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「JR最大手」と「地方私鉄」が抱える安全問題の共通点 現場の疲弊が「安全第一」を奪う

小林拓矢フリーライター
架線故障で影響を受けた新幹線と同型の車両(写真:イメージマート)

 1月23日10時ころに、東北新幹線上野~大宮間で起こった架線故障では影響が大きかった。東北新幹線では東京~仙台間、上越・北陸新幹線では東京~高崎間の上下線で終日運転を見合わすことになった。運転は翌日から再開されたものの、故障発生からその日一日この方面の新幹線が動けなかったことは大きく、東北本線で臨時快速、常磐線でいわき発着の「ひたち」を仙台まで快速として延長して対応した。

何が起こったのか?

 なぜ終日運転ができないほどの状況になっていたのか?

 上野~大宮間の上り線において、架線が垂れ下がっていた。

 架線は、ぴんと張るための力を調整する滑車式の自動張力調整装置で新幹線が走るのにふさわしい状況を維持している。その重りを吊り下げるためのロッドが、破断して落ちてしまい、架線が垂れ下がるという事態が発生した。

 そこを列車が通過したことで、車両のパンタグラフと架線の金具が損傷し、架線からの異常な電気を検知し、停電が発生したことになる。

 ロッドが切れ、重りが機能しなくなり、架線がゆるくなってしまったところに新幹線が通過、事故が発生してしまった。

ロッドの破断と重りの落下(JR東日本プレスリリースより)
ロッドの破断と重りの落下(JR東日本プレスリリースより)

架線が垂れ下がるとどうなるのか?(JR東日本プレスリリースより)
架線が垂れ下がるとどうなるのか?(JR東日本プレスリリースより)

JR東日本はどう対策するのか?

 この状況に対し、JR東日本は車両センターを除く新幹線全線の滑車式の自動張力調整装置394箇所に、2024年7月末までに落下防止の金具取付を実施する。ロッド破断時にも重りが落下しないようになる。

 また、今回の件が発生した東京~大宮間の7箇所で、2024年3月末までに重りを吊り下げるロッドを取り換える。取り換え完了までの間は、ワイヤーによる二重防護措置を実施する。

 恒久対策としては、滑車式の自動張力調整装置を、ばね式自動張力調整装置に取り換えることにした。車両センターを含むJR東日本の新幹線約440箇所となっている。

 この装置に変えると、構造が容易でメンテナンスが単純になっており、検査時に測定する箇所が少ないという特徴がある。いっぽう、滑車式の調整装置に比べたら、張力を調整できる架線の長さが滑車式に比べて短いという欠点がある。ただ、その欠点を除いても、ばね式の装置に変えていくほうがメリットも大きく、こうした事態が起こりにくいのだと考えられる。

とりあえず重りの落下は防ぐ(JR東日本プレスリリースより)
とりあえず重りの落下は防ぐ(JR東日本プレスリリースより)

設備を変えて安全性を向上させる(JR東日本プレスリリースより)
設備を変えて安全性を向上させる(JR東日本プレスリリースより)

設備の老朽化と人手不足

 JR東日本は、3月16日のダイヤ改正で、上越新幹線の下り一部最終列車の時刻を切り上げる。東北・上越新幹線では設備のリニューアル工事が増え、地震対策工事も着実に実施しなければならない状況になっている。設備が老朽化する中で、工事のための人手は足りない。そのために、まずは上越新幹線で最終列車の時刻を繰り上げて、工事のための時間を確保することにした。近い将来東北新幹線でもこのようなことが行われる。

 コロナ禍に入るころ、首都圏の各線では終電の繰り上げが行われた。終電時間帯の利用者が減っているという状況に加え、メンテナンスの時間を確保しなければならないという課題があった。以前ならば多くの人を動員して、ということもできない状況になっている。

 架線であれ線路であれ、鉄道のメンテナンスをするための人が足りない。それゆえに点検等で見落とすところも出てくる状況になり、1月23日のような状況になった。

 JR東日本、それも東京~大宮間の新幹線のような重要路線でこのような事態が発生するのだから、地方に行くともっとひどいことになっている。

改善指示を受けた弘南鉄道

 青森県弘前市を中心に2路線を運営している弘南鉄道は、2023年8月6日に大鰐線で列車脱線事故を起こし、その後にレール摩耗による運転見合わせとなった。この年の12月13日から15日まで、国土交通省東北運輸局は保安検査を実施、ことしになって1月23日に改善指示を出した。

 概要だけでも次の通りだ。

  • レール摩耗検査の適否判定が適切に行われていない
  • レール遊間検査の結果に基づく必要な整備が行われていない
  • 列車動揺検査及び線路巡視を冬期間行っていない
  • 軌道の定期検査を許容期間内に実施していない
  • 軌道変位検査の結果に基づく必要な整備・再測定結果の記録が行われていない
  • 建築限界を支障したプラットホームについて必要な整備を行っていない
  • 施設の保守管理を確実に行うための教育・訓練の実施

(国土交通省東北運輸局プレスリリースより)

 安全基準を満たすための各種検査や整備を行っておらず、そのために問題が起きているという状況がありありと感じられる。

冬の弘南鉄道でメンテナンスは大変なのは確かだが……
冬の弘南鉄道でメンテナンスは大変なのは確かだが……写真:イメージマート

 弘南鉄道は1月27日の記者会見で、定期検査に関して自前の判断をしていたと、1月28日付『東奥日報』が報じている。経験を積んだ検査員が少なく、安全管理の知識や認識が不十分な状況になっていることを弘南鉄道は説明し、社内の人手不足の現状も示している。ここ10年くらいは増員がうまくいっていないとのことだ。

「人手不足」への対応が急務だ

 鉄道関連は人手不足の状況が続く。それはJR東日本でも弘南鉄道でも実は同じだ。とくに鉄道の維持管理のための人がいないという状況は、安全に直結する。

 定年退職者が多くなり、人手が補充されず現場が疲弊する。さらに人が去ってしまう。疲弊が「安全第一」を奪うという状況にもなりうる。疲弊による人手不足は悪循環を起こしている。この状況を改善する必要がある。

フリーライター

1979年山梨県甲府市生まれ。早稲田大学教育学部社会科社会科学専修卒。鉄道関連では「東洋経済オンライン」「マイナビニュース」などに執筆。単著に『関東の私鉄沿線格差』(KAWADE夢新書)、『JR中央本線 知らなかった凄い話』(KAWADE夢文庫)、『早大を出た僕が入った3つの企業は、すべてブラックでした』(講談社)。共著に『関西の鉄道 関東の鉄道 勝ちはどっち?』(新田浩之氏との共著、KAWADE夢文庫)、首都圏鉄道路線研究会『沿線格差』『駅格差』(SB新書)など。鉄道以外では時事社会メディア関連を執筆。ニュース時事能力検定1級。

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