「日本から持ち込まれたイタドリ」と呼ばれたメイ英首相が6月7日辞任 しかし本当のイタドリは別にいる

辞任を表明し、悔し涙を浮かべるメイ首相(写真:ロイター/アフロ)

あのシーボルトが日本から欧州に持ち帰る

[ロンドン発]底意地の悪い英メディアから「イタドリ(Japanese knotweed)首相」と命名されたテリーザ・メイ英首相が24日午前10時(同日午後6時)、首相官邸前で欧州連合(EU)離脱交渉を混迷させた責任を取り、6月7日に保守党党首を辞任すると発表しました。

メイ首相は「下院の同意を得るため最善を尽くした。しかし3度、下院で否決された。この国にとって首相が代わることが良いと判断した。私は英国史上2人目の女性首相になったが、これが最後ではない。私の愛する国に仕える機会を得て幸せだった」と話しました。

最後は泣き顔になり、涙をこぼしました。

この日、保守党議員委員会(通称・1922 年委員会)のグラハム・ブレイディ委員長と会談。ドナルド・トランプ米大統領の公式訪問(6月3~5日)が終わった後の同月10日から保守党の党首選が始まるとみられています。

しかし「イタドリ首相」と呼ばれるメイ首相が取り除かれたからと言ってEU離脱交渉を巡る困難な状況は何一つ変わりません。

「イタドリ」はタデ科の多年生草木で、日本各地に広く分布している代表的な山菜。日当たりの良い場所に生育する生命力の強い植物です。欧州には19世紀半ば、ドイツ生まれの医師で博物学者フィリップ・フランツ・フォン・シーボルト(1796~1866年)によって持ち込まれました。

日本の教科書にも出てくるシーボルトは1823年、長崎オランダ商館の医師として来日し、伊東玄朴、高野長英ら数十人に西洋医学を教えました。帰国する際、日本地図など日本に関する資料を持ち帰ろうとして多くの幕吏や門下生とともに処罰されました(シーボルト事件)。

シーボルトはイタドリを火山のそばで見つけたそうです。オランダでは1847年「最も面白い、新種の観賞用植物」に選ばれ、3年後、英国のキューガーデン(ユネスコ世界遺産)はシーボルトから送られてきたイタドリを含む、さまざまな植物を受け取ります。

イタドリは水路を通じ、また建設や道路をつくる土砂の移動で英国中に広がります。日本では「ごんぱち」「すかんぽ」「すっぽん」とも呼ばれ、春先に出てくる若芽を佃煮や和え物にして食べるイタドリは英国では今や、最も忌み嫌われる植物の代名詞です。

イタドリが英国で嫌われる理由とは

日本では気候や土壌がイタドリの繁殖を抑えるのですが、英国では毎日20センチメートルの猛スピードで成長。根の深さは3メートルに及び、コンクリートや道路の舗装に亀裂を入れながら広がっていきます。

自宅の床を突き破るほど繁殖力が強いため、イタドリが発見された住宅は価格が半分近くに暴落します。イタドリによる損害は英国全体で1億6600万ポンド(約230億円)に達するとイタドリ専門家サイトは伝えています。

近所の裏庭でイタドリとよく似た植物が発見されたため、筆者が暮らす自宅にも住宅供給公社の駆除係の人が飛んできて裏庭を入念にチェックしたことがあります。自宅の持ち主である妻で相棒の史さんも「イタドリが生えていたら大変だ!大変だ!」と血相を変えて、走り回っていました。

イタドリが発見されると駆除するのに化学薬品を使っても5年はかかるそうです。

メイ首相が英国で嫌われ者の代名詞になっている「イタドリ」と呼ばれる理由は、しぶとい(下院で自分とEUの離脱合意が3度も否決されてもなかなか辞めない)、保守党だけでなく英国に大損害を与えているからです。

英紙タイムズのサム・コアテス政治副編集長は「ブレグジット(英国のEU離脱)の忌々しさはもうすぐ終わる」と題したコラムの中で「彼女は首相の座にしがみつくだろう。それこそ彼女が『イタドリ首相』と呼ばれる理由なのだが、その根っこはあなたが思っているより深い」と記しています。

それにしても、頼んで持ち帰ってもらったわけでもないのに「日本から来たイタドリ(Japanese knotweed)」と呼んで忌み嫌う英国人の身勝手さ、深層心理の中にある日本嫌いが浮かび上がってきます。

本当のイタドリは誰?

しかし筆者から見ると本当のイタドリは別にいます。EUと絶交して離脱する「合意なき離脱」になっても市民生活や企業活動が混乱するのは一時的なことで、英国経済は歴史が証明するようにこれまで以上に繁栄するという幻想を撒き散らす主権主義者の強硬離脱派たちです。

これだけグローバリゼーションが進んだ時代に戦争が国のかたちをつくった時代のような完全無欠な主権など存在しません。国際機関に加盟したり、条約を結んだりすることによって主権は何らかの制約を受ける一方で、国際協調によって主権を増幅する仕組みが取り入れられました。

その代表選手がEUです。国境をまたぐ気候変動や伝染病、食糧危機、難民、核拡散防止は一国だけでは立ち向かえません。

英国がEUから離脱するのは英国の有権者の判断ですが、離脱するにしても3年前の国民投票で残留に票を投じたスコットランドや北アイルランドに配慮する必要があります。

さらに英国に進出する外資系企業や国際社会に迷惑をかけないよう穏便にやるべきです。

日本の自動車メーカー、ホンダや北アイルランドに進出するカナダの航空機メーカー、ボンバルディアが英国撤退を決断。日産も英国での多目的スポーツ車(SUV)エクストレイル生産計画を取りやめました。製鉄メーカー、ブリティッシュ・スチールは経営難で政府援助を求めました。

すべてEU離脱交渉の難航が原因です。それでも「合意なき離脱」を強行すれば英国経済は夢のように良くなるという強硬離脱派のディストピアン・ファンタジーは筆者の目からすれば正気の沙汰とは思えません。

迷走する英国、独走するブレグジット党

23日、英国では欧州議会選の投票が行われました。首位を独走するのが英国のEU離脱を主導した英国独立党(UKIP)元党首ナイジェル・ファラージ氏率いる新党「ブレグジット党」です。事前の世論調査では最高38%の支持率を記録するほどの人気です。

欧米で勃興するポピュリズムを研究する英ケント大学のマシュー・グッドウィン教授はシンクタンクのイベントでこんな見方を示しました。

「欧州議会選で与党・保守党と最大野党・労働党の二大政党の得票率は史上最低の計33~36%にとどまる恐れがある」

「メイ首相は、(1956年のスエズ危機に介入し、米国と対立して撤退を余儀なくされた)アンソニー・イーデン首相(1897~1977年)を上回る史上最悪の首相として名を残すことになるだろう」

「ブレグジット党にはこれまで保守党を支持してきた富裕層からの大口寄付が相次いでいる。もしブレグジット党が次の総選挙で15%の票を得れば保守党は57選挙区で議席を失う。20%になれば保守党は77選挙区で議席を失うだろう」

「ブレグジット党の台頭で労働党のジェレミー・コービン党首が首相になり、英国史上最も左寄りの政権が誕生する可能性が膨らむ。(次の首相を目指す)ボリス・ジョンソン前外相ら保守党の大物議員は続々と落選の憂き目にあう恐れすらある」

保守党が生き残ろうと思ったら「合意なき離脱」に舵を切らざるを得ません。英国がEUを離脱する場合、良くて、混乱をできるだけ少なくするかたちで世界貿易機関(WTO)のルールに基づく貿易取引に移行することになるでしょう。

このシナリオではスコットランドと北アイルランドがいずれ英国から離脱する恐れが出てきます。

メイ首相の大罪

メイ首相のEU離脱交渉には問題があり過ぎました。いったい誰に相談して決めているのだろう、と首を傾げ続けた3年近くでした。英世論調査会社ORBによると、今月、メイ政権のEU離脱交渉を支持するのはわずか8%にまで低下、不支持は92%にのぼっています。

英世論調査会社ORBの調査より
英世論調査会社ORBの調査より

離脱交渉が暗礁に乗り上げたメイ首相は保守党の強硬離脱派、北アイルランドの地域政党・民主統一党(DUP)に続き、与野党協議を続けていた労働党にまで見放されました。

「断末魔」と化したメイ首相はEUとの離脱合意が下院で承認されることを条件に、その合意を国民投票にかけるかどうかを下院にかける10ポイントプランを発表しました。これに強硬離脱派は完全に切れてしまいました。

強硬離脱派のアンドレア・レッドサム下院院内総務が辞任。抜き打ち解散・総選挙で過半数割れを喫してからの2年間で、辞任した閣僚や閣外担当相らは実に計50人。このうちEU離脱交渉が原因になったのは34人という惨状です。

これまでの繰り返しになりますが、メイ首相が犯した過ちについて振り返っておきましょう。

(1)内相時代、現在、英国側のEU離脱首席交渉官を務めるオリバー・ロビンズ氏を異例の第2事務次官として招くも移民の純増数を年間10万人以下に抑える目標を達成できず、EU離脱の主因をつくる

(2)2016年6月に実施されたEU残留・離脱の国民投票では、デービッド・キャメロン首相(当時)が主導する残留派に与しながら、何もしなかった

(3)「英国がEUから離脱したら、北アイルランドとアイルランド間の国境は復活する」と無責任発言。後に撤回

(4)16年7月に首相に就任すると「ブレグジットと言ったらブレグジットよ(Brexit means Brexit)」「赤・白・青(英国旗ユニオンジャックの3色)のブレグジットを目指すべきよ(a red, white and blue Brexit)」という名言(迷言)を連発した

(5)17年1月、「悪い合意ならない方がマシ(no deal is better than a bad deal)」と演説。「合意なき離脱」をあおる

(6)17年3月29日、EU離脱のグランドデザインがないまま、強硬離脱派に突き上げられて離脱手続きの開始をEU側に通告(EU基本条約50条の発動)

(7)17年6月、デービッド・デービスEU離脱担当相らの進言で、絶対にしないと繰り返していた解散・総選挙に打って出る。事前の予想は地滑り的大勝だったにもかかわらず、「死に馬」のコービン党首に蹴られて、よもやの過半数割れ

(8)17年12月、交渉最大のトゲとなるアイルランド国境のバックストップについて深く考えずにEU側と基本合意。DUPに閣外協力を得る少数政権なのに単独政権のように振る舞い続ける

(9)18年7月、首相の公式別荘チェッカーズで離脱後もEUと共通のルールをつくる離脱案をまとめ、デービスEU離脱担当相やジョンソン外相の辞任を招く。メイ首相の秘密主義に反発強まる

(10)18年11月、英下院で過半数を形成できる見通しがないまま、EUと離脱協定書と政治宣言を交わす。ドミニク・ラーブEU離脱担当相、エスター・マクベイ雇用・年金相ら4人が辞任

(11)過半数を獲得できる見通しが立たないまま、採決の先送りを続け、時間を浪費。1度目は史上最悪の230票差、2度目もワースト4の149票差という歴史的な大差で敗北を喫したにもかかわらず、自分の離脱合意にこだわり続ける

(12)3月20日夜、テレビ演説で議会に責任転嫁して下院議員ばかりか有権者の反発を招く

(13)英下院の答弁で108回も「英国は3月29日午後11時にEUを離脱する」と繰り返すも、ギリギリになって撤回

(14)3月29日、保守党内の強硬離脱派とDUPに見放されて3度目の採決も58票差で否決されたにもかかわらず首相の座に居座る

(15)「水と油」の労働党・コービン党首に抱きつくも、4度目の採決後に辞任する方針が明らかになり突き放される

メイ首相の内相時代に仕えた官僚の1人は以前から筆者に次のような見方を示していました。

「メイ首相はリスクを取ることを避け、ネガティブな報道や批判を嫌い、内務省の官僚や彼女のインナーサークル以外の人を十分に信頼しないという3つの特徴がありました。このため、メイ首相は決断を避けるか、決断したとしても極めてまずいものになってしまいます」

「今回も最初からメイ首相は小さなグループだけからアドバイスを得ていたのでしょう。経験豊富な官僚を排除し、その代わり内務省時代に一緒に働いたロビンズ氏を登用しました。彼女は秘密主義で、決断をするのに時間がかかり、自分に同意できない人を遠ざけようとします」

「メイ首相はどんどん間違った方向に突き進み、その中に閉じこもってしまいます。その結果、決して機能することのない計画に行き着いてしまい、最後まで執着するのです」。それが英国のEU離脱交渉をここまで迷走させた大きな原因の一つであることは間違いありません。

(おわり)

参考:「イタドリ 意外と知られていない昔から愛されている日本の代表的な山菜」(和歌山県)