ゴタゴタ続く東京五輪組織委

[ロンドン発]東京五輪・パラリンピック大会組織委員会は22日、開閉会式ディレクターの小林賢太郎氏(48)を解任しました。小林氏がお笑いコンビ「ラーメンズ」時代の1998年に「ユダヤ人大量惨殺ごっこ」と発言したコントがネット上で拡散、米ユダヤ人人権団体「サイモン・ウィーゼンタール・センター」が21日に非難声明を出していました。

昨年12月、開閉会式の演出を担う狂言師の野村萬斎氏が統括するチームが解散。統括役を引き継いだ電通出身のクリエーティブディレクター、佐々木宏氏は、式典に出演予定だった女性タレントの容姿を侮辱する演出を提案していたことが発覚して今年3月に辞任、後任は置かれませんでした。野村氏はアドバイザーの立場で参加しています。

組織委は今月14日、東京五輪・パラリンピックの開閉会式4式典の共通コンセプトを「Moving Forward(前を向いて生きる)」とし、五輪開閉会式のクリエーティブチームを発表、この中に小林氏も含まれていました。五輪開会式で音楽を担当していた小山田圭吾氏が19日に学生時代の障害者いじめを理由に引責辞任したばかりです。

今年2月には「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」という女性差別発言で組織委の森喜朗会長(当時)が引責辞任。ソーシャルメディアの全盛で過去の行状が白日のもとにさらされる時代になったとはいえ、もう東京五輪はあらゆる差別のデパート状態。「日本の常識は世界の非常識」もついにここまで来たかという思いを強くします。

目覚めたリベラルと極右化する保守の対立

「ユダヤ人大量惨殺ごっこ」発言が許されないことに議論の余地はありません。しかし日常生活の中で250以上の言語が話される多民族・多文化都市ロンドンで暮らしている筆者にも差別問題は非常に理解しにくい面があります。ドナルド・トランプ前米大統領の登場でアメリカでは目覚めたリベラルと極右化する保守の対立が激化し、「文化戦争」に発展しました。

欧州では「ホロコースト(ナチスドイツによるユダヤ人大虐殺)否認」に代表される反ユダヤ主義を法律で禁止している国が少なくありません。英メディアではよく「最大野党・労働党は反ユダヤ主義と真剣に向き合っていない」と批判する声が取り上げられています。2016年の英下院内務委員会の報告書「イギリスにおける反ユダヤ主義」を見ていきましょう。

・イギリスにおけるユダヤ人社会の安全を求める市民団体CSTによると、16年上半期に報告された反ユダヤ主義に関する事件は前年同期比で11%増加。ロンドンでは62%増えた。

・10~15年、イングランドと、ウェールズの一部で警察に報告された反ユダヤ主義の犯罪が29%増えた(嫌悪犯罪全体では9%増)。13年度から14年度にかけて反ユダヤ主義犯罪は97%も増加(同26%増)。

・他の団体の調査では回答者の5分の1が過去1年の間に少なくとも1回は反ユダヤ主義的な嫌がらせを受けていた。このうち68%はインターネット上での経験だった。

・14年に労働党のルチアナ・バーガー下院議員(当時)はわずか3日間で「filthyjewbitch(不潔なユダヤ人の雌犬)」というハッシュタグを使った2500件超の虐待的なツイートを受け取った。労働党のラス・スミース下院議員(同)も2万5千件以上の虐待事件を経験していた。

・英シティ大学が15年に発表した調査によると、イギリスのユダヤ人の9割が、イスラエルがユダヤ人国家として存在する権利を支持。93%が、イスラエルはユダヤ人としてのアイデンティティーの一部を形成していると述べる一方で、自分たちをシオニスト(ユダヤ人の民族国家をパレスチナに樹立することを目指す人たち)と考えるのは59%だけだった。

・最近の調査では有権者の10人に1人がイギリスではユダヤ人の影響力が強すぎると考えていた。 6%は「他の宗教の信者が首相になった時と同じようにイギリスのユダヤ人が首相になった時に受け入れられる」ということに同意しなかった。指導者がユダヤ人である場合、その政党に投票する可能性が低くなると7%が回答した。

・15年の総選挙後に労働党に加わった党員を対象にした調査によると、55%が「反ユダヤ主義は深刻な問題ではない。労働党とジェレミー・コービン党首(当時)を弱体化させるため、またはイスラエルに対する正当な批判を封じ込めるために誇張されている」と答えた。

・イギリスのユダヤ人の調査によると、87%が、労働党は、議員、党員、支持者の間にある反ユダヤ主義に寛容すぎると回答した。

反ユダヤ主義と親イスラエル

労働党大会に取材に行くと、コービン氏を支持する「目覚めたリベラル」の若者たちはパレスチナ国旗のバッジを胸に着けています。こういう人たちに「反ユダヤ主義について教えてほしい」と質問しても「さあ」ととぼけられるのがオチです。その一方でイスラム教徒やメキシコ系移民、女性を露骨に差別したトランプ氏は親イスラエルでした。

第一次世界大戦中、イギリスは悪名高き「三枚舌外交」で、ユダヤ人世論を連合国側に引き寄せるため「パレスチナにユダヤ人の民族的故郷を建設することを支持する」と表明し、現在の中東問題の原因をつくりました。保守党下院議員の中には現在も、プリティ・パテル内相のようにトランプ氏と同じ親イスラエルの政治家が少なからずいます。

パテル内相もトランプ氏も反ユダヤ主義で批判されることはありません。サッカー女子のアメリカ代表ミーガン・ラピノー選手は人種差別に反対して試合前の国歌斉唱中にひざまずいたことがあります。W杯フランス大会でも国歌斉唱を拒否してトランプ氏に批判されました。パテル内相もサッカーのイングランド代表がひざまずいたことに批判的でした。

差別には人権だけでなく、リベラル対保守の国内政治、国際社会の対立が深く関わっています。コロナ危機前、筆者は英議会に頻繁に顔を出し、各政党の議員の声に耳を傾けてきました。旧植民地・香港の「一国二制度」をうたった英中共同宣言を反故にされた恨みがあるとは言え、どうしてこれだけ急激に対中強硬論が議会内で強まったのか理解できませんでした。

香港の金融市場をぶんどられたユダヤ資本の反撃なのか、新疆ウイグル自治区の少数民族弾圧がナチスドイツのユダヤ人大虐殺にだぶるのか――ユダヤ人が国際政治を動かすという謀略説もあながちデタラメと切り捨てるわけにはいかないように思います。東京五輪絡みの不祥事が続くのも背景に日本国内のリベラル対保守の争いがあるのかもしれません。

昨年5月、米白人警官の黒人男性暴行死事件で火がついた人種差別撤廃運動「ブラック・ライブズ・マター(BLM)」も一部で、パレスチナ自治区ガザを実効支配するイスラム原理主義組織ハマスを支持する反イスラエルの動きやアングロ・サクソン諸国の過去の植民地支配や開拓者の入植に対する贖罪を求める運動と重なります。

植民地支配の被害国である中国もBLM運動に同調しています。

日本国憲法前文の高邁な理想を忘れるな

いかなる差別や偏見、嫌悪も許してはいけません。先住民の子供を家族から引き離し同化教育を強制したカナダの旧寄宿学校問題を知った時、新疆ウイグル自治区の収容所問題と同じ構図だと思いました。支配と被支配の関係からあらゆる差別が生まれてきます。日韓の慰安婦・徴用工問題、戦時下の虐待行為、部落差別、セクハラ、性差別も根っこは同じです。

日本は慰安婦・徴用工問題を含め学校や大学、社会での人権教育を徹底し、もっと真剣に人権問題に取り組む必要があります。そして歴史や世界を軸に思考し、住みやすい社会を築く努力を怠ってはいけません。東京五輪関係者の問題発言を切り取る“首取りゲーム”をいくら続けても日本へのあきらめが膨らむだけで日本社会が良くなるわけではありません。

差別者や加害者の罪は犯した内容によって時間が経過しても減じられることがない場合もあります。しかし謝罪や反省の仕方、その後の取り組みによってはいつか許しが与えられても良いはずです。ゴタゴタ続きの日本ですが、建設的なメッセージを発して「Moving Forward(前を向いて生きる)」ことが大切です。

1964年の東京五輪が日本の国際社会への復帰と高度成長を世界に鮮やかに発信したのに対し、2021年の東京五輪・パラリンピックが日本の没落を世界に印象付けるのを恐れます。日本は現行憲法前文にうたわれた高邁な理想をもう一度、胸に刻むべきでしょう。

「われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。(略)日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ」

(おわり)