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出口が見えないリニア「静岡」問題 安倍政権退陣で今後はどうなる?

小林拓矢フリーライター
リニア中央新幹線はどんなルートでも山岳地帯を通る。再検討は可能なのか?(写真:GYRO PHOTOGRAPHY/アフロイメージマート)

 リニア中央新幹線はどうなるのか――長きにわたって政権を担い続けてきた安倍晋三首相が辞意を表明した8月28日、そんなことを筆者は考えた。

 安倍首相は盟友・葛西敬之JR東海名誉会長とタッグを組み、リニア中央新幹線計画を推し進め、2027年には開業させようと力をつくしてきた。近年、葛西名誉会長から代表権が外れ、取締役でもなくなるという流れは、工事が着実に進んでいて、計画が軌道に乗っているということを示しているかのようだった。

 しかし、リニア中央新幹線の計画には暗雲が立ちこめている。静岡工区の工事において、地下水脈との関係で大井川の水がどうなるか、という議論の結論が、いまだ見えていないのだ。

 この結論が見えない限り、リニア中央新幹線の工事は前へと進まない。少なくとも、静岡工区の工事は開始しない。

2027年開業は困難に

 JR東海の経営陣からは、「2027年名古屋開業は困難」「2037年大阪開業も難しい」という言葉が、記者会見の度に発せられるようになった。

 実際に工事開始は遅れに遅れており、もし2027年に品川~名古屋間を開業させるならば、恐ろしい勢いでの突貫工事をするしかない。JR東海側も、人手や機材などのリソースに限界があると感じているからこそ、予定通りの開業は困難だと考えていると見るのが妥当だろう。

 静岡県側も、有識者会議の間にも川勝平太知事が手記を発表したり、JR東海の流量計算方法に疑念を示したりして、JR東海と背後にいる安倍政権の姿勢に疑問を示していた。

 有識者会議は8月25日まで5回行われたあと、6回目は日時未定となっている。第5回の有識者会議では、大井川流域の現状および水収支解析について話し合われる一方、畑薙山断層帯におけるトンネルの掘り方、トンネル湧水への対応について話し合われた。

 豊富な地下水が、大井川流域の地域産業の豊かさにつながっている。この会議できっちり結論がつかない限り、本来は前に進めない話なのだ。

 しかし政府は、2027年名古屋開業を譲ろうとはしていない。

面子にこだわる政府

 菅義偉官房長官は、リニア中央新幹線について記者会見で訊かれるたび、「現時点で開業の予定は変わっていないと承知している」と表情を変えずに回答している。静岡県とJR東海との間で協議を進めていると報告を受けていると答えるにとどまっており、今後どうするのかということはあえて示さないというスタンスだ。

 しかし、このスタンスが曲者である。菅官房長官は、表では冷酷そうに、かつ淡々と物事を処理する一方、放送現場への介入や、警察官僚との結びつきの強さなど、強権的な一面も持つ。

 そういったパーソナリティーの人間が、国家の運営において何を大切にするかというと、面子である。国家プロジェクトとしてリニア中央新幹線を2027年に開業させる、そのためにはあらゆる手段をも辞さないという姿勢が、菅官房長官の冷淡な回答に感じられる。

 8月28日付けの『日本経済新聞電子版』によると、関係者の間で1級河川である大井川の管理権限を県から国に戻し、国が工事の許可を出すという案がささやかれているという。

 そんな中、安倍首相は退陣を表明する。

自民党総裁選と静岡県知事選

 現在、衆参両院ともに自民・公明の各党が与党となっており、それを維新が補佐するというのが、国会の状況となっている。そんな中で自民党総裁選が行われ、その総裁が首相となることは既定路線である。

 9月14日に行われる自民党総裁選では、菅官房長官のほか、石破茂もと内閣府特命担当大臣、岸田文雄政調会長が立候補を予定している。現在のところ、菅官房長官が総裁選に当選し、菅首相が誕生することが確実視されている。

 菅首相となると、安倍路線の継承を第一とすることとなり、リニア中央新幹線計画もこのまま進められることが予想される。

 一方、2021年夏には静岡県知事選も行われる。川勝知事はすでに3期目となっており、4選を狙うとなれば多選批判は当然に出てくるだろう。しかし川勝知事は4選をめざし立候補することも予想される。大井川水問題を、自ら知事として解決したいという大義名分があり、それが静岡県知事選の大きな争点となる。川勝知事はリニア中央新幹線の別ルート(諏訪や駒ヶ根を経由するルート)での建設も主張している。

 国の意向と面子、静岡県の考えと利益が真っ向から対立する。国の意向と自治体の意向が対立する知事選といえば、近年では沖縄県知事選でその構図がよく見られ、国の意に反した候補者が当選することになると、県は厳しい扱いを受ける。

 そんな中、首相となった菅義偉氏はどう動くのか――強権的な動きをすることが目に見えている。JR東海でさえ難しいとする2027年開業を強行し、突貫工事で現場を動かさなくてはならない、という状況になることも考えられるのだ。そもそも、有識者会議は終わる目処が立っているのか、という疑問もある。

 工期を考えると2027年開業は難しく、無理な工事での事故死や過労死などが起こることも考えられる。

 川勝知事も、リニアの必要性は認めている。しかし、強権的に地域の資源を奪われることには反対している。その強権がJR東海を超え、仮に菅政権のもとでふるわれるとするならば、それは正しいのだろうか。

フリーライター

1979年山梨県甲府市生まれ。早稲田大学教育学部社会科社会科学専修卒。鉄道関連では「東洋経済オンライン」「マイナビニュース」などに執筆。単著に『関東の私鉄沿線格差』(KAWADE夢新書)、『JR中央本線 知らなかった凄い話』(KAWADE夢文庫)、『早大を出た僕が入った3つの企業は、すべてブラックでした』(講談社)。共著に『関西の鉄道 関東の鉄道 勝ちはどっち?』(新田浩之氏との共著、KAWADE夢文庫)、首都圏鉄道路線研究会『沿線格差』『駅格差』(SB新書)など。鉄道以外では時事社会メディア関連を執筆。ニュース時事能力検定1級。

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