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世界チャンピオンの苦悩と葛藤 村田諒太が現役続行を表明

木村悠元ボクシング世界チャンピオン
(写真:アフロスポーツ)

 ボクシングの前WBA世界ミドル級王者村田諒太(32=帝拳)が現役続行を表明した。4日所属の帝拳ジムで会見し、自ら現役を続ける意向を明らかにした。村田は10月20日にアメリカのラスベガスで行われた2度目の防衛戦で指名挑戦者の同級1位ロブ・ブラント(28)に0―3の判定負け。世界戦で敗北したあと進退について保留していた。

世界チャンピオンはボクサーのゴール

 前回のブラント戦から1ヶ月半ほどたち、村田諒太が現役続行を表明。ラスベガスの舞台に立ちタイトルを失った落胆は非常に大きかっただろう。ボクサーにとって世界チャンピオンはゴールでもある。ボクシングを始めてから誰もが憧れ、目標とするのが世界チャンピオンだ。憧れの世界タイトルのリングに立ち、その栄冠を勝ちとった喜びは何ものにも代えることはできない。その目標を達成した瞬間は、最高の喜びを感じられるが、その後もボクシングロードは続く。自分がタイトル保持者を狙う立場から、今度は同階級のボクサーから狙われる立場に変わる。チャレンジする立場から、守る立場へと変わることで、試合へのモチベーションや戦い方も含めて大きく変わってくる。ボクシングは挑戦するより、守る立場の方が難しいとも言われる。私自身もそうだったが、キャリアのハイライトでもある世界王者になった後に、その先の目標を見つけるのは難しい。言葉では次の目標を口にしても、それが実際に自分が腹落ちして心から発しているかは、正直なところ本人にもわからないだろう。

毎回挑戦者が120%に仕上げてくる

 チャンピオンとなり防衛戦になると、どんな相手でも死に物狂いで向かってくる。おそらく、チャンピオンになりたくない選手など、ボクサーの中にはいないだろう。チャレンジャーには、次のチャンスはいつ訪れるかわからない。だからこそ目の前のチャンスを掴むために、相手は普段の120%増しで仕上げてくる。今回のブラントもそうだったが、入念に村田を研究してきており、想像以上にタフで物凄い手数だった。どんなボクサーでも世界タイトル戦は夢の舞台だ。だからこそ試合への覚悟と意気込みもノンタイトル戦とは比較ができない。タイトルマッチのリングに立つと毎試合、相手の殺気や気迫を感じるものだ。そのプレッシャーの中でタイトルを防衛し、勝ち続けるのは並大抵のことではない。相手の気持ちを上回らないと気迫に飲み込まれてしまう。最近は長く防衛をすることより、階級を上げたりするチャレンジも増えたが、それほど守る立場でい続けるのは難しいことなのだ。今回の村田の場合もブラントに判定で負けたが、これが逆の立場で挑戦者とチャンピオンが入れ替わっていたら、同じ結果にならなかったのでは、とも思う。ボクシングは最終的には自分との戦いだ。苦しい時に自分を奮い立たせてくれるのは、試合に必ず勝ちたいという意気込みと決して諦めない強い覚悟になる。

ボクサーのピークと年齢

 20代でチャンピオンになるのと30代でチャンピオンになるのもまた違う。ボクサーのピークは30代前後だろう。世界的に見ても20代で活躍している選手が多く、30代後半になってピークのパフォーマンスを維持している選手は少ない。それだけ若い選手の方が体力的にも有利であり、戦うモチベーションは高い。以前、元世界王者の選手と対談をする機会があったが、その選手が年齢によるゴール設定について興味深い話を聞かせてくれた。20代中頃であれば、まだまだ体力的にも伸びる余地はあるし、世界チャンピオンになってからがスタートとなり、その後のキャリアも描きやすい。何度防衛するか、何個ベルトを獲るか、また、何階級制覇するかなど夢は広がる。しかし、30代前後になると、あと何年現役でできるか、何試合できるかを考える。若い頃に比べて試合のペースも落ちてくるし、負けたら次は無い、背水の陣で試合に臨んでいくことになる。

今後の村田諒太

 村田の場合も年齢的なことも踏まえて、これからがボクシングキャリアの集大成となるだろう。本人も「あの試合が自分のボクシングの集大成で良いのか、という気持ちが湧いてきました」と話すように、ボクシング人生を賭けた最終章となっていくだろう。しかし、これまでの経歴として、オリンピックで日本人で前人未到のミドル級での金メダリスト、プロでも層が厚いミドル級で世界チャンピオンという偉業を成し遂げている。大きな結果を残してきて、ボクシング界に多大なる貢献をしてきた。村田本人はプロ意識が非常に高く、日本ボクシング界に自分が何ができるかを、常に考えているようだ。しかし、もう十分すぎるほどボクシング界に多大なる貢献を果たしてきているだろう。人柄も良く人気もあって知名度も高い。ボクサーの枠を超えて、全てのアスリートを代表するような選手になっていると思う。それほど村田の影響力は強い。これからは自分のために、自分が納得する形でリングに上がって、悔いなく現役生活を全うして欲しい。村田にはたくさんの夢を与えてもらった。村田のリングでの姿をまた観られることが非常に嬉しく思う。

元ボクシング世界チャンピオン

第35代WBC世界ライトフライ級チャンピオン(商社マンボクサー) 商社に勤めながらの二刀流で世界チャンピオンになった異色のボクサー。NHKにて3度特集が組まれ商社マンボクサーとして注目を集める。2016年に現役引退を表明。引退後に株式会社ReStartを設立。解説やコラム執筆、講演活動や社員研修、ダイエット事業、コメンテーターなど自身の経験を活かし多方面で活動中。2019年から新しいジムのコンセプト【オンラインジム】をオープン!ボクシング好きの方は公式サイトより

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