どうすれば職場の暴力に「刑事罰」が下るのか? 「しゃぶしゃぶ温野菜」で加害者が逮捕されるまで

「しゃぶしゃぶ温野菜」の学生アルバイトへの暴力事件についてはこれまでも紹介してきた。

昨年、千葉県内の「しゃぶしゃぶ温野菜」の店舗でアルバイト勤務をしていた大学生が店長らから4カ月連続勤務や20万円以上の自腹購入を強要されたうえ、包丁で刺される・首を絞められるなどの暴力に遭ったことが問題となったものだ。今年6月には学生が千葉地裁に同店舗を経営する会社を提訴している(本件の経緯や被害の詳細については、拙稿「しゃぶしゃぶ温野菜」で大学生刺傷事件 なぜブラックバイトは暴力的になるのか」や拙書『ブラックバイト 学生が危ない』(岩波新書)を参照してほしい)。

実はこの件に限らず、学生からの労働相談の現場では、公然と暴力がまかり通っている事例は後を絶たない。そこで今回は、ブラックバイトでの「暴力」を法的問題にする難しさと、今回の事件ではなぜそれに成功したのかについて説明したい。

ブラックバイトで刑法違反は珍しくない

11月28日、上記「しゃぶしゃぶ温野菜」の店舗を経営する株式会社DWE JAPANの元従業員で、店長の夫である男性が、暴行罪の容疑で千葉県警に逮捕された。被害学生のAさんは11月19日に、ブラックバイトユニオンの協力を受けて、元店長の女性、および夫の男性に対する被害届を同署に提出し、千葉県警が捜査を始めたばかりで、異例のスピード逮捕だった。担当の警察官によれば、元店長の女性も千葉県警から事情聴取を受けているところだという。

繰り返しになるが、この件に限らず学生からの労働相談では、刑法違反が多い。

たとえば暴行罪だ。仕事のミスや退職を理由に、拳や仕事道具で殴られたり、蹴られたりという相談は少なくない。ブラックバイトユニオンには、年間50件程度は暴行罪に相当するような暴力の相談が寄せられる。Aさんも店長らに殴られ、首を絞められていた。Aさんは包丁で刺され、全治3ヶ月の傷を負っていたが、同様に怪我を負わされ、傷害罪に当てはまる相談もある。

店の商品の自腹購入を強制された場合などは、恐喝罪になりうる。実行に踏み切らなくても「殺すぞ」「殴るぞ」「損害賠償を請求するぞ」などと脅される事例は脅迫罪に当てはまるだろう。自腹購入や脅しを受けるブラックバイト相談は非常に多い。

精神的なハードルの高さ

ところが実際には、こうした相談の多さにもかかわらず、アルバイトに対する被害で警察が加害者の逮捕や書類送検をしたという事例はほとんど聞いたことがない。それには二つの理由がある。一つは、警察に相談することの心理的な障壁。もう一つは被害があったことやその日時を特定する「証拠」を用意することが難しいことだ。

まずは警察に相談するまでの精神的なハードルだ。Aさんがブラックバイト被害をユニオンに相談した最初の時点では、Aさんは暴力被害について恐怖を覚えていながら、店長らに怒られるのは、ミスをする自分が悪いからだとも思い込んでしまっていた。警察に相談することなど思いもよらなかったという。また、包丁で刺された被害に至っては、恐怖のせいか、当日の詳細な記憶が薄れてしまっている。

これはブラックバイトにおいては珍しいことではない。ブラックバイトの被害学生は、過剰な業務や責任を課せられながら働くことで、会社から不当に働かされたり、圧迫的な行為を受けたり、辞めることを許されなかったりなどの被害を、自己責任であると内面化してしまうケースが非常に多いのだ。その構造は暴力においても同様である。

また、Aさんとユニオンは、家族や周りの人を心配させたくなかったため、昨年9月の記者会見の時点では、暴力被害については明らかにしていない。

しかし、ユニオンの聞き取りが進んでいく中で、暴力被害についても少しずつ正確な記憶を思い出せるようになったこと、ユニオンと会社との団体交渉が続く中で会社に対する怒りが明らかになったこと(会社が団体交渉を拒んだことが拍車をかけた)で、Aさんは2016年6月に千葉県警に告訴状を提出し、暴力を公表することをようやく決意できた。ユニオンのサポートがあったからにほかならない。

告訴状を提出して以降も、警察に被害事実を説明するために、半年近くかかって何度も足を運ぶ必要があったが、それをくじけずに続けることができたのも、ユニオンが常に同席して、Aさんを心理的に支えていたことが大きかったろう。

証拠がなければ、警察は動かない

次に証拠だ。今回の事件で警察が被害届を受理して逮捕に動いたのは、被害の証拠が明確にあったことが大きい。ブラックバイトユニオンは、Aさんの相談を受けた直後、彼がまだ退職していないときから、バイト中に危険を感じたらスマートフォンの録音機能をオンにしたまま勤務するようにアドバイスしていた。Aさんはこのアドバイスを守り、数日間にわたり長時間の録音を続けていた。

またユニオンは、被害を受けた傷の写真を撮ったり、病院に連れて行って診断を受けたり、被害を細かく聞き取ったりしていた。

特に被害届の提出においては、被害を受けた具体的な日時を特定することが重要であるため、具体的な録音があったことは決定的だった。今回逮捕されたのも、数ある暴力被害のうち、録音された音声によって被害の特定や日時が明確な次の二つにすぎない。

・2015年8月8日に、食材のキュウリを置く場所を間違えたとして、夫(逮捕された男性)から左脚の膝裏を複数回蹴られた

・2015年8月9日、返事の声が聞こえないとして、夫から左拳で右ほほを複数回殴打された

逆に、日時について明確な証拠がなく、Aさんも日時の記憶が曖昧な被害については、被害届の提出を断念している。

上記の証拠やAさん本人の供述調書に加え、ユニオンから昨年8月にAさんから聞き取った内容について供述調書を提出したことも、警察を動きやすくさせたという。

千葉県警の担当職員も、「Aさん一人だけだったら、逮捕に至るのは難しかっただろう」とユニオンが証拠を準備したことを評価していたという。

以上のように、ブラックバイトの被害で警察が動くためのハードルは決して低くない。しかし、今回はユニオンの支援を受けたことで、それを初めて突破した事例となった。ぜひ、職場で暴力の被害に遭い、怒りを覚えているアルバイト学生は、ユニオンに相談してみてはいかがだろうか。

本事件についての最新情報:ブラックバイトユニオンブログ

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『ブラックバイト 学生が危ない』(岩波新書)

*この本では、ブラックバイトの実態や対処法を余すところなく解説されている。

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*この本では、とにかく簡単に、労働法の「使い方」を解説している。

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