そして、「使えない」と決めつけた社員を「自己都合退職」に追い込むために、パワハラなどの違法行為を戦略的に行う。その際に、ブラック士業はこの「自己都合退職」を選択させるために、労働者をうつ病に追い込むようなパワハラ行為を積極的に推奨するのである。

それだけではない。一方では、「まだ使える」と判断した労働者を辞めさせないために、辞めると損害賠償を請求するという脅しの文書を送付することや、違法な労働組合つぶしにも加担する。

事実、京都のあるIT企業は、弁護士を立てて、過労死ラインを超える長時間労働とパワハラによって不眠症になりやむなく退職を申し出た労働者に対して、2000万円の損害賠償を請求する訴訟を提起した。

また、残業代を請求するために組合が申し入れた団体交渉に対して、「なにゆえに貴団体が当社に対し団体交渉申入れができるのか」法的根拠を示せ、という支離滅裂な主張を展開する文書を弁護士名で送付し、労使交渉を妨げようとするブラック士業もいた。こうした行為も「不当労働行為」という明白な違法行為である。

最近では新卒や、アルバイトを辞めようとした学生の親に「損害賠償を請求する」と社労士が送り付けてくる事件もたびたび生じている。違法な労務管理を行う「ブラック企業」が蔓延するなか、ブラック士業もそれに合わせて増殖してきたのである。 

「脅し」で成果を上げる

このような行為は後述するように裁判になれば、ほとんどの場合、会社側が敗訴する。いわば、「違法だとわかっていて、あえて違法行為を推奨している」というわけだ。では、これらをアドバイスするブラック士業の戦略とはなにか。

それは、一言で言えば、「労働者に権利主張を諦めさせること」である。労働者が権利主張しなければ、違法状態は継続し放置される。事実、ほとんどの労働者は会社の行為が違法だとわかっても諦めてしまう。彼らはそれを狙っているのだ。労働者に諦めさせるために、「弁護士」や「社労士」といった肩書を利用し、あたかも脅迫行為に正当性があるような装いを振る舞う。

しかし、このような脅しに屈することなく、労働者が権利主張すれば、会社に責任を認めさせることができる。被害に遭っている労働者が裁判を起こせば、ブラック士業はほとんどの場合、負けるのである。

例えば、先のIT企業の事例では、裁判の結果、会社が請求した2000万円は1円も認められなかった。むしろ、実際に未払いになっていた残業代1000万円以上を会社は支払うよう命じられた。さらに、大手牛丼チェーンすき家を運営するゼンショーは、残業代請求をされた際に、アルバイトとは労働契約ではなく「業務委託契約」を締結しているのだから未払いは存在せず労使交渉も不要と当初主張していたが、裁判では敗訴を続け最高裁まで争った挙句、最終的には自ら主張を取り下げて非を認めざるを得なかった。つまり、何年もむだに争った挙句に会社は「全面降伏」したわけだ。

だが、繰り返しになるが、ほとんどの労働者は「脅し」にあらがって何年間も裁判を行うことはできない。このように企業と労働者の「係争費用の負担力」の差につけ込むことが、ブラック士業のやり口なのである。

「社長の味方」ではないブラック士業

さらに、ブラック士業の収益戦略を見ていくと、実は、ブラック士業は、社長の味方ですらないということが見えてくる。というのも、彼らは、ブラック企業と労働者の間の紛争を一つのビジネスチャンスとして考えているだけだからだ。

ブラック士業は、会社が勝とうが負けようが、事件を受任さえすれば顧問料及び訴訟費用などで儲けることができる。弁護士の場合、通常、訴訟を提起する際は、着手金として請求額の数パーセントを弁護士に支払うことが多い。仮に10パーセントだとすれば、2000万円の請求を行うだけで、200万円を手に入れることができる。裁判で、違法で支離滅裂な主張を展開するはめになったとしても、争いが起こりさえすれば必ず儲かる。

社労士の場合にも、係争中の「顧問料」のほか、社員を脅す際の「面談料」、パワハラのやり方を教える「相談料」、書面を送る際の「書面送付料金(一枚単位で取引されている)」などが膨大に発生するのだ。

だから、彼らは社長を炊きつけて、負けるような無茶な主張を展開するよう指南するのだ。アルバイトを雇っておらず、彼らを「業務委託契約」などという無茶の主張にも、うなずけるというものだろう。

なぜ負けるのに経営者は雇うのか?

もしこのような「脅し」を行っていることが明らかになれば、企業のイメージは相当悪化することは火を見るより明らかである。さらに、当然、彼らに支払う顧問料も安くはない。顧問料や裁判費用は、すぐに残業代の支払いに応じれば、負担する必要がなかった費用である。

それにも関わらず、なぜ経営者はブラック士業を雇うのか。それは、すでに述べたように、ブラック士業を活用して労働者を黙らせることができれば、「勝ち」だからである。社労士や弁護士に「訴える」と脅された労働者が請求権を放棄すれば、会社は残業代の支払いから免れることができる。

これに加え、経営者側には合法的に労働者を扱いたくない事情もある。すき家の場合、労働者が諦めず争った結果、最終的に全国の社員1万人以上に対して、過去2年分の残業代を支払うこととなった。これには、億単位の金額がかかっていると思われる。しかし、ブラック士業を雇い、その脅しに労働者が屈服したとしたら、支払いは数百万もしくは数千万円で済む。それゆえ、すき家はブラック士業に頼ったのである。労働者が「黙れば」経済的にも得だったわけである。

同様に、解雇の場合にも合法的に行う場合には退職金の上乗せなどが必要になる。この場合にも、「安く解雇がしたい企業」がその経費を削ろうとして、ブラック士業を頼るのだ。

このように、経営者は解雇の費用が発生したり、残業代請求などが労働者からあったばあい、(1)合法に支払う、(2)ブラック士業に頼って労働者を黙らせて払わない、(3)(2)を選択したが労働者が黙らなかったので結局合法に全額支払う(この場合、ブラック士業の報酬に加え、会社の汚名など膨大なコストが発生する)、の三択を迫られているということになる。

合法な支払いを拒んだ結果、一か八か、大きなリスクを背負って労働者を脅す路線に乗り出していくというわけだ。この社長の「決断」を積極的に後押しし、ビジネスチャンスを広げているのが、今回問題になった社労士のように、ブログ等で「残業代を支払わなくてよい」などと宣伝しているブラック士業たちなのである。

解決策

さらに、弁護士や社労士などがブラックな労務管理に加担する原因として、士業の数が急速に増加していることがあげられる。

特に社労士は急激に合格者数が増えている一方で、通常の保険管理の業務などは増えていない。そこで、社労士界全体として、「労使紛争」への介入を新たなビジネスチャンスにしていこうとしているのだ。もちろん、まともに新しいビジネスを行っている社労士もいる一方で、上に見たような「紛争で設ける」いかがわしいビジネスモデルを構築する新手も増えてきた。

では、このブラック士業問題の解決法はどこにあるのか。まず、業界団体である日本弁護士連合会(日弁連)や全国社会保険労務士会連合会は、違法行為を指南する会員を厳しく処分すべきである。違法行為に専門家が積極的に加担する行為は、真っ当に職務を遂行している弁護士や社労士の業務に支障をきたすことになり、かつこのような行為を容認もしくは黙認するのであれば、業界団体自体がブラック企業に加担していると思われても仕方がないだろう。まずは業界団体自身で、違法行為に対処すべきである。 

そして、労働者自身がこのような「脅し」を受けた場合は、すぐに私たちNPO法人POSSEの無料窓口や、ブラック企業被害対策弁護団、日本労働弁護団所属の弁護士に相談していただきたい。ブラック士業の唯一の勝ち目は諦めさせることであり、彼らの主張には一切の法的根拠が存在しないので、適切に対処すれば、その請求から逃れることができるのはもちろん、むしろ会社に対して適切な責任を取らせることが可能にもなるのだ。

NPO法人POSSE

ブラック企業被害対策弁護団

日本労働弁護団

NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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