Yahoo!ニュース

ヘンリー公爵とメーガン夫人のNetflix シリーズが問いかけた「白人の歪んだプリズム」

木村正人在英国際ジャーナリスト
人権賞を受賞したヘンリー公爵とメーガン夫人(写真:REX/アフロ)

■「ダーティーなゲーム」

チャールズ英国王の次男ヘンリー公爵とメーガン夫人の出会いや王室離脱を描いた米ストリーミング大手Netflix(ネットフリックス)のシリーズ『ハリー(ヘンリー公爵の愛称)&メーガン』が8日配信され、改めて論争を巻き起こしている。

番組は2部構成の全6話で最初の3話が配信された。エリザベス女王が9月に逝去し、チャールズ国王が即位したばかりだけに、王室は神経を尖らせている。

「王族にはヒエラルキーがあり、リークもあるけど、ネタの仕込みもあるんだ。ダーティーなゲームだよ」「この制度に嫁ぐ女性たちの痛みと苦しみ。それが私をおかしくさせる」「誰も完全な真実を知らない。私たちは完全な真実を知っているのです」とヘンリー公爵はシリーズで吐露している。

「常に世間のプレッシャーがあり、ドラマやストレスだけでなく、涙があった。その涙を目の当たりにすることもあった。いつも母(ダイアナ元皇太子妃)の顔を見ていた」「M(メーガン)に会うことになった時、彼女がメディアに追い回され、私から離れていくことを恐れた。他の多くの人々がメディアのため私から去って行ったのと同じように」

「これは義務であり奉仕だ。王族の一員である以上、メディアの中で起きている搾取や不正を明らかにすることが私の義務だと感じている。私の愛する女性がこのような不条理を味わうのを見るのは辛いことだ。基本的に狩人対獲物なんだ。王室担当記者というプレス集団は本質的には王室の拡大広報部門に過ぎないんだよ」(ヘンリー公爵)

■「婚約会見は仕組まれた『リアリティショー』」

メーガン夫人は婚約会見について「あれは『仕組まれたリアリティショー』だったんです。私が言いたいのは、彼らが望まないから私たちは話すことが許されなかったということです」と振り返っている。ヘンリー公爵は「私たちは自分たちのストーリーを話すことを許されなかった」と応じると、メーガン夫人は「本当にそうだったわ。今まではね」と答えている。

「王族には無意識の偏見が非常に多い。それは誰のせいでもない。しかし、いったん指摘されたら正す必要がある。それが教育であり、気づきです。常に進行中の作業だ。私も含め、誰にとってもね」。ヘンリー公爵は米司会者オプラ・ウィンフリー氏のインタビューで糾弾した長男アーチーちゃんへの人種的偏見についてかなりトーンを弱めている。

これについて、ヘンリー公爵とメーガン夫人たたきの先頭に立ってきた保守系英大衆紙デーリー・メールは「ウィリアム皇太子はシリーズをまだ見ていないものの、これで疎遠になっているウィリアム皇太子とハリーが仲直りすることはないだろうと友人たちは懸念している。皇太子はハリーが王室離脱でエリザベス女王に働いた非礼に怒っている」と報じている。

ヘンリー公爵が指摘しているように王室と王室担当記者は同じ穴のムジナである。リークやネタの仕込みもある「ダーティー・ゲーム」であることに疑いを挟む余地はない。ハイエナの餌食になったヘンリー公爵とメーガン夫人が「誰がリークした?」とウィリアム皇太子ら王族に不信感を抱くようになったとしても何の不思議もない。

■メーガン夫人が経験したことは通過儀礼?

ヘンリー公爵は「王族の多くは、メーガンが経験したことは自分たちも経験した、通過儀礼のようなものだと考えていた。王族の中には、自分の妻も同じ目に遭ったのだから、私のガールフレンドも同じように扱われるべきだと言う人さえいた。しかしメーガンには人種的な要素があり、これまでとは違いがあると反論した」と語っている。

『ハリー&メーガン』に関しては英BBC放送のダイアナ元妃に対するインタビューの無断借用や事実誤認、バッキンガム宮殿内での無断撮影、画像の意図的誤用など問題が次々と噴出した。しかし国王や皇太子に対する糾弾のトーンは弱まり、米紙ニューヨーク・タイムズは「今のところ悪役は王室ではなく英タブロイド(大衆紙)だ」と総括している。

ウィンフリー氏のインタビューや、ヘンリー公爵とメーガン夫人の王室離脱を描いたオミッド・スコビー 氏とキャロリン・ドゥランド氏の共著『自由を求めて ハリーとメーガン 新しいロイヤルファミリーを作る』ですでに明らかになっている内容を薄めて2人が語ったシリーズは筆者にとっては退屈でしかなかった。

王室には厳格なプロトコルがあり、王室内で経済的な自由を求めたメーガン夫人の考えとは相容れなかった。しかしエリザベス女王の側近だった貴族出身の女性がバッキンガム宮殿で開かれたレセプションで英国籍の黒人女性に出身地をしつこく尋ねて王室の役職を辞任する問題が起きており、王室に「無意識の偏見」が残っているのは否定のしようがないだろう。

■「白人レンズはハリーとメーガンを悪役に仕立て上げる」

英紙ガーディアンに作家ネルス・アビー氏が「白人レンズはハリーとメーガンを悪役に仕立て上げる」と題して寄稿し「Netflixのシリーズは人種差別について長い間必要とされていた議論をする機会を与えてくれた」と指摘している。「英メディアの多くは、2人は王室を引き裂こうとする毒を含んだ一方的な“見世物小屋”だということに同意してきた」

アビー氏は、ヘンリー公爵がメーガン夫人と恋に落ちた時、王室だけでなく英国はソフトパワー天国から贈り物を授けられたという。「大英帝国の残忍な鉄拳を覆い隠す絹の手袋であり、英国の歴史と伝統を体現する王室が白人と中世から近代と多文化へと変化し、現代の英国を反映するものとなった」

「黒人視聴者にとって(父親が白人の)メーガン夫人の黒人性(おそらく彼女の階級と相まって)はあまりにも微妙だ。しかしメーガンの黒人性は英国にとってはまだ過剰だったようだ」。英メディア、特にタブロイドは白人に支配されている。シリーズで英連邦を「帝国2.0」と呼んだ女性コラムニストは「女王の最も誇らしい遺産を攻撃した」と非難された。

英国の旧植民地で奴隷貿易や帝国主義の「負の遺産」に対し、英政府や王室が謝罪と補償を行うよう求める声は日増しに強まっている。メーガン夫人のハリウッド流商業主義が王室の伝統に合わなかったのは事実だが、ヘンリー公爵とメーガン夫人の主張に耳を塞ぐことはできないだろう。2人の結婚は王室にとって後退ではなく前進であるのは間違いないのだから。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

木村正人の最近の記事