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ハリー&メーガンの乱にチャールズ国王がいなしの妙手「洋上風力による増益を公共の利益に充てて」

木村正人在英国際ジャーナリスト
公務で英スコットランドを訪れたチャールズ国王(写真:ロイター/アフロ)

■新たに700万世帯に電力を供給

[ロンドン]英王室を離脱したヘンリー公爵の回想録『スペア』とメーガン夫人とのNetflix(ネットフリックス)ドキュメンタリーシリーズの発表で窮地に立たされるチャールズ国王が静かな反撃に出た。故エリザベス女王から相続した英君主に属する公有地を管理する法人「クラウン・エステート」の増益を公共の利益のために使う方針を打ち出した。

英BBC放送などが報じた。それによると、チャールズ国王は年10億ポンド(約1580億円)のクラウン・エステートの洋上風力発電所のリース契約による増収を「より広い公共の利益」のために使うよう要請した。700万世帯の電力を担う6つの新しい洋上風力発電所計画の賃貸契約が増益をもたらすため、ソブリン・グラント(王室費)を減らすことを提案した。

クラウン・エステートのダン・ラバードCEO(最高経営責任者)は「すべての人に自国のエネルギーを、地域社会には雇用と投資を、納税者には収入を、環境にはクリーンなエネルギーを、そして豊かな生物多様性を尊重する配慮のある持続可能なアプローチを提供できる。この重要な利益が環境と国家のために実現されるようこれまで以上に尽力する」と話した。

クラウン・エステートが権利を有する洋上ではすでに36もの風力発電所が稼働している。英国は2030年までに洋上風力発電の容量を50GW(再生可能エネルギーの半分)とする政府目標を掲げている。クラウン・エステートはうち41GWの洋上風力発電の権利を獲得しており、そのうち12GWが稼働中だ。

■クリスマスの国王演説

チャールズ国王は昨年暮れに行った初のクリスマス演説で「大きな不安と苦難の時期に紛争、飢饉、自然災害に直面する世界の人々、請求書の支払い、家族の扶養、暖を取る方法に苦しむわが国や英連邦の人々のために、慈善団体とともに食料や寄付、大切な時間を惜しみなく捧げる親切なすべての人々に敬意を表したい」と語りかけた。

英メディアによると、バッキンガム宮殿は「オフショアエネルギーの風力発電がもたらすクラウン・エステートの増益がソブリン・グラントのためではなく、より広い公共の利益のために向けられるようにとのチャールズ国王の願いを首相や財務相と共有するために手紙を書いた」と発表した。

昨年5月に発表された英高級日曜紙サンデー・タイムズの英国長者番付「リッチ・リスト」によると、エリザベス女王の純資産は3億7000万ポンド(約584億円)。サンドリンガム・ハウスやバルモラル城を所有する女王はクラウン・エステートの収益の15%を受け取っているが、20~21年の不動産収益は22%減の2億6930万ポンド(約425億円)。

一方、女王の株式ポートフォリオは良い成績を収め、トータルで女王の個人資産を500万ポンド(約7億8900万円)押し上げたという。

■英王室と王族の総資産は2兆7千億円

英王室と王族は君主に属するクラウン・エステートとランカスター公領、皇太子領のコーンウォール公領という3つの主要な収入源を持ち、セント・ジェームズやリージェント・ストリートなどロンドン中心部を含む国内の土地や不動産、グレートブリテン島とアイルランド島などからなるブリテン諸島周辺の海底を所有。イングランドの土地の1.4%を保有する。

資産総額は170億ポンド(約2兆6900億円)以上とされる。

このうちクラウン・エステートが所有する不動産の資産価値は推定156億ポンド(約2兆4600億円)で、収益は3億1800万ポンド(約502億円)近い。イングランド、ウェールズ、北アイルランドの大部分で海底と、前浜の半分を所有しており、北海油田や温暖化対策の洋上風力発電所建設ラッシュでますます利益を生むようになった。

王室の収入はいったん国に納め、王室費はソブリン・グラントとして予算に計上されるようになった。現在、クラウン・エステートの利益の25%(一時的に15%から引き上げ)が充てられ、22~23年度のソブリン・グラントは前年度と同じ8630万ポンド(約136億4300万円)。27年までのバッキンガム宮殿の改修費10%を含む公務の資金に充てられる。

君主は所得税、キャピタルゲイン税、相続税の法的な納税義務を負っていない。コーンウォール公領からの収入が皇太子に支払われる場合も同様だ。しかし1993年以降、君主と皇太子は自発的に所得税を納めている。

■人間の経済活動を規制する「テラカルタ」

長年にわたる環境問題の活動家として知られるチャールズ国王は21年11月、英スコットランドで開催された国連気候変動枠組み条約第26回締約国会議(COP26)で「世界の意思決定者が貴重な地球を救い、危機に瀕した若者の未来を救うために力を合わせられるよう、違いを克服する現実的な方法を見出すことを強く求める」と呼びかけ、喝采を浴びた。

英王室は「君臨すれども統治せず」の原則に基づき、政治とは明確な距離を置いてきた。しかしチャールズ皇太子(当時)は伝統を破り、環境問題では「私たちは自然との適切な関係を放棄している」「気候変動は私たちの存在に関わるあらゆる危険と緊張を増大させる」と積極的に発言してきた。京都議定書に続くパリ協定も強力に後押しした。

皇太子時代に、環境に優しい取り組みに投資するよう企業に促すため持続可能な市場構想の指針「テラカルタ(地球憲章)」を発表している。国王の権限を制限し、人々の基本的な権利と自由の信念をうたった1215年の「マグナカルタ(大憲章)」にならっている。しかし即位後にエジプトで開かれたCOP27への出席は見送った。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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