プロレスファンの間では、来日したことのない外国人レスラーを指して“未知の強豪”と呼ぶ時代があった。しかし、平成以降は日本人対決が主流になったこと、情報のグローバル化が進んだことによってその存在は、すっかり形骸化してしまったわけだが、現在、新日本プロレスの米国大会で暴れ回るトム・ローラーは“未知の強豪”と呼ぶにふさわしい存在だ。ローラーの試合を数多く見ている筆者がその魅力を紹介する。

無観客興行での掘り出し物

米国で開催されている新日本プロレスのスタジオマッチ『NJPW STRONG』が、開始から1年を迎えようとしている。新日本プロレスの現地法人、ニュージャパン・プロレスリング・オブ・アメリカは昨年6月、コロナ禍で日米間の選手の往来が一時的にストップしたのを機にカリフォルニア州で無観客の大会を立ち上げ、試合の様子は会員制動画配信サービス「新日本プロレスワールド」で毎週配信してきた。出場するのはLA DOJOの所属選手のほか、ROHやIMPACTなど提携団体の選手、それにフリーランスのレスラーたち。日本ではほとんど無名な彼らの中で最大の掘り出し物がトム・ローラーである。今年4月にNEW JAPAN CUP USAで優勝、新設されたチャンピオンに認定されており、名実ともに『NJPW STRONG』の顔となったのだ。

プロレスとMMAの二刀流を続ける

1983年生まれのローラーは、4歳からレスリングに親しんできた生粋の“レスラー”である。大学卒業後にはレスリング技術を活かしてMMAと並行する形でプロレスのリングに上がるようになると、2008年に人気リアリティショー『The Ultimate Fighter』参加をきっかけにUFCと契約。8年間の契約期間中にクリス・ワイドマンやライアン・ベイダーなどトップクラスとも対戦してきた。新日本プロレスのチャンピオンベルトを手に入れた現在もプロレスとMMAの二刀流は続けており、今月21日にはPFLというMMA団体に出場して勝利したばかりである。「プロレスとMMAを両方やる理由?両方やればカネが倍もらえることもあるが、プロレスは世界最強の格闘技であり、それを証明することがオレにとってのゴールなのさ」という台詞は、古くからの新日本プロレスのファンにとってはたまらないだろう。

柴田勝頼が免許皆伝したPK

“ストロングスタイル”を標榜してきた新日本プロレスは2000年代初頭、格闘技と交わる時代があった。所属選手がPRIDEやK-1のリングに上がることもあったし、新日本の大会の中でMMAルールの試合が行われることもあったこの頃は、ファンの間で“負の歴史”として語られることも多いものの、当時、少年だったローラーはこの時代の日本のプロレスを夢中で見ていたという。「PRIDEの試合はもちろんだが、ボブ・サップやクレイグ・ピットマンの試合も含めて、プロレスラーのシュートファイティングを見ることが好きだったよ」というローラーのプロレスは、強い打撃や関節技をベースにしつつも「物心ついて最初に好きになったレスラーはブレット・ハートだった」ことも影響してか、受け身もしっかりしている。その試合運びは他のどのレスラー・格闘家とも違っていて、柴田勝頼と棚橋弘至もローラーの試合を絶賛している。とりわけ、LA DOJOのコーチとして試合を現場で見ている柴田は自身の得意技PKを「免許皆伝」するほど高く評価しているのだ(実際にローラーはPKをフィニッシュにすることが多い)。

棚橋弘至との意外な接点

そんな棚橋や柴田の高評価はローラーの耳にも届いている。「新日本のレジェンドとも言えるシバタやタナハシに褒めてもらえるのはとてつもなくうれしいよ。オレはビッグマウス・ラウドが大好きだったし、オレの試合スタイルはシバタからかなり影響を受けている。タナハシとは実は何年か前にROHのラスベガス大会で会ったことがあって、一緒にいたデイヴ・メルツァー(米国のレスリングジャーナリスト)のためにグッズ売り場で25ドル払って、タナハシのサイン入りの写真を買ったんだ」と語る。

来たるべき日に備えて

さて、この1年間、無観客という孤島で独自のストーリーを紡いできた『NJPW STRONG』 だが、ここ数か月で日本人選手の遠征も増え、8月にはいよいよ18か月ぶりに有観客で開催されることになった。現地法人のCEOを兼ねる大張高己社長は「将来的には『NJPW STRONG』をまるごと日本に持ってきたい」と語っており、次の段階としては米国大会の直輸入に期待がかかる。来たるべきその日に備えて日本の試合映像をチェックしているローラーは「タカギシンゴとは体のサイズもほぼ同じだし、コロナの影響に左右されるこの不安定な状況でのし上がってきたヤツの活躍には、モチベーションを上げさせられる。格闘技の実績が確かなヤノトールもいいな。しかし、日本に行っていちばん闘いたいレスラーは、タナハシだ。タナハシと闘ってサイン入りの写真に払った25ドルを取り返してやるぜ!」と、鼻息は荒い。

デニム地のタイツを重ね履きするこだわりのコスチュームで、プロレスとMMAの両方でストロングスタイルを実証するトム・ローラー。“未知の強豪”という言葉を甦らせた男が、日本のファンをあっと言わせる姿が今から楽しみでしかたがない。

※文中敬称略