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静岡県知事選で川勝氏4選 リニア中央新幹線、工期延長さえ見通し立てられず

小林拓矢フリーライター
川勝平太知事(毎日新聞社/アフロ)

 リニア中央新幹線の静岡工区がどうなるかはいまだ結論が出ていない。この件に関しては国土交通省の有識者会議で話し合うことになっており、国も静岡県もJR東海もそれに従う、というのが妥当な形であるはずだ。

 2020年4月から始まったこの会議は、今年4月で11回目の開催だった。大井川水資源の対策など、中間報告を出す方向で議論が進められている。当事者であるJR東海の対応を見ると、出せる資料はなるべく出し、水資源についても公開のできる範囲で公開しているように見える。

 そんな中、地元メディアである『静岡新聞』はリニア問題に精力的に取り組み、問題点を指摘し続けている。いっぽう、一部のネットメディアでは、川勝知事への批判が相次ぎ、ツイッターなどでは川勝氏への罵声が飛び交っている状態だ。その状況で静岡県知事選が行われ、現職の川勝平太候補が4選した。川勝氏当選の際には、静岡県民への嫌がらせのような言葉がネット上でよく見られた。

場外戦がさらに混迷を深めさせる

「場外」の争いが、この問題を混迷させる。リニア中央新幹線自体は、難しい技術であり、さまざまな議論があってもいい。JR東海がいうほど、技術的にはやさしくなく、完成度が高いとは思っていない。まだまだ実験の真っ最中だ。

 そんな中、右派系の言論人や、ツイッターの匿名アカウントを中心に、リニア中央新幹線と日本の「国益」を結びつける意見や、川勝氏と中国との関係などを揶揄する意見が目立った。

 こうなると冷静な議論にならないのは世の常である。まず現在議論されているのは水資源の問題や環境の問題などであって、国益や外交ではないはずだ。将来リニア中央新幹線の技術を外国に売るとしても、自社で実現できないとどうにもならず、まだまだ先の話だ。

「国やJR東海の方針に逆らう川勝氏が気に入らない」というだけで、ここまで罵声を浴びせるのはいかがなものかとも考える。

穏やかな広報活動のふしぎ

 リニア中央新幹線の静岡工区問題に関して、意外なのは原子力発電所建設の際のように大規模な広報・宣伝活動や、地元への利益誘導が行われないことである。リニアの安全性はいまだ議論があるものの、政府やJR東海は地元に対してこのようなことをあまり行っていない。地元に対して何らかの利益を誘導する、ということはその他の国家主導プロジェクトに比べても行わず、静岡県に大きな利益をもたらす、ということも示していない。

 むしろ、ここまでさまざまな論点が出ている大事業にしては、「良心的」なのである。反リニア運動を抑え込むという政治的な圧力は見られない。

 そんな中で、リニア中央新幹線をめぐる議論は広がっていく。静岡工区の水資源の問題だけではなく、都心部の大深度地下の工事や、使用電力の問題など、論点はますます増えていく。大深度地下の工事は外環道の工事で問題が発生して改めて注目され、電力に関しては原発再稼働の必要性の議論が出てくる。そもそも川勝知事は浜岡原発の再稼働を中止させた。いっぽう、JR東海の葛西敬之名誉会長は原発再稼働論者として知られている。リニア中央新幹線が再生可能エネルギーだけで電力をまかなえるようだったらいいのだが……。

完成の見通しが立たない

 国の有識者会議は1年、11回やってまだ中間報告の段階であり、JR東海が動けるような結論が出るにはさらに時間がかかる。開業時期の延期を決めようとしても、そのためには工事実施計画の変更申請を国土交通省に提出し、あらためて認可を受ける必要がある。

 JR東海の社長記者会見では、リニア中央新幹線の品川~名古屋2027年開業は難しいと何度も言っている。しかし簡単に「延期します」と言えないのは、そのための認可が必要であり、申請もいつできるかがわからない。

 そんな中、静岡県民は川勝平太氏を知事に再選させた。対立候補の岩井茂樹氏は自民党が推していた人物であり、リニア中央新幹線については川勝氏と主張の距離が遠いとは思えなかった。そもそもリニアが論点にならなかったともいえる。ただ、岩井氏のほうが国やJR東海が与しやすいタイプではある。岩井氏は参議院議員で国土交通副大臣を務めていた。リニア中央新幹線も担当していた。そのあたりのぶれが、落選につながったといえる。

 川勝氏4選にともない、リニア中央新幹線はなお一層の時間がかかることは確実になってきた。そもそも国の有識者会議の結論が出るのは当面先だ。結論が出ても、川勝知事が「県民の利益」を盾に静岡工区の建設を拒んだら、どうしようもない。国が代執行しなければならない可能性もありうる。川勝氏は「県民の利益」を向上させるためにこれまでさまざまな活動を行い、それが4選へとつながった。静岡県では川勝知事が支持されているという事実は重視してほしい。

 もしJR東海がリニア中央新幹線の計画を何としても実現させたければ、長野まわりのルートを再検討してもいいのではないか。極秘に調査を始める時期は来ている。もちろん、地上をなるべく走るようにし、地域の水資源には影響を与えないようにしたい。このエリアも水資源が重要な産業が多くある。

 4選を果たした川勝知事は22日の記者会見で、有識者会議の報告などをみたうえでリニア中央新幹線のルート変更をJR東海に正式要請する意向を示した。工期の延長が避けられず、このままではいつになったらリニア中央新幹線の品川~名古屋間開業が行われるかもわからない状況の中で、この要請を参考にしてもいいのではないか。少なくとも、静岡県を経由するということに固執することで暗礁に乗りつつある現ルートに国もJR東海もこだわるというのは、合意形成の上で非常に難しいものがある。

 川勝知事再選でリニア中央新幹線計画の今後はわからないものとなり、秋までに行われる衆議院総選挙では政権与党の苦戦が予想されている。その状況下、今後の計画見通しを打ち出すことは、はたして可能なのだろうか?

 なお、きょう23日の午前10時より、JR東海は名古屋市内で定時株主総会を行う。リニア中央新幹線計画について、株主からどんな質問が出るのだろうか。

フリーライター

1979年山梨県甲府市生まれ。早稲田大学教育学部社会科社会科学専修卒。鉄道関連では「東洋経済オンライン」「マイナビニュース」などに執筆。単著に『関東の私鉄沿線格差』(KAWADE夢新書)、『JR中央本線 知らなかった凄い話』(KAWADE夢文庫)、『早大を出た僕が入った3つの企業は、すべてブラックでした』(講談社)。共著に『関西の鉄道 関東の鉄道 勝ちはどっち?』(新田浩之氏との共著、KAWADE夢文庫)、首都圏鉄道路線研究会『沿線格差』『駅格差』(SB新書)など。鉄道以外では時事社会メディア関連を執筆。ニュース時事能力検定1級。

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