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中国マネーにのみ込まれる英国 ロンドンが“テムズの香港”になる!?

木村正人在英国際ジャーナリスト
ロンドンの金融街シティー(写真:ロイター/アフロ)

中国企業が英製鉄会社を約99億円で買収へ

[ロンドン発]英国の欧州連合(EU)からの「強硬離脱(ハードブレグジット)」を主導するボリス・ジョンソン首相の与党・保守党が総選挙(12月12日投票)の世論調査で最大野党・労働党を大きく引き離しています。

欧州経済との綻びが広がる中、英国では中国の存在感が一段と増しています。

中国の安価な鉄鋼に押され、さらにEU離脱による先行き不安の追い打ちで倒産した鉄鋼メーカー、ブリティッシュ・スチールが中国企業に買収される見通しが強まりました。またロンドン市場では中国人民元の取引も拡大しています。

中国の鋼材メーカー、敬業集団は原則としてブリティッシュ・スチールの買収に7000万ポンド(約98億7000万円)で応じる方向で交渉しているとBBC放送など英メディアが一斉に報じました。

5月以降、ブリティッシュ・スチールを運営してきた英政府は引き続きローン保証やその他の財政支援を実施するとみられています。

ブリティッシュ・スチールは2つの工場で直接4000人を雇っているだけでなく、サプライチェーンでさらに2万人の雇用を生み出しています。敬業集団は英中東部スカンソープ工場での生産を年250万トンから300万トン超に増やす計画ですが、コスト削減に迫られるかもしれません。

ブリティッシュ・スチールは、退役軍人支援・年金運用組織として設立されたトルコのオヤック財閥の子会社と交渉し、買収準備で同意していましたが、成約には至りませんでした。

安価な中国の鉄鋼輸出攻勢に対抗して、ドナルド・トランプ米大統領は中国やEUからの鉄鋼に25%の追加関税を発動しています。

急拡大する人民元取引

ロンドン市場の人民元取引を観測している四季報(11月11日発表)によると、今年第2四半期に1日平均850億ポンド(約11兆8600億円)の人民元が取引されました。前期比で8.8%増え、前年に比べると22.9%増加しました。その他の取引は次の通りです。

(1)ロンドン人民元債券市場

今年第2四半期、7つの点心債(オフショアの人民元建て債券)がロンドン証券取引所に上場。8月末時点で、102の点心債が上場している。266.7億人民元(約4145億円)に相当する規模に成長した。債券の表面利子率は平均4.33%。

(2)ロンドン人民元信用市場

今年第2四半期末で、人民元の預金額は605億人民元(約9400億円)に回復。前期比6.79%増。人民元ローンの残高は593.3億人民元(約9220億円)で、前期比22.7%増。

(3)ロンドン人民元決済

今年第2四半期の合計累積決済高は2.81兆人民元(約43兆6800億円)で、1日平均決済高は439.7億人民元(約6830億円)で、前期より18.4%も増加。8月末までに、累積総決済高は37.84兆人民元(約588兆円)に達した。

(4)中国と英国間の人民元クロスボーダー決済

今年8月末までに、中国と英国間の人民元クロスボーダー決済は前年比48%増の3770億人民元(約5兆8600億円)に達し、早くも昨年の3700億人民元(約5兆7500億円)を超えた。

(5)オフショアの人民元市場としての英国のランク

英国は引き続きオフショア市場では最大の人民元決済センターの座を維持。8月、英国での人民元為替取引は43.9%。

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“テムズのシンガポール”になるロンドン

ロンドンの金融街「シティー・オブ・ロンドン(シティー)」の行政責任者キャサリン・マクギネス氏は次のように話しました。

シティー・オブ・ロンドンの行政責任者マクギネス氏(右端、筆者撮影)
シティー・オブ・ロンドンの行政責任者マクギネス氏(右端、筆者撮影)

「不確実性が深刻化する中、ロンドンと英国のファンダメンタルズは引き続き強固だ。欧州のどの市場よりも多くの単一通貨ユーロを、インドのどこよりも多くのルピーを、ニューヨークよりも多くのドルを決済している。ロンドンは人民元取引の主要なハブにも成長した」

しかし英国がEUを離脱した後、「シンガポールのような規制緩和(テムズのシンガポール)」を目指すのではという懸念が強まっています。「テムズのシンガポール」とはロンドンの中心部を流れるテムズ川沿いにシンガポールのような規制緩和地区を設けるという意味です。筆者はマクギネス氏に質問してみました。

――EUは金融取引税のような厳しい規制を好むのに対し、ロンドンはEU離脱後に大胆な規制緩和を目指すとの見方もあるが

「離脱後もEUとの円滑な取引を可能にするため、金融街シティーでは規制撤廃を求める声は全く聞かない。規制を不明確にすると、高い代償を機関や消費者が支払うことになるという理解は広がっている。私たちは規制の整合性をとるため協力するモデルをEUとの間でつくり、多国間の自由で開かれた貿易を目指す」

――ロンドンは今後、どのように中国マネーを呼び込むのか

「中国は名目国内総生産(GDP)で世界第2の経済大国であり、2030年までにいくつかの推計で第1位になる。 世界に進出し、通貨を国際化し、金融サービス部門を開放するという中国の計画はパートナーとしてロンドンを優先し続けることを意味する」

「長期的には、特に人民元の国際化を通し、そしてある程度、習近平国家主席のインフラ経済圏構想“一帯一路”イニシアチブを通じて、中国が世界の舞台でより重要なプレーヤーになることを否定する人はほとんどいない」

北朝鮮の石炭密輸に使われる英国のペーパー会社

中国の海運会社が昨年から今年にかけ、国連決議で禁止された北朝鮮の石炭輸出に関わり、使用された6隻のうち4隻が英国法人に所有されていたことが英国王立防衛安全保障研究所(RUSI)のジェームズ・バーン氏らの調査で判明したばかりです。

中国の女性経営者マ・シィアホン被告(47)は英領バージン諸島から香港、英国にまたがる20社以上のフロント企業を使用して北朝鮮の違法な金融取引を隠そうとしたとして国際緊急経済権限法(IEEPA)違反などの罪で米司法省に起訴されています。

フロント企業として使われた英ウェールズの「ブルー・シー・ビジネス」は、住所も番地も表示されておらず、エレベーターのない集合住宅のようであり、他の多くの企業と同じ住所に設立登記されていました。

北朝鮮の石炭密輸に英国のペーパー会社が使われる理由はいくつもあります。

(1)英国の法人登記は簡単で安価。手続きは所有者や取締役が立ち会わなくてもオンラインで完了できる。取締役や株主は登記のため英国を訪問する必要はない

(2)世界中のあらゆる地域で銀行口座を開設でき、グローバルな金融ネットワークを使って国際送金がしやすくなる

(3)米国や国連の制裁が強化される中、米国の同盟国である英国のフロント企業を使えば制裁の網をくぐり抜けて、さまざまなサービスを受けやすくなる

英国経済を下支えしてきた北海油田は枯渇し始め、日系企業のおかげで英国最大の輸出品になった自動車の生産台数はEU離脱の不確実性に直撃されて激減しています。

英国はEU離脱でEUとの貿易や投資が減り、その穴を埋めるため、中国マネーへの依存をますます強めていくでしょう。ロンドンは「テムズのシンガポール」どころか「テムズの香港」になってしまう懸念が大きくくすぶっています。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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