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中国と同性婚、中絶を巡るバチカンの内紛に手を突っ込む「極右の教祖」祭政一致を目論む

木村正人在英国際ジャーナリスト
極右養成校に反対する市民パレード(Comunita SolidaliのFBより)

極右養成校に広がる抗議活動

[イタリア中部フロジノネ、コッレパルド村発]ドナルド・トランプ米大統領の元首席戦略官兼上級顧問、スティーブ・バノン氏(65)がイタリア中部コッレパルド村にあるカトリック修道院で計画しているオルト・ライト(オルタナ右翼)のエリート養成校。

地元では昨年12月と今年3月、コッレパルド村から修道院まで約6.4キロの山道を歩く抗議パレードが行われました。参加者はフロジノネやコッレパルド村の住民のほか、NPO(非営利団体)、市民運動のメンバーらで、規模は300人から400人に増えました。

極右養成校に反対して署名活動を展開したファトラッチ氏(左)とカポーニャ氏(筆者撮影)
極右養成校に反対して署名活動を展開したファトラッチ氏(左)とカポーニャ氏(筆者撮影)

フロジノネの役所で働く公務員アレサンドロ・ファトラッチ氏(59)とジャンマルコ・カポーニャ氏(29)に話を聞きました。オルト・ライト養成校計画の白紙撤回を求める署名運動を展開しているファトラッチ氏はこう語ります。

「オンラインの署名サイトで呼びかけたら、アッという間に1000人の署名が集まりました。実際に署名活動を始めたら、さらに1000人が署名してくれました」

先のエントリーで、国家遺産に指定されているコッレパルド村にある修道院の起源は987年。20年前には20人いた修道士は1~2人しかいなくなり、イタリア政府も欧州債務危機で緊縮財政を強いられました。維持・管理のためのヒトとカネが底をついてしまったのです。

伊文化財・文化活動省は昨年2月、バノン氏と深い関係を持つ新興の宗教団体「ディグニタティス・ヒューマナエ・インスティテュート(DHI)」に年10万ユーロ(約1232万円)で19年間貸与することにしたのが問題の始まりです。

DHIの創設者ベンジャミン・ハーンウェル氏(修道院で筆者撮影)
DHIの創設者ベンジャミン・ハーンウェル氏(修道院で筆者撮影)

同性婚と中絶、中国を巡るバチカンの内紛

ファトラッチ氏は続けます。「バチカン(ローマ法王庁)の内部も同性愛や同性婚、中絶やコンドーム(避妊具)を使ったセックスを巡って改革派と保守派が激しく対立しています。2014年ごろから宗教論争が激化したように感じます」

「そして国家の垣根を越えて欧州の統合を進める欧州連合(EU)と国民国家を重視する主権主義が対立するようになりました。こうした宗教界と世俗の対立がイタリアの市民社会にも影を落としています」

イタリアでは戦後、キリスト教民主党が大きな役割を果たします。冷戦下、左翼政党が伸長する中、カトリック教会の支持を受け、連立を組みながらほぼ一貫して政権を維持しました。

しかし日本の自民党と同じように長期政権は汚職と腐敗にまみれ、冷戦崩壊後の1990年代初めの大疑獄タンジェントポリをきっかけに崩壊してしまいます。

その代わりに登場したのが、後に性的スキャンダルが次々と明るみに出るシルビオ・ベルルスコーニ元首相の「フォルツァ(頑張れ)・イタリア」です。

ローマ法王フランシスコは欧州難民危機の際、難民受け入れを呼びかけました。そして共産主義独裁下、宗教的権威の拡大を怖れてキリスト教を弾圧してきた中国に対して宥和(ゆうわ=対立を避けて妥協すること)的なアプローチをとっています。

強烈な反中派で鳴らすバノン氏はローマ法王フランシスコを攻撃対象にして、イタリアの市民社会に対立軸を生み出そうとしているとファトラッチ氏らオルト・ライト養成校に反対する団体「連帯コミュニティー(Comunita Solidali)」は見ています。

「私たちは歴史の分岐点に立たされている」

「これはフロジノネやコッレパルド村で起きている小さな問題にとどまりません。米国ではドナルド・トランプ大統領が誕生し、英国ではEU離脱が選択されました。そしてブラジルでは極右のジャイール・ボルソナーロ大統領が当選しました」

「私たちは歴史の分岐点に立たされています。グローバリゼーションvs主権主義、EUvs国民国家というプロパガンダのフォーマットが出来上がっています。彼らは、知らない物を怖れるという人間の本能に働きかけているのです」とファトラッチ氏は語気を強めます。

人口わずか986人のコッレパルド村(筆者撮影)
人口わずか986人のコッレパルド村(筆者撮影)

修道院に近い人口986人のコッレパルド村はノルチャからモンテ=カッシーノを巡礼する途中にあり、巡礼者が多く訪れます。最近はオルト・ライト養成校計画で欧米のジャーナリストでも賑わうようになりました。

コッレパルド村でB&B(ベッド・アンド・ブレックファスト=宿泊所)を営む女性は「最初は反対だったけれども、養成校計画のおかげで地元にも少しはおカネが落ちるようになった」と複雑な表情を浮かべました。

筆者の取材に応じる地元住民。左からグランデ氏、リベラトリ氏(巡礼者に撮影してもらう)
筆者の取材に応じる地元住民。左からグランデ氏、リベラトリ氏(巡礼者に撮影してもらう)

由緒ある修道院もDHIとバノン氏がいなければ存続できるかどうかも分からないからです。コッレパルド村役場で働くマウリッツオ・グランデ氏(63)と建築家ジオルジオ・リベラトリ氏(47)は1回目の抗議パレードに参加しました。

2人は「DHIは修道院の歴史を尊重しなければなりません。この村を訪れる旅行者が増えるのは有り難いことですが、DHIもバノン氏も修道院の歴史的なヘリテージ(遺産)を政治的に利用しようとしています」と口をそろえます。

「何よりDHIは修道院の賃貸料10万ユーロを支払っていないと聞いています。一体どうなっているのか。政府が調査を始めており、今はその結果を待っています」

 

伊文化財・文化活動省の幹部が「アカデミー(養成校)は条件に一致しない」と発言し、最大野党・民主党も文化財・文化活動相に計画を中止するよう書簡を送っています。

しかし、イタリアで人気が沸騰している同盟書記長マッテオ・サルビーニ副首相兼内相は、バノン氏がブリュッセルに拠点を構える「ムーブメント財団」の主要メンバー。5月26日投票の欧州議会選で同盟の支持率は30%を突破、首位を独走中です。

(つづく)

グーグルマイマップで筆者作成
グーグルマイマップで筆者作成

参考:「白い暗黒」広げるバノン氏の極右エリート養成校はイタリア山中の修道院にあった

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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