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最低賃金1500円は可能なのか 強欲資本主義を超える8原則 企業は利益を最大化する金儲け主義を脱せよ

木村正人在英国際ジャーナリスト
「時給1500円」は可能なのか(写真:アフロ)

資本主義は「第三の波」を生き延びられるか

[ロンドン発]「企業活動はおカネを稼ぐ単なるマシーンのままで許されるのか」――英名門オックスフォード大学のコリン・メイヤー教授は英学士院(ブリティッシュ・アカデミー)の新しい報告書「目的(Purpose)を持った企業活動の原則」の中でこう問いかけています。

有効需要を唱えたジョン・メイナード・ケインズ氏を批判したミルトン・フリードマン氏が著書『資本主義と自由』を発表したのは1962年。フリードマン氏のネオリベラリズム(新自由主義)はマーガレット・サッチャー英首相やロナルド・レーガン米大統領の構造改革の柱になりました。

1929年に始まった大恐慌を経て、経済理論は供給サイドからケインズ氏の需要サイドに軸足を移し、80年代、共産主義の破綻から再びフリードマン氏の供給サイドに揺り戻します。そして「ベルリンの壁」崩壊から30年、著しいグローバル化とデジタル化を遂げた資本主義と世界は大きな転換点を迎えています。

市場の競争原理だけを追い求めると、どうしても貧富の格差が大きくなってしまったり、環境が破壊されてしまったりするからです。市場は万能ではありません。市場の失敗は人間の手で是正しなければなりません。

自由貿易とグローバル化の旗手だったイギリスは地域的な経済統合モデルである欧州連合(EU)からの離脱に苦しみ、アメリカは保護主義と孤立主義に走るドナルド・トランプ大統領に振り回され続けています。メイヤー教授は、ケインズ氏とフリードマン氏に続いて「第三の波」を乗り越える答えを模索しています。

「英国の資本主義は世界の中でも最も極端な形の一つである。私たちはいま一度、社会における企業の役割を可及的速やかに再考しなければならない」――これがメイヤー教授の問題意識です。キーワードは「目的」です。まず報告書のポイントを押さえておきましょう。

報告書「目的を持った企業活動の原則」のポイント

(1)利益より目的を前に掲げる

・歴史的に見てテクノロジーが大きな影響力を持つようになった。そして信頼は失われ、企業活動への現在の規制は欠陥を抱えている。人類と地球に悪影響を与える活動も行われている。

・企業活動の目的は問題を引き起こすことによって利益を上げることではなく、人類の問題を解決し、地球を潤わすことだ。

・企業の目的は私たちが直面する課題を提起して、人々や組織、国家を助けることだ。

・今年、目的を持った企業活動が投資家や企業経営者のコミットメントによって、より主流になってきた。

・目的を持った企業活動は21世紀の地球的な課題を解決するために不可欠になる。

(2)目的を持った企業活動の8原則

会社法は、企業の中心に目的を据えるべきだ。

規制は、企業の責任者に公共の利益に関与し、忠誠を尽くし、注意を払う高い義務を期待すべきだ。

企業の所有者は、株主の義務を認識し、株主に利益とともに企業の目的を支援するよう働きかけるべきだ。

企業統治は、企業の目的と経営上の利益の整合性をとり、適切な取締役会を通じて、さまざまな利害関係者に対する説明責任を確立すべきだ。

評価は、企業が従業員、社会、自然資産に与える影響や投資に基づくべきだ。

業績は、企業の目的の達成、それらを達成するためのコストを差し引いた利益によって測られるべきだ。

資金調達は、目的達成のために企業に、より積極的で長期的な投資を認める形と時間の猶予を持って行われるべきだ。

投資は、企業の目的を達成する官民や非営利組織とのパートナーシップで行われるべきだ。

(3)変化へのエコシステム(生態系)

私たちが提案した目的を持った企業活動の原則は相互に関わっている。法制度の改革、企業活動や投資家、政府のリーダーシップ、フィードバックのサイクル、企業活動と利害関係者の新しいパートナーシップといった変化をもたらすには、利害関係者の関与と政府への世論の圧力が求められ、スキルと知識を更新していく必要がある。

「強欲」資本主義から「目的」資本主義に

雑誌Wedge(ウェッジ)11月号の依頼で「ポスト冷戦の世界史」についてビル・エモット英誌エコノミスト元編集長にインタビューした際、「資本主義と自由民主主義に基づく秩序の未来をどう見るか」と尋ねてみました。エモット氏はこう答えました。

「資本主義が生き残るのは間違いない。問題はどのように適応できるか。結局のところ企業は本質的に社会的実体であり、社会的創造物だ。そして企業は変化する環境、金融、政治、技術に適応できる。予測できないのは将来どのような種類の資本主義が支配的になるかだ」

企業活動の中心に目的を据えるためには、経済だけでなく政治、社会、法制度の柱に目的を据える必要があります。

4年前、気候変動によるコスト増は3億~4億ユーロ(360億~480億円)と公表した英蘭一般消費財メーカー、ユニリーバは世界のビジネスリーダーに温暖化対策に取り組むよう呼びかけてきました。英国での売れ筋ブランドのマーマイト(ビールの酵母を使った食品)やポット・ヌードル(カップ麺)も「当社の持続可能目標を満たさなければ売却する」と述べ、消費者を驚かせました。

温暖化対策や環境保護、格差や貧困の解消といった目的を掲げる企業活動はバリューチェーンにも影響を及ぼし始めています。

自発的に生活賃金を導入する企業は6000社

英国には百貨店チェーンのジョン・ルイスのように自発的に従業員株式所有制度を導入している企業は少なくなく、ロンドン証券取引所に上場する時価総額上位100社(FTSE100)の8割が従業員株式所有制度を取り入れています。従業員が所有するセクターが国内総生産(GDP)の4%を生み出しています。

12月12日に投票が行われる英総選挙では、労働者が最低限の生活を維持するために必要な生計費から算定した賃金である法定生活賃金が争点の一つになっています。最大野党・労働党は16歳からの時給10ポンド(約1400円)への引き上げを、保守党は21歳から10.5ポンド(約1470円)への引き上げを訴えています。

法定生活賃金は現在、25歳以上で8.21ポンド(約1150円)。最低賃金は21歳以上で7.7ポンド(約1080円)です。英民間団体「生活賃金財団」は、18歳以上の実質生活賃金は9.3ポンド(約1300円)、ロンドンは10.75ポンド(約1500円)と算定しています。

同財団の生活賃金を自主的に導入する雇用主は英国全体でFTSE100企業の3割超を含む6000社にのぼっています。日本政府や企業の皆さんは、格差是正や環境対策など「目的」を背骨にした資本主義に移行する準備はできていますか。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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