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コロナ危機「欧州に第二次大戦を超えるダメージ」「中国が欧州権益の獲得加速も」和製ソロスの金言(中)

木村正人在英国際ジャーナリスト
セルビアの首都ベオグラード。中国は欧州への医療支援を強化している(写真:ロイター/アフロ)

[ロンドン発]新型コロナウイルスが世界経済や世界情勢に与える影響について、引き続き国際金融都市ロンドンに本拠を構える債券では世界最大級のヘッジファンド「キャプラ・インベストメント・マネジメント」共同創業者、浅井將雄さんにインタビューしています。

木村:金融危機が起きないような方策は十分にとられていると考えていいのでしょうか。

浅井氏:伝統的な金融機関に対するセーフティーネットとしてはリーマン・ショック後のレバレッジ規制と流動性確保、中央銀行を経由した各国間の協調によるドル供給が非常に効果的だと思っています。ただリーマン・ショックの時と今回で異なるのはシャドーバンキング(伝統的金融業務を営む銀行以外の、証券会社やヘッジファンド、運用会社、その他の金融会社が行う金融仲介業務)が大きくなってきたことです。

われわれのようなファンドだけでなく、ETF(上場投資信託)やREIT(不動産投資信託)とかプライベート・エクイティ(未公開株式)という、ひと昔前まではあまりメジャーではなかった金融仲介業態にマネーが大量に供給されるようになりました。こうした肥大化したシャドーバンキング、伝統的金融機関以外の信用システムに対して中央銀行の規制が進んでいるわけではありません。

そこがリーマン・ショック後に非常に大きくなってきているので、シャドーバンキングに対するセーフティーネットは不十分だと思います。景気が二番底、三番底となり、世界全体のバランスシートが毀損していくとそういったセクターにも大きなインパクトが出てきます。資本の毀損が世界全体で起きていくと再度、金融システムに対する悪影響が出てきます。

木村:ロックダウン(都市封鎖)やソーシャル・ディスタンシング(社会的距離)といった感染症対策が長引けば長引くほど経済に与える影響は大きくなります。新型コロナウイルスと共存できる経済は可能でしょうか。

浅井氏:都市封鎖とその緩和が経済に大きな影響を及ぼすことが非常に明らかになったケースが中国湖北省武漢市です。中国の3月、4月の景気指標を見ていると、国内総生産(GDP)がマイナス6.8%とかでしたけども、一方で経済が底入れした指標もでてきました。他方、アメリカでは感染者が急増、死者数も4万5000人を超えました。アメリカの足元のデータでは経済の収縮が当初の予想よりも急速に進行していることがうかがえます。

今後、先進国では都市封鎖の解除が、段階的に進められるでしょう。都市封鎖が解除されない限り、もちろん今年後半の景気回復はありません。中国の例を見ていると2月半ばぐらいから徐々に企業も操業を再開してきていて、やっと経済の底入れと改善傾向が見えてきています。

中国のような激しい都市封鎖をすることによってV字とまでは言えなくても回復の芽が出てくるのに対して、都市封鎖、社会的距離のコントロールを間違えると、長く景気回復の足かせになるでしょう。都市封鎖を止めるタイミング、社会的距離を緩めるタイミングが大事です。

経済の回復にとって都市封鎖の解除は必要条件ですが、解除の仕方を間違えてしまうと二番底に入ってしまう恐れがあります。経済と都市封鎖・社会的距離の関係はネガティブ・コリレーション(負の相関関係)が強くて、都市封鎖・社会的距離と共存できる経済というのはリモートとかデジタルという概念がありますが、それだけで経済を浮揚させることはできません。

たとえばイギリスではサービス業がGDPの7割、8割を占める中で、実際に人の活動がないと需要の創出は限定的です。経済に対する新型コロナウイルスの反作用性は高いので、この反作用性をいかにコントロールするかによって今年後半の景気回復が見られるかどうかが左右されます。

武漢市ではドローン(無人航空機)を飛ばして監視したり、鉄道を止めたり都市封鎖を徹底しました。それと同じことを中国以外の自由民主主義国家にできるでしょうか。自由を犠牲にして中国と同じようにすると景気回復が非常に早く見られるでしょう。

緩い規制の社会的距離の範囲だと景気の落ち込みは小さいかもしれませんが、回復まで長引く恐れがあります。経済に対するコロナ対策の反作用性が非常に強いことを認識すべきです。共存ではなくて、常に相反していると思います。

木村:中国は非常に上手く感染症対策と経済をハンドリングしたということになりますか。

浅井氏:社会性の違いがあります。中国は共産主義の一党独裁国家だからこそできたと思います。民主主義国家は基本的に自由なので、中国のように権利を制限できる国と制限できない国の大きな違いがあります。どちらの国が正しいかは分かりませんが、中国のやり方だと非常に簡単に自由を制限できます。非常に厳格な都市封鎖を行って流行を封じ込めた後、解除することによって景気の回復が早くなったということです。

木村:ドナルド・トランプ米大統領は11月の大統領選を意識して経済の再開を急いでいるように見えます。アメリカ経済をどう見ておられますか。

浅井氏:今回、アメリカは史上最大規模の経済対策を行いました。このインパクトは非常に強い。効果としても中小企業に大量の資金供給をし、アメリカの中央銀行に当たる連邦準備制度理事会(FRB)もハイ・イールド債(利回りが高く信用格付が低い債券)の買い入れも含めて信用強化枠を作って景気の底入れをしようとしています。

ただアメリカでは4万5000人を超える死者も出て感染者数も世界最大です。イタリアやスペインと並んでアメリカは新型コロナウイルスの影響を一番受けました。アメリカがここからV字回復というのはどうしても難しい。アメリカとしては資産浮揚効果も含めて打てる手は全て打って、景気の底割れを防ごうとしています。

ただ、どうなりますかと言われても結局、敵はウイルスなので、ウイルスを封じ込めるしかありません。都市封鎖によって封じ込めてしまうのか。自由経済、民主主義の国では中国と同じレベルまで自由を制限する都市封鎖はできません。そうなるとアメリカ経済が救われるかどうかはやはりウイルスに対するワクチンが開発されるか、もしく大規模な抗体検査によって外出禁止を緩和するというどちらかが大きなファクターになってきます。

新薬ができるかもしれないという期待感から米ギリアド・サイエンシズの株価が上昇したようにウイルスをコントロールできることがはっきりすればセンチメントは大きく改善します。有効な新薬が開発された、いま臨床試験中です、半年後に出てきますとなったら、環境は一変します。

今は効く薬がないと言っている状態なのでなかなかセンチメントは戻ってきません。ワクチンが出てきて、これで感染を防げるかもしれないとなれば単に感染力の強いインフルエンザと同じになります。死なない、治る薬があるとなったら一気にセンチメントが変わります。

第三次世界大戦と言っている人もいますが、敵は見えないウイルスです。ウイルスを押さえ込む武器を人類が持てればアメリカ経済、世界経済にとって大きな回復への道のりが見えてきます。コロナの対応策への信任の影響が韓国の総選挙でも見て取れましたが、米大統領選にも大きな影響を及ぼすでしょう。トランプ再選の鍵はワクチンが左右するといっても過言ではありません。

木村:今回もコロナ対策のユーロ共同債の発行はドイツ、オランダの強硬な反対で見送られました。欧州の結束は強まると思われますか、それとも崩壊に向かうのでしょうか。

浅井氏:欧州のエピセンター(発生源)であるイタリア北部ではたくさんの中国の労働者が働いていました。新型コロナウイルスのアウトブレイクがイタリアで起きた時に欧州に助けを求めましたが、欧州でも同時に流行が広がりました。最初に欧州連合(EU)域内でも国境封鎖の方向に向かって、イタリアはなかなか財政支援も受けられないという中で結局、いち早く流行を収束させた中国から医療支援を受けました。

正直言って今、欧州がイタリアを救っているという構図ではありません。これで欧州が分断に向かうかと言えば、イタリアは一気に分断に向かうことはありません。国力が弱くなると助けてくれる糸、それが細くても太くてもしがみつくしかありません。今、イタリアは中国から来る糸にも引っ張られ、欧州から出される糸にも引っ張れています。これで欧州崩壊に向かうかと言えば向かうとは思いません。

もっと怖いのは、中国は死者数も感染者数も正確には分からないグレーゾーンだということです。間違いなく中国から出ているウイルスなのにアメリカだと喧伝するケースも見られました。中国はやはりグレーゾーンです。流行が収束したら早速、発生国であることも悪びれず、欧州をはじめ世界中の国に医療支援外交を行っています。

中国が回復する一方で、欧州はおそらく世界の中で最もダメージを受けます。欧州全体のGDPは年間でマイナス7~8%という大きなダメージを受けます。第二次大戦よりも大きなダメージが出てくる恐れが大きいと思っています。そうなってくると欧州の一部企業で非常に割安な企業が続出してきます。それを狙って中国の企業が欧州の企業を大量に買収してくるのは想像に難くない。

アメリカはやはり中国と直接対決しますけど、EUはこういう時に各国が中国の支援を受けているので一枚岩ではありません。そこに付け込んで中国からの投資が欧州に浸透する可能性があります。中国は一帯一路政策でどんどん欧州に出てきています。特にイタリアとは協定を交わしています。欧州債務危機の際に中国はギリシャの港湾施設の権利を手に入れました。

リーマン・ショックの後、中国は急速に欧州に進出しました。中国が欧州に道を造ろうとする中で、今回、欧州の企業価値が下がった分、中国からの出資や支援の動きが出てくることは十分に予想されます。欧州でさらに中国による企業や権益の買収に注意を払わなければならないような恐れが膨らむのではないでしょうか。

木村:イギリスのEU離脱(ブレクジット)はなし崩し的に移行期間が延長されることになるのでしょうか。

浅井氏:それもワクチン次第だと思います。ワクチン開発の見通しが立つだけでセンチメントは180度変わります。うつっても治ると分かれば、薬がある、それを注射すればいいと分かれば、みんな外に出るようになります。経済活動は劇的に戻ります。いついつまでにそうならなければどうでしょうねというのは、予想してもあまり意味がありません。ワクチンがいつできますかという予想と同じで、ワクチンさえできたら劇的に変わります。ただ現状のままであればEU離脱協議の早期進展は非常に困難だと思います。

浅井將雄(あさい・まさお)氏

浅井將雄氏(筆者撮影)
浅井將雄氏(筆者撮影)

旧UFJ銀行出身。2003年、ロンドンに赴任、UFJ銀行現法で戦略トレーディング部長を経て、04年、東京三菱銀行とUFJ銀行が合併した際、同僚の米国人ヤン・フー氏とともに14人を引き連れて独立。05年10月から「キャプラ・インベストメント・マネジメント」の運用を始める。ニューヨーク、東京、香港にも拠点を置く。

(つづく)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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