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リニア中央新幹線開業後に「静岡県の東海道新幹線」はどうなる? 国土交通省がポテンシャルを試算

小林拓矢フリーライター
静岡県内を走る東海道新幹線(写真:イメージマート)

 リニア中央新幹線の静岡工区は、いまなお着工の見通しが立たない状況になっている。2027年開業は難しい状況だ。静岡工区と大井川水問題について、国土交通省では有識者会議が2020年4月から行われ、2021年12月の第13回有識者会議で中間報告が出され、その際にJR東海には国土交通大臣より口頭指導がなされた。その後は環境保全を中心に2022年6月から再度有識者会議が開かれ、2023年9月で計26回の会議となっている。

 大井川の水源域の環境にリニア工事がどのような影響を与えるか、どうすれば影響を与えないようにできるかが話し合われているものの、まだ結論が出るに至っていない。

 国土交通省はリニア中央新幹線の工事を行いたいとはしているものの、地域住民や静岡県から出された懸念を解決するだけの結論はまだ出ておらず、しばらくは有識者会議が続くことと考えられる。

 この有識者会議で大井川源流域の環境に問題が出ないということにならない限り、リニア中央新幹線の静岡工区での工事は基本的にはできないと考えられる。静岡県の川勝平太知事、あるいはJR東海の経営陣がこの件について発言しようとも、前提条件の整わない段階で着工をしてしまえば、そもそも有識者会議で議論をして結論を出すということの意味がなくなってしまう。

 ただ、国やJR東海としては、リニア中央新幹線を静岡県経由のルートでつくりたいという意向を持っており、その方向性でなんとか工事を進められるようにしたいという考えを持っている。

 そんな中で、国土交通省鉄道局は、「リニア中央新幹線開業に伴う東海道新幹線利便性向上等のポテンシャルについて」を発表した。リニア中央新幹線ができれば、静岡県内にどのようなプラスの影響が出るかを示したものだ。

静岡県内はリニア開業で本数増

 リニア中央新幹線の大阪開業で、東京~名古屋・大阪間の直行需要の多くがリニアにシフトし、東海道新幹線の輸送量は約3割減少、輸送力に余裕が生じる見込みとのことだ。これを活かして、東海道新幹線の静岡県内駅での列車の停車回数が約1.5倍に増加した場合、利便性が向上、静岡県内に停車する「ひかり」も増加する余地があるとのことだ。

「ひかり」「こだま」の停車回数は、次のとおりである。左側が現在、右側は仮定の数字である。

・熱海駅 40本/日 → 概ね60本/日

・三島駅 44本/日 → 概ね66本/日

・新富士駅 33本/日 → 概ね50本/日

・静岡駅 53本/日 → 概ね80本/日

・掛川駅 33本/日 → 概ね50本/日

・浜松駅 49本/日 → 概ね74本/日

 停車頻度の増加についても試算が出ている。静岡と浜松は「ひかり」の停車も含んだ計算である。同じく左側が現在、右側は仮定の数字である。

・熱海駅 概ね24分に1本 → 概ね15分に1本

・三島駅 概ね24分に1本 → 概ね15分に1本

・新富士駅 概ね30分に1本 → 概ね20分に1本

・静岡駅 概ね20分に1本 → 概ね12分に1本

・掛川駅 概ね30分に1本 → 概ね20分に1本

・浜松駅 概ね20分に1本 → 概ね12分に1本

 ちなみにこれは、各駅の停車回数が機械的に一律1.5倍増加すると仮定した場合の数字である。

 新幹線の停車回数の増加で、在来線から新幹線に乗り継いで各地に行く場合、待ち時間が減り、より短い時間で移動できるという試算になっている。

静岡駅・浜松駅は都市規模の割に新幹線の停車回数が少ない
静岡駅・浜松駅は都市規模の割に新幹線の停車回数が少ない写真:イメージマート

 また静岡県外から静岡県内への来訪者が1日あたり1,830人(年間約67万人)増加し、来訪者増による観光等の消費額が年間93.5億円増加するとのことだ。静岡県内での新幹線利用者数が1日あたり1,933人(年間約71万人)増加し、これにともなう観光等消費額は22.1億円増加するという。

 要するに、リニア中央新幹線が開業することで、東海道新幹線のダイヤに余裕が生まれ、「ひかり」「こだま」を増発することができ、それによる波及効果も大きいということである。

説得材料としての「東海道新幹線利便性向上」は可能か?

 リニア中央新幹線計画の静岡工区着工に強硬に反対しているのは川勝平太静岡県知事であり、大井川沿線でも反対の声は大きい。反対の原因になっている大井川の水資源の問題や、自然環境の問題については現在有識者会議で話し合われており、おおまかな方向ではリニア中央新幹線の工事着工は認められると予想できる。

 ただ、有識者会議はいつ終わるかわからず、これが終わらない限り着工しないというのが筋である。

 また、川勝静岡県知事は現在75歳、任期は2025年7月までとなっており、次期静岡県知事選には年齢の関係で出馬しないことが考えられる。川勝県政の継承か、あるいはその転換かということは次の知事選での争点になるだろう。川勝知事退任後に、静岡工区着工に向けて話し合うのが妥当だ。

 川勝知事のようなパーソナリティの人物が、東海道新幹線の停車本数増と引き換えにリニア中央新幹線の工事を(有識者会議終了後に)交渉で認めるとは想像しがたい(実際には記者会見で批判している)ものの、次期知事のパーソナリティによっては「東海道新幹線利便性向上」はリニア中央新幹線の静岡工区工事認可の説得の材料になりうる。だから川勝知事の後任知事との話し合いは重要だ。

 その際に、JR東海は環境面でしっかりと配慮していることを示すことは当然として、静岡県内の東海道新幹線でどのようなサービスを提供できるかを示すことができるようにしておくことが、交渉を有利に進めるには必要ではないだろうか。

 JR東海がすべきことは、リニア中央新幹線名古屋開業、そして大阪開業に向けて、静岡県にどんなダイヤを提供できるかを提示できるよう、列車ダイヤの構想を立てておくことである。

 静岡県内の東海道新幹線沿線は、静岡・浜松の両政令指定都市を中心に、比較的人口の多い都市が集まったエリアである。このエリアの利便性向上をどう提供できるかが、静岡県内でのリニア中央新幹線計画への理解につながると考えられる。

フリーライター

1979年山梨県甲府市生まれ。早稲田大学教育学部社会科社会科学専修卒。鉄道関連では「東洋経済オンライン」「マイナビニュース」などに執筆。単著に『関東の私鉄沿線格差』(KAWADE夢新書)、『JR中央本線 知らなかった凄い話』(KAWADE夢文庫)、『早大を出た僕が入った3つの企業は、すべてブラックでした』(講談社)。共著に『関西の鉄道 関東の鉄道 勝ちはどっち?』(新田浩之氏との共著、KAWADE夢文庫)、首都圏鉄道路線研究会『沿線格差』『駅格差』(SB新書)など。鉄道以外では時事社会メディア関連を執筆。ニュース時事能力検定1級。

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