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中国の美人経営者も暗躍 北朝鮮の石炭密輸に使われる英国のフロント企業 EU離脱後の規制撤廃に重大懸念

木村正人在英国際ジャーナリスト
北朝鮮西岸の南浦港の石炭バースに停泊する貨物船(提供:Department of Justice/ロイター/アフロ)

[ロンドン発]中国の海運会社「威海世航海運有限公司」などが昨年から今年にかけ、国連決議で禁止された北朝鮮の石炭輸出に関わり、使用された6隻のうち4隻が英国法人に所有されていたことが英国王立防衛安全保障研究所(RUSI)のジェームズ・バーン氏らの調査で分かりました。

RUSIの報告書より抜粋
RUSIの報告書より抜粋

赤いアンダーラインを引いたのが英国法人に所有されている4隻です。

このうち1隻のラッキースター号という船を所有する英国の有限会社オールウェイズ・スムースが登記していた東ロンドンの同じビルには7300社以上が登記していました。同社の責任者はヤンゴンのホステルを連絡先にしたミャンマー人で、ペーパー会社とみられます。

グローバルな経済活動を展開する英国法人が国家犯罪や組織犯罪のフロント企業として使われている実態が浮き彫りになっています。北朝鮮は国連や米国の制裁が強化される中、英国法人を使うことで監視の目を逃れようとしているようです。

英国が欧州連合(EU)を離脱したあと、無節操な規制緩和が進み、こうした違法行為がさらに野放しになることを危ぶむ声が上がっています。

RUSIの報告書「英国の会社を使った北朝鮮の石炭密輸ネットワーク」によると、ラッキースター号は今年1月30日、北朝鮮西岸の南浦港に停泊しているところを衛星写真でとらえられました。

昨年9月にはベトナム北部のカムファから3キロ沖で正体不明の船舶2隻と洋上で船から船へ船荷を積み替える「瀬取り」を行っていました。その1カ月後、ラッキースター号は北朝鮮に戻り、南浦港上流のバースで石炭を積んでいました。

バーン氏は船名、位置、針路、速力を発信する自動船舶識別装置(AIS)や衛星写真などオープンソースのデータを使ってラッキースター号の動きを追跡しました。

【2019年1月30日】南浦港の石炭バース。AISトランスポンダーをオフにする。衛星写真で確認

【2月5日】南浦港から黄海を横断して山東半島の最東端、栄成湾に到着したとたんAISトランスポンダーをオンにする

【2月】ロシアに向かって航海。ロシアの港には入らず、ナホトカ沖40キロの洋上で停泊

【2月】瀬取りしているのを探知されないように再びAISトランスポンダーをオフにする

【3月25日】韓国沖80キロで1カ月ぶりに位置を確認。東シナ海に向かう。広東省と海南島との間にある海峡を通過する時、再びAISトランスポンダーをオフにする

北朝鮮の石炭輸出が禁止された2017年以降もラッキースター号のように外国企業が所有する船による石炭の密輸は続いています。特に、北朝鮮の密輸ネットワークに英国法人所有の船が使われる理由はいくつかあります。

(1)英国法人が所有する船舶は金融機関や海事サービス提供会社のチェックを受ける可能性が少なくなる

(2)逆に英国に拠点を置く保険会社や船級協会、船籍登録のサービスを受けやすくなる

(3)世界中のさまざまな地域で銀行口座を開設でき、グローバルな金融ネットワークを使って国際送金がしやすくなる

(4)北朝鮮の核・ミサイル開発に絡む資材調達や密売に利用できる可能性がある

(5)米国の金融制裁が強化される中、米国の同盟国である英国の法人を使えば制裁の網をくぐり抜けやすくなる

(6)英国の法人登記は迅速で安価。手続きは所有者や取締役が立ち会わなくてもオンラインで完了できる。毎年の報告はオンラインで提出し、電子的に署名できる。取締役や株主は英国を訪問することなく、登記を完了することができる

北朝鮮の石炭による収入について、米国は年間で最大10億ドル(約1100億円)にのぼると推定しています。北朝鮮の石炭産業は大量破壊兵器プログラム、北朝鮮人民解放軍、情報機関だけでなく、強制収容所にも関連しています。

石炭やその他の天然資源の採掘に使われる労働力は刑務所や強制労働収容所に投獄された人々や「出身成分」で疎外された集団だという報告もあります。中国山東省が石炭輸出の主な目的地で、2014年には北朝鮮の無煙炭の輸出は44.6%が山東省向けでした。

中国に拠点を置く企業は北朝鮮に直接支払うのではなく、支払先をアジアに拠点を置くフロント企業、休眠会社、ペーパー会社、海運・貿易企業向けの階層化された複雑なスキームに分散しています。

こうした会社の多くは香港や、英領ヴァージン諸島、マーシャル諸島、セーシェル諸島で登記されています。ペーパー会社は国連制裁の網の目をくぐり抜けるため、北朝鮮の国際送金の隠れミノに使われています。

北朝鮮の石炭密輸を発表するバーン氏(筆者撮影)
北朝鮮の石炭密輸を発表するバーン氏(筆者撮影)

上の写真に写っている中国人美女はマ・シィアホン被告(47)で北朝鮮貿易で稼いでいます。国連や米国の制裁を逃れるため英国の会社を使って石炭や軍事転用できる民生品を貿易していました。

米司法省はマ被告ら4人と彼女の会社について今年6月「20社以上のフロント企業を使って北朝鮮の違法な金融取引を隠そうとした」として国際緊急経済権限法(IEEPA)違反などの罪で起訴しています。バーン氏は筆者の取材にこう話しました。

「北朝鮮の石炭密輸の正確な数字は分からない。はっきりしているのは今もネットワークが存在し、石炭や石油の密輸が続けられていることだ。しかし石炭密輸が難しくなっていることは、北朝鮮の手口が複雑かつ巧妙になっていることからうかがえる。石炭密輸が中国を経由して行われていることが明らかになっている。中国当局は、何が起きているのかを把握し、時に目をつぶっている」

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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