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人気ゲーム会社「サイバード」の裁量労働制が無効に 明らかになった裁量労働制「歪曲」の危険性

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

 9月8日、厚生労働省は「残業代ゼロ」などと批判される高度プロフェッショナル制度(高プロ)や、裁量労働制の大幅拡大を目指す労働法改正案の要綱を示した。秋の臨時国会で審議される見通しである。

 すでにさまざまな記事で述べてきたように、今回の法改正の真の焦点は「高プロ」よりも「裁量労働制」にある。裁量労働制は年収要件もないため、高プロよりもはるかに広く適用される可能性があるからだ。

「高度プロ」の陰に隠れた「本当のリスク」 年収制限なし、労基署も手が出せない、「裁量労働制」の拡大(yahoo!ニュース個人)

 実は、裁量労働制に関しては、現在もさまざまな問題を引き起こしている。厚労省が労働法改正案を示した同じ日、[bku.jp/sairyo/ 裁量労働制ユニオン(ブラック企業ユニオン・裁量労働制支部)]が違法な裁量労働制を告発する記者会見を行った。

 会見の内容は、株式会社サイバードに勤務していた同ユニオンの組合員の女性Aさんについて、労働基準監督署が同社に裁量労働制を無効と指導し、同時に労働基準法違反で是正勧告を出したというものである。

 サイバードは「イケメン戦国」「イケメンヴァンパイア」などの「イケメンシリーズ」、「名探偵コナン」「黒子のバスケ」など人気アニメのスマートフォン向けゲームを制作するIT企業である。

 今回の事件は、裁量労働制の「曖昧さ」や、「歪曲されやすさ」を象徴的に表している。そこで本記事ではこの事件を紹介しながら、裁量労働制が悪用されやすい危険性を浮き彫りにしていきたい。

最大月100時間の長時間残業で適応障害、裁量労働制なのに定時を守らないから「解雇」?

 まずは、今回の事件の概要を見てみよう。Aさんは、2016年に株式会社サイバードに入社した。そこでAさんは裁量労働制を適用されると説明されている。「適用」されたのは専門業務型裁量労働制で、みなし労働時間は、1日10時間8分。1日あたり2時間8分の時間外労働であり、一ヶ月では約45時間分の時間外労働があるとみなされる計算だ。

 ここで改めて、裁量労働制について確認しておこう。裁量労働制とは、1日あたりの「みなし労働時間」を定めることで、実際に働いた労働時間にかかわらず、「みなし労働時間」の分だけ働いたものとすることにする制度である。

 1日1時間しか勤務していなくとも、みなし労働時間が8時間なら、毎日8時間分の賃金が支払われる。そのため労働者が、会社の決めた労働時間に縛られず、自分で自由に労働時間を決めることのできる働き方だとされている。

 しかし一方で、みなし労働時間を決めてしまえば、何時間働かせても、追加で残業代を支払わずに働かせることも可能になってしまう。裁量労働制は、「定額働かせ放題」の制度として悪用されやすいのである。そのため、裁量労働制は対象業務が限定され、無秩序な運用が防がれることになっている。

 では、今回の事件ではどうだったのだろうか。Aさんは入社1ヶ月目から、勤怠記録にあるだけで70時間以上、約80時間の時間外労働をすることになってしまった。休憩もほとんど取れず、合計すると時間外労働が100時間を超える月もあったという。しかし、給料は毎月変わらない。まさに「定額働かせ放題」である。

 さらには、上司の指示を受けて朝8時まで徹夜での業務を余儀なくされたことや、イベント開催の直前には、記録をつけないで休日出勤することもあったとのことだ。こうした長時間労働の結果、Aさんは病院で適応障害と診断されている。

なぜ、裁量労働制が無効と判断されたのか

 では、なぜAさんの裁量労働制は無効と判断され、どのような是正勧告が出たのだろうか。

 まず、今回の労基署の指導までの流れをたどってみたい。Aさんは[bku.jp/sairyo/ ユニオン(ブラック企業ユニオン・裁量労働制ユニオン支部)]に相談し、ユニオンは同社の裁量労働制に問題があったことをAさんにアドバイスした。そのうえで、残業代の支払いなどを求めて、2017年7月に団体交渉に踏み切っている。

 その際、ユニオンは団体交渉と並行して、渋谷労働基準監督署に同社の労働基準法違反を申告することを提案、詳細にAさんの申告をサポートした。その結果、8月14日付の行政指導により、サイバードの裁量労働制が無効とされた。

 「無効」とされた根拠は次の通りだった。

 ゲーム関連の業務については、厚労省の告示によって、「ゲーム用ソフトウェアの創作」、つまり開発以外の裁量労働制は禁止されている。ところが、実際のAさんの業務内容は、「版権関連の外部取引」「ノベルティ制作や商品企画」「ゲームの体験イベントの開催」、さらには「ゲーム宣伝用のサイトおよびSNS運用」など宣伝業務が中心だったのだ。

 労基署は、Aさんの業務実態をユニオンから詳細に説明され、企業にも調査を行ったうえで、Aさんに裁量労働制が適用にならないと判断したのである。

 それに伴って、Aさんが36協定で定められた時間外労働の上限70時間を超える時間外労働をしていたこと、実際の時間外労働に対応する残業代が支払われていなかったことを認めて、労基署は労基法違反の是正勧告を出した。

 裁量労働制が無効になったことで、同制度を悪用して「免罪」されていた長時間労働と残業代未払いの違法行為が浮かび上がったのである。

労働局も、会社も、弁護士も理解できなかった「ゲームソフトの創作」

 さて、ここで問題にしたいのは、裁量労働制の違法状態について、労基署が違法の判断をするまで、会社も労働局も、弁護士も「理解できていなかった」という状況である。

 ポイントとなったのは「ゲーム用ソフトウェアの創作」の解釈である。なぜサイバードは、Aさんが従事していた「版権関連の外部取引」、「ノベルティ制作や商品企画」、「ゲームの体験イベントの開催」、「ゲーム宣伝用のサイトおよびSNS運用」に裁量労働制を適用したのだろうか。ひょっとしたら、「創作」を、広範な意味に捉えてしまったのかもしれない。厚労省の規定を確認してみよう。

「ゲーム用ソフトウェア」には、家庭用テレビゲーム用ソフトウェア、液品表示装置を使用した携帯ゲーム用ソフトウェア、ゲームセンター等に設置される業務用テレビゲーム用ソフトウェア、バーソナルコンピュータゲーム用ソフトウェア等が含まれるものであること。「創作」には、シナリオ作成(全体構想) 、映像制作、音響制作等が含まれるものであること。専ら他人の具体的指示に基づく裁量権のないプログラミング等を行う者又は創作されたソフトウェアに基づき単にCD- ROM等の製品の製造を行う者は含まれないものであること。

 確かにこの規定自体も、具体的であるとは言い難く、曖昧だ。だが、少なくとも「版権関連の外部取引」、「ノベルティ制作や商品企画」、「ゲームの体験イベントの開催」などが当てはまらないことは明確だ。サイバードが裁量労働制の対象業務を恣意的に解釈していたことは疑いないだろう。

 しかし、Aさんの事件は簡単には解決しなかったのだ。

 サイバードを退職したAさんは、東京労働局(厚生労働省の出先機関、労働基準監督署の上部機関)の「あっせん」や、法テラスの弁護士による労働審判なども利用していた。しかし、いずれも納得のいく結果を得られず、最後に相談したのが、ユニオンだった。そしてユニオン以外の二者は、裁量労働制について全く問題にしなかったという。

 さらに、会社や代理人弁護士についても、労基署の指導があるまでは、ユニオン宛の回答書において、Aさんの裁量労働制は有効であり、未払い残業代は存在しないと主張していたという。

 つまり、サイバードから、サイバードの代理人弁護士、東京労働局のあっせん委員、Aさんの依頼を受けて労働審判を担当した弁護士に至るまで、誰ひとりとして、Aさんの業務に裁量労働制が適用されることに疑問を持たなかったのである。労働問題や法律に詳しいはずの専門家が軒並み気づかなかったというのは、驚くべきことだ。

 これは、裁量労働制そのものが孕む危険性だと言えよう。裁量労働制の対象業務の規定じたいが曖昧であるうえに、ある程度具体的に定めていたとしても、そこを都合よく歪曲する企業や、そのことを問題だと気づけない「専門家」が続発してしまうのである。

「働き方改革」で、ますます歪曲しやすくなる裁量労働制

 憂慮すべきことに、この裁量労働制の曖昧さ、歪曲されやすさは、この秋に一層深刻になることが予想されている。冒頭で述べたように、臨時国会で議論される「働き方改革」関連の一括法案に、労基法改正案が盛り込まれている。そこでは、裁量労働制の対象業務の拡大が定められているのである。

 法案要綱には、新たに適用が拡大される裁量労働制の業務として、以下の二つが挙げられている。

(一)事業の運営に関する事項について繰り返し、企画、立案、調査及び分析を主として行うとともに、これらの成果を活用し、当該事業の運営に関する事項の実施状況の把握及び評価を行う業務

(二)法人である顧客の事業の運営に関する事項についての企画、立案、調査及び分析を主として行うとともに、これらの成果を活用し、当該顧客に対して販売又は提供する商品又は役務を専ら当該顧客のために開発し、当該顧客に提案する業務(主として商品の販売又は役務の提供を行う事業場において当該業務を行う場合を除く。)

 一読しても意味の取りにくい、実に曖昧な規定である。規定に沿ったとしてもかなり広い解釈が可能であるし、規定を歪曲した適用も容易に想像される。(一)はいわゆる「管理職」一般、(二)は営業職一般に適用されてしまう危険性が高い。この辺りの内実については、下記の記事でも説明したので、参考にしてほしい。

「高度プロ」の陰に隠れた「本当のリスク」 年収制限なし、労基署も手が出せない、「裁量労働制」の拡大

 以上のように、裁量労働制が適切かどうかは、法律や労働問題の「専門家」ですら、なかなか判断が難しい。サイバードの事件では、裁量労働制を専門に扱う「裁量労働制ユニオン」が活躍している。自分の裁量労働制がおかしいのではないかと思ったら、ぜひ労働問題に特に詳しい専門家に相談することをお勧めしたい。

裁量労働制を専門とした無料相談窓口

裁量労働制ユニオン

03-6804-7650

sairyo@bku.jp

http://bku.jp/sairyo

NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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