新型コロナウイルスの感染者を実名報道した英メディア 感染予防は人権に優先するのか

英大衆紙デーリー・ミラーの1面(黒塗りは筆者加工)

自ら名乗り出た「スーパースプレッダー」

[ロンドン発]裁判所に禁じられない限りタブーなき実名報道が鉄則のイギリス・メディアですが、今回、新型コロナウイルスに感染したカブスカウトのリーダーを務める男性(53)が自ら名乗り出たとは言え、一斉に実名報道したのには腰を抜かしてしまいました。

英大衆紙デーリー・ミラーの1面(黒塗りは筆者加工)
英大衆紙デーリー・ミラーの1面(黒塗りは筆者加工)

男性は少なくとも11人に感染させた「スーパースプレッダー」。「タブロイド」と呼ばれる大衆紙は「公共の利益」を振りかざして男性の足取りを追いかけ回し、氏名を公表するよう求めていました。公衆衛生は果たして個人のプライバシーや人権に優先するのでしょうか。

男性は「自分をスケープゴートにしないで」と訴えています。この男性はシンガポールのホテルで開催されたビジネス会議に出席。その会議の参加者から感染者が出たことを知り、すぐに病院で検査を受けて感染が判明しており、落ち度は全くありません。

感染の拡大を防ぐには「スーパースプレッダー」の特徴をある程度、公開する必要はあるにしても、実名と写真までさらした英メディアはいくら「公共の利益」優先のお国柄とは言え、やはりやり過ぎのような気がします。

パニックを防いでいるのか、パニックを煽っているのか判断が難しいところです。

封じ込めは可能か

マット・ハンコック英保健相はすでに「深刻かつ差し迫った脅威」を宣言、感染が疑われる人物については公権力を行使して強制隔離する態勢を整えています。11日に改めて「状況は良くなる前に悪くなる恐れがある」と警鐘を鳴らしました。

NHS(国民医療サービス)のかかりつけ医(GP)2人や病院の救急救命科で感染が確認され、一部の学校も閉鎖されています。米ジョンズ・ホプキンス大学CSSE(Center for Systems Science and Engineering)の集計では世界全体で死者1100人、感染者は4万4000人を突破しています。

2002~03年に中国広東省から流行した重症急性呼吸器症候群(SARS)対策で重要な役割を果たした香港大学公共衛生学院のガブリエル・レオン教授(公衆衛生)は英紙ガーディアンに次のような見方を示しています。

患者1人から2.5人に感染しても罹患率は60~80%になるとの見方について「世界人口の60%は恐ろしいほど大きな数字になる。致死率を1%と見ても犠牲者の数は大きくなる。世界人口の60~80%が感染することはおそらくない。流行の波は断続的にやって来るだろう」と語りました。

宿主を殺してしまうとウイルスも死滅してしまうため、新型コロナウイルスは致死率を減衰させ、よりマイルドになって流行する恐れがあるそうです。中国の武漢市など5600万人“集団隔離”が奏功しない場合、新型コロナウイルスの封じ込めはできない恐れが出てきます。

ワクチンや治療法がない今は感染者や疑い例を隔離して時間を稼ぐしか有効な手立てがないのが現状です。

新型コロナウイルスの病名は「Covid-19」

世界保健機関(WHO)のテドロス・アダノム・ゲブレイェスス事務局長は11日、新型コロナウイルスの病名を「Covid-19」と公式に命名。新型コロナウイルス肺炎の流行を「非常に重大な脅威」と位置付け、国際社会に協力を呼びかけました。

一方、国際ウイルス分類委員会コロナウイルス研究グループは新型コロナウイルスそのものについて、SARSの姉妹種「SARS-CoV-2」と名付けています。すでに研究現場では新型コロナウイルスの配列データベースの共有が始まっているだけに混乱が生じないのか気掛かりです。

SARSは中国を連想させるため「SARS-CoV-2」というウイルス名ではなく「Covid-19」という病名を普及させようというテドロス事務局長の配慮が働いたのでしょうか。中国にはSARSが流行した時に容赦なく叩かれたというトラウマがあり、WHOにも叩きすぎたという反省があるようです。

新型コロナウイルスが見つかるまで、人に感染することが知られているコロナウイルスは6種類しかありませんでした。うち4つは軽度の風邪を起こしますが、2002年以降、動物ウイルスに由来する重度のSARSと中東呼吸器症候群(MERS)が出現しました。

SARSと新型コロナウイルスを比較してみましょう。

(注)国立感染症研究所、インペリアル・カレッジ・ロンドン、武漢大学中南医院の研究論文などから筆者作成
(注)国立感染症研究所、インペリアル・カレッジ・ロンドン、武漢大学中南医院の研究論文などから筆者作成

なぜスーパースプレッダーが重要か

新型コロナウイルスではイギリスの「スーパースプレッダー」のほか、武漢市の武漢大学中南医院で患者1人から10人以上の医療従事者への感染例が報告されています。

アメリカ疾病予防管理センター(CDC)はシンガポールでSARSに感染した201人と疑い例722人を追跡。感染者の42%に当たる84人が医療従事者。死者は25人、致死率は12.4%でした。そして10人以上にSARSを感染させたスーパースプレッダー5人について詳細に分析しています。

米CDCのHPより
米CDCのHPより

患者1(22歳)香港のホテルに滞在。シンガポールで入院し、医療従事者9人と家族・見舞い客12人の計21人に感染。疑い例3人に関係。このうち両親と見舞客の1人が死亡

患者6(27歳)看護師。シンガポールの病院で患者1から感染。医療従事者11人と家族・見舞い客12人の計23人に感染。疑い例5人に関係

患者35(53歳)死亡。患者6と同室だったため感染。医療従事者18人と家族・見舞い客5人の計23人に感染。疑い例18人に関係

患者130(60歳)シンガポールの病院に入院し、その後転院。医療従事者・見舞客ら40人に感染。関係する疑い例は22人。

患者127(64歳)死亡。入院中の患者130を訪問。医療従事者、入院患者、家族・見舞い客、タクシー運転手、市場の同業者の12人に感染。疑い例は3人

米CDCのHPより
米CDCのHPより

感染した162人(81%)は2次感染を起こしていませんでした。

院内感染とクルーズ船の集団感染

武漢市の武漢大学中南医院が1月1~28日に治療に当たった感染者138人のうち41%に当たる57人が院内感染だったという衝撃的な事実が分かっています。このうち40人は医療従事者でした。

横浜港に停泊しているクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス号」の集団感染は135人になりました。厚生労働省は残る約3600人の乗客と乗員について今月19日まで船内に留まることを求めています。新たな感染が分かった場合、さらに14日間延長される可能性もあります。

菅義偉官房長官は乗員乗客全員への検査実施については「現状においては厳しい」と述べています。船内での隔離は船外への感染を防ぐのが狙いで乗員乗客の安全を守るものではありません。

新型コロナウイルスの感染を防ぐキーワードに「院内感染」と「クルーズ船」があります。

135人の感染ルートはどうなのか、スーパースプレッダーは誰か。いつまでに全員検査の態勢が整えられるのか。犠牲者を出さずに感染者を救えるのか。感染予防と人道主義のバランス感覚が問われる安倍政権の危機管理に世界中の関心が注がれています。

(おわり)

参考:新型ウイルスを撒き散らすスーパースプレッダーを追いかけろ 「腸チフスのメアリー」が残した教訓とは