新型ウイルスを撒き散らすスーパースプレッダーを追いかけろ 「腸チフスのメアリー」が残した教訓とは

集団感染が確認されたクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス号」(写真:ロイター/アフロ)

死者1000人、感染者4万3000人を突破

[ロンドン発]新型コロナウイルス肺炎の死者が中国湖北省を中心に1000人を突破、感染者も4万3000人を超えた問題で、イギリスでは少なくとも11人に感染させた「スーパースプレッダー」の存在がクローズアップされています。

新型コロナウイルスは患者1人から平均して2.6~4人に感染するとみられています。

日本医事新報社の【識者の眼】「新型コロナウイルス感染症とスーパースプレッダー」というコラムで国立病院機構栃木医療センターの矢吹拓内科医長は「スーパースプレッダー」について次のように説明しています。

「ウイルスの流行時期に、感染を一気に蔓延させる要因のひとつがスーパースプレッダーである。スーパースプレッダーとは、病原体に感染したホストのうち、通常予測される以上の二次感染例を引き起こすホストのことである」

英大衆紙サンによると、イギリスの「スーパースプレッダー」はスカウト(ボーイスカウトやガールスカウト)のリーダーだそうです。感染させられた11人の中にはNHS(国民医療サービス)のGP(かかりつけ医)2人も含まれ、GPの診療所は閉鎖されました。

この「スーパースプレッダー」は筆者の自宅から徒歩で20分弱の感染症指定病院のセント・トーマス病院で治療を受けています。報道から「スーパースプレッダー」の足取りを追ってみましょう。

英「スーパースプレッダー」の足取り

1月20~23日、シンガポールの5つ星ホテルで開催されたビジネス会議に参加

1月24日、フランス南東部レ・コンタミンヌ=モンジョワのスキーリゾートに11人のグループで滞在

1月28日午後6時50分、イージージェットでスイスのジュネーブ空港を離陸。英ガトウィック空港に移動

2月1日、英南東部ブライトン近くのパブを訪れる

2月6日、シンガポールの会議の参加者から感染が確認されたことを知り、ブライトンの病院で診察を受け新型コロナウイルスの感染が判明(イギリスでは3人目)。ロンドンのセント・トーマス病院に移送

2月7日、接触のあったパブのスタッフが約2週間、自宅待機

2月8日、フランスのスキーリゾートで一緒にいた9歳児を含むイギリス人5人の感染が判明。子供が訪れた学校は予防措置として閉校

2月9日、フランスのスキーリゾートからスペイン・マヨルカ島に移動したもう1人の感染も判明

2月9~10日、さらに「スーパースプレッダー」と接触のあった5人の感染が判明。GP2人も含まれているとみられている

イングランド公衆衛生局は「スーパースプレッダー」の足取りを徹底的に追跡し、感染の広がりを把握しようとしています。メディアを通じてできる範囲で情報を開示して、「スーパースプレッダー」と接触した人の割り出しに全力を挙げています。

「腸チフスのメアリー」の悲劇

パレートの法則をご存知でしょうか。感染も20:80のルールに従っていると言われています。約2割の個人が感染の8割に関係しているそうです。過去の感染症で最も有名な「スーパースプレッダー」は「腸チフスのメアリー」でしょう。

アイルランド女性メアリー・マローン(1869~1938)は単身でニューヨークに移住。大富豪の住み込み料理人として働くようになりましたが、雇い主の家族ら51人が次々と腸チフスに感染。メアリーは保菌者であるという自覚がないまま感染を広げてしまう健康保菌者だったのです。

メアリーは死ぬまで自分が腸チフスに感染しているのに発症しない健康保菌者であることが信じられず、身の不運を嘆き続けました。病院に隔離されたまま生涯を閉じたメアリーの遺体は解剖され、胆嚢から腸チフス菌が検出されました。

「腸チフスのメアリー」は公衆衛生と人権を両立させる難しさを私たちに教えてくれます。「腸チフスのメアリー」は長期にわたって感染を広げましたが、コロナウイルスは1回の接触で多くの人に感染を広げてしまうようです。

MERSは1人の入院患者から82人に感染

新型コロナウイルスではイギリスの「スーパースプレッダー」のほか、武漢市の武漢大学中南医院で患者1人から10人以上の医療従事者へ感染した例が報告されています。

新型コロナウイルスが見つかるまで、人に感染することが知られているコロナウイルスは6種類しかありませんでした。うち4つは軽度の風邪を引き起こしますが、2002年以降、重度の重症急性呼吸器症候群(SARS)と中東呼吸器症候群(MERS)が出現しました。

英メディアによると、SARSでは治療に当たる病院が主要な感染経路になりました。最も感染を引き起こしやすい患者が多くの医療従事者と接触したからです。感染を確認する前に診察や治療を受ける救急救命部門のリスクが大きいとされています。

MERSでは1人の入院患者が82人の感染を引き起こしたケースが報告されています。韓国ではMERS感染の83.2%が5人の「スーパースプレッダー」から広がったそうです。

西アフリカで流行したエボラ出血熱では症例の大部分(61%)がほんのわずかな患者(3%)から感染していました。1つの葬儀から100人に感染していた例もあるそうです。

「スーパースプレッダーの特徴の公表は重要」

前出の矢吹内科医長は次のように指摘しています。

「スーパースプレッダーのリスク因子は明らかにはなっていないが、宿主・病原体・環境要因が関連しており、さらに宿主の行動が重要ではないかと推察されている」

「感染源として個人が特定されることは、プライバシーや人権の問題はあるが、流行拡大が起きないためにも、スーパースプレッダーの特徴を明らかにすることは重要」

英紙デーリー・テレグラフは「スーパースプレッダー」になる12の要因を挙げています。

(1)環境要因

頻繁に旅行する人、社交的な人。空調の良くないビル

(2)生物学的要因

特定の患者は大量のウイルスを生産する。発症するまでの期間が長い患者からの感染リスクは高まる。

(3)グローバル化

グローバル化で世界中の人々が旅行するようになるとパンデミック(世界的な大流行)を引き起こす可能性がある。SARSでは中国広東省で患者を治療した医師が感染を知らずに香港を訪れ、ホテルで15人に伝染させ、カナダ、ベトナム、シンガポール、台湾に広げた。

(4)通勤電車

地下鉄に長く乗っている人、混雑している乗換駅を利用する人が最も感染しやすい。日本の満員電車は避けた方が賢明かも。

(5)航空機の客室乗務員

フライトは感染の可能性がある。フライトで病気を広める可能性が最も高いのは乗客ではなく客室乗務員。客室乗務員1人から平均4.6人の乗客に感染する可能性が高い。

(6)社交的でフレンドリーな人

パーティーやパブをハシゴし、ハグや握手をよくする人は「スーパースプレッダー」になる恐れがある。感染者から2メートル以内に少なくとも15分いた人は濃厚接触者で感染するリスクが最も高い。

(7)クルーズ船

クルーズ船は感染の可能性がある。米疾病予防管理センター(CDC)によると、2019年に10のクルーズで食中毒が発生、その大半はノロウイルスだった。横浜に停泊中のクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス号」では新型コロナウイルスの集団感染が確認された。

(8)入院患者

武漢市の武漢大学中南医院では患者1人から10人以上の医療従事者への感染が確認された。

(9)掃除が嫌いな人

コロナウイルスのSARSやMERSはガラス、金属、プラスチックなどの表面で平均4~5日間、場合によっては最大9日間生存する。しかし漂白剤で簡単に殺せる。

(10)髪や顔をよく触る人

学生は1時間で平均23回も顔に触れている。一日中、髪をブラッシングしたり、顔を触ったりしている人は感染し、広めるリスクがある。

(11)無症候性キャリア

「腸チフスのメアリー」を突き止めたのは衛生士ジョージ・ソーパーだったが、メアリーは最初、検査に応じなかった。新型コロナウイルスの場合も感染者の足取りを丹念に追い、検査するしかない。

(12)子供

子供たちは、学校や保育園で互いに密接に接触して多くの時間を過ごすため、病気を広めやすい。

(おわり)