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無料給食の拡充訴えたマンUラシュフォードに大英帝国勲章 コロナ危機で激増する「極度の貧困」救済を

木村正人在英国際ジャーナリスト
子供の貧困問題に取り組み、大英帝国勲章を与えられたラシュフォード選手(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

「私の母は最低賃金でフルタイム働いた」

[ロンドン発]サッカーの英イングランド・プレミアリーグのマンチェスター・ユナイテッドで活躍するFWのマーカス・ラシュフォード選手(22)に大英帝国勲章のMBEが贈られました。新型コロナウイルス・パンデミックの最中、子供の貧困問題に取り込んだことが評価されました。

ラシュフォード選手は今年6月、夏休みの間、無料の学校給食を停止することを決めたボリス・ジョンソン英首相に撤回を求めました。慈善団体と協力し300万食を用意するため2千万ポンド(約27億5千万円)の寄付金を集めました。イングランドだけで貧困家庭の子供130万人に対して無料の学校給食が提供されています。

下院議員にあてた公開書簡で、ラシュフォード選手は「私の母はいつもテーブルで十分な夕食をとれるよう最低賃金でフルタイム働きましたが、それだけでは十分ではありませんでした。母がどれほど懸命に働いたとしても私のような家族が成功するための仕組みはありませんでした」と訴えました。

「政党の違いを超えて、子供が空腹にならないようにするということに全員が同意できませんか」というラシュフォード選手の訴えは人々の心を動かし、ジョンソン首相は夏休みの間も無料の学校給食を続けることを決め、1200万ポンド(約16億5千万円)の予算をつけました。

今回の受章についてラシュフォード選手は「(社会問題の多い地域として知られる)マンチェスター南部ウィゼンショウウ出身の黒人の若者が22歳でMBEを受章するとは夢にも思いませんでした。私自身、私の家族にとってとても特別な瞬間であり、この名誉に真に値するのは私の母です」と喜びを語りました。

そして「イギリスの子供が誰1人としてベッドの中でお腹を空かすことがないようみんなで力を合わせましょう。これまでにも何度も繰り返しているようにあなたの気持ちや意見が何であれ、食事にありつけないのは決して子供の責任ではないのです」と呼びかけました。受章をバネに今後も取り組みを強化する方針です。

増えるフードバンク利用者とホームレス

イギリスではコロナ危機に対応するため休業補償スキームが導入され、政府支援や使用者負担で労働者の賃金の80%(上限は月2500ポンド=約34万4千円)がカバーされてきましたが、11月からスキームが変更され、政府支援で賃金の67%しか保障されなくなります。

失業率は3.8%から4.1%に上昇し、社会の底辺で暮らす人々の間に貧困の危機が広がっています。

無料で食料を供給しているフードバンク「トラッセル・トラスト」は今年10~12月、昨年同期より61%多い84万6千食の小包が必要になると予測。年末までに67万人が貧困に陥り、生活する上で欠かせない住宅費・燃料費・食料費をまかなえなくなると警戒を強めています。

パンデミックが始まるとフードバンク利用者は倍増しました。利用者の72%がメンタルヘルス上の問題を抱えている人と暮らしており、40%近くが深刻な打撃を受けています。

「トラッセル・トラスト」は低所得層向け給付制度を統合したユニバーサル・クレジットの週20ポンド(約2800円)引き上げを固定し、地域福祉支援に年2億5千万ポンド(344億円)を投資するよう求めています。

イギリスでは今回のコロナ危機でホームレスも増えています。マルタ出身の未亡人イボンヌさん(68)は英公共テレビ局チャンネル4のドキュメンタリー番組「公営住宅」に出演し、キリスト教会の牧師が昨年、引退したため宿泊施設と仕事を同時に失ったと現在の苦境を訴えました。

20年前に夫を失ったイボンヌさんは友人宅のソファーを転々とし、「この年でホームレスになるとは思いませんでした。一体、私はどうしたら良いのでしょう。私が望むのは寝室とバスルームだけなのに」と表情を曇らせました。

イギリスでは今年3~4月、1万5千人のホームレスにホテルを含む緊急の住宅が与えられ、266人の命が救われたという研究が報告されています。しかし、その一方でコロナ危機により共同避難所に滞在するホームレスの死亡リスクは一般の人より61%も高いという報告もあります。

このため英王立内科医教会のアンドリュー・ゴダード会長は「この冬、ホームレスの人々のための政府の緊急行動がなければ命は確実に失われるでしょう」と集団感染リスクが高まる共同避難所ではない自己完結型の宿泊施設を準備するよう呼びかけています。

スコットランド自治政府はすでに長期の宿泊施設を提供する計画を発表しています。

世銀、コロナで極度の貧困が激増

世界銀行は今回のコロナ危機で2021年までにさらに1億5千万人が極度の貧困に陥る恐れがあると警告しました。極度の貧困状態にある人々の割合が上昇するのは過去約20年でこれが初めて。貧困対策の3年以上の成果を吹き飛ばしてしまいました。

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2020年にはさらに8800万~1億1500万人が1日1.90ドル(約200円)未満で生活する極度の貧困に陥り、最大で7億2930万人になるそうです。2021年末までにこの数字は1億1100万~1億5千万人に膨れ上がり、7億3570万人に拡大する可能性があります。

今年は世界人口の9.1〜9.4%が極度の貧困状態で生活しており、2017年の9.2%とほぼ同じ水準です。

2019年の極度の貧困率は約8.4%と推定され、パンデミックが起こらなければ2021年までに7.5%に低下すると予想されていました。世界銀行は、迅速で実質的な対策がとられなければ2030年までに極度の貧困率を3%に引き下げるという長年の目標は達成できないと指摘しています。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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