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リニア中央新幹線、懸案の「静岡工区」工事は実施できるのか? 有識者会議が終了

小林拓矢フリーライター
リニア中央新幹線の山梨実験線(写真:イメージマート)

 12月7日、国土交通省の「リニア中央新幹線静岡工区 有識者会議」は、「リニア中央新幹線静岡工区に関する報告書(令和5年報告)~環境保全に関する検討~」を発表し、大井川の水問題や、地域の環境保全に関する議論が終了した。

 大枠でいえば、JR東海の主張の多くが認められたものの、自然環境への配慮がより一層求められることになった。この有識者会議終了でリニア中央新幹線静岡工区着工は近づくといった感じとなる。

静岡県とJR東海の対立から始まった有識者会議

 静岡工区の着工を前に、大井川の水はどうなるか、リニアが走る静岡県内の自然環境はどうなるかが、課題になっていた。JR東海は、国から認められた工事なのだからなるべく早く進めたいという考えがあったものの、静岡県から見たら地域への配慮が甘く、到底認められるものではなかった。そもそも、説明を十分にしているとはいえないものだった。

 それゆえに静岡県側が異議申し立てするのも仕方がないことだった。

 リニア中央新幹線は2027年の品川~名古屋間の先行開業をめざし、工事を開始していた。多くの工区では、少しずつ工事が開始されていった(ただし、遅れているところも多い)。

 そんな中、山間部ゆえに工事が難しい静岡工区の水資源や環境保全の問題が浮上し、JR東海と静岡県の対立が深まっていった。静岡県のトップは経済史・文明史を専門にする研究者の経歴を持つ川勝平太知事であり、自然環境と産業、人間の関係にかなりの見識を持つ人物である。

 このあたりの理解が多くの人は深くなく、批判ばかりが高まっていった。

 では、双方の論点を整理し、水問題や環境問題について適切な着地点を見出すためにどうしたらいいか、ということで始まったのが国土交通省の有識者会議である。

 双方の論点を取り上げた上で、JR東海は何をすべきかが議論された。

 有識者会議は、2020年の4月に開始され、2023年の11月に最終回が行われた。その後報告書がまとめられている。水資源だけで2020年4月から2021年12月まで13回、環境保全については2022年6月から2023年11月まで14回、計27回行われた。

どんな結論?

 で、どんな議論で終えたのか。結論から言えば、リニア中央新幹線の静岡工区工事にあたっては、水資源や環境保全など、慎重に予防を重ね、細かく見直しを行いながら、環境への影響を最低限にするというものであった。

 この点に関しては、自然環境を重視する静岡県側の勝ちだったといってよい。自然環境の保護は、静岡県側の最大の懸念事項であり、それがある程度は果たされたということだ。

 国は科学的・客観的な観点から、環境保全措置やモニタリングなどの対策が実行されているかを継続的に確認することになった。

 その上でJR東海は、環境保全やモニタリングに取り組むとともに、地域関係者とコミュニケーションをはかり、環境保全に貢献することが期待されることになった。

 斉藤鉄夫・国土交通大臣は、12月8日に丹羽俊介・JR東海社長に報告書の内容にしっかり取り組むことを求めた。とくに、有識者会議での議論を通じて醸成された環境保全についての意識を社内全体で共有し、報告書で整理された環境保全措置やモニタリング等の対策に全力で取り組むことや、地域の関係者と双方向のコミュニケーションを十分に図ること、南アルプスの環境保全のさまざまな取り組みに積極的に貢献し、目に見える形で示すことを求めた。

 もしこの有識者会議が行われなければ、静岡工区の環境に関する諸議論はここまで深まらなかったのではないだろうか。環境のことを真剣に考えず、金銭補償だけで済ませてしまったのではないか、ということも考えられる。

「国家プロジェクト」にここまで制約をかけられた

 結果としては、ここまでの議論を引き出せた以上、静岡県としては勝ったも同然なのだ。制約がガチガチにかけられる、ということはなかなかない。

 リニア中央新幹線は、もともとはJR東海の自己資金で工事を進めようとしたものである。しかし、当初から「国家プロジェクト」としての役割が課されていた。安倍政権のもと、財政投融資から3兆円を低金利で借り入れることになり、その意味づけはより強いものになった。

 リニア中央新幹線プロジェクトを推進してきたのは、JR東海のトップとして長く君臨してきた葛西敬之名誉会長である。葛西名誉会長は政界とのかかわりが深く、とくに安倍政権時代は蜜月関係がよく話題になっていた。しかし、葛西名誉会長は2022年5月に亡くなり、安倍元首相も同年7月に亡くなった。

 リニア中央新幹線を強く推していた2名が相次いで亡くなり、また有識者会議の内容も具体的な環境対策を詰めていくようになり、環境への制約は強くなっていった。

 国が「国策だから」ということで、強引に進めることはもうできなくなっており、リニア中央新幹線の静岡工区には、かなりの制約が設けられた。

 だが、制約を厳しくし、きちんとコミュニケーションを取ることを求めることで、JR東海はようやくリニア中央新幹線の静岡工区の着工に乗り出すことができる。

 あとは、JR東海と静岡県のコミュニケーションを、いかにていねいにしていくかで工事開始が可能かどうか決まる。

 なお、川勝平太静岡県知事は現在75歳。知事は4期目であり、次回静岡県知事選は2025年となっている。JR東海はなるべく早いうちに静岡県との対話を進めることが望ましい。

フリーライター

1979年山梨県甲府市生まれ。早稲田大学教育学部社会科社会科学専修卒。鉄道関連では「東洋経済オンライン」「マイナビニュース」などに執筆。単著に『関東の私鉄沿線格差』(KAWADE夢新書)、『JR中央本線 知らなかった凄い話』(KAWADE夢文庫)、『早大を出た僕が入った3つの企業は、すべてブラックでした』(講談社)。共著に『関西の鉄道 関東の鉄道 勝ちはどっち?』(新田浩之氏との共著、KAWADE夢文庫)、首都圏鉄道路線研究会『沿線格差』『駅格差』(SB新書)など。鉄道以外では時事社会メディア関連を執筆。ニュース時事能力検定1級。

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