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「白い暗黒」広げるバノン氏の極右エリート養成校はイタリア山中の修道院にあった

木村正人在英国際ジャーナリスト
バノン氏(左)とDHI創設者ハーンウェル氏(C)Edward Pentin

修道院の起源は西暦987年

[イタリア中部コッレパルド村発]ドナルド・トランプ米大統領の元首席戦略官兼上級顧問にして「白い暗黒」を世界に広げるオルト・ライト(オルタナ右翼)の代理人。そしてブラジルのジャイール・ボルソナーロ大統領の「陰の参謀」とも言われるスティーブ・バノン氏(65)が欧州で暗躍しています。

5月23~26日に迫る欧州議会選で「次なるトランプ」を誕生させる足場を築くためです。イタリアのローマ・テルミニ駅から南へ列車で1時間半足らずのフロジノネ駅へ、そして車で45分ほどエルニチ山中に入ったコッレパルド村にあるカトリックの修道院を訪れました。

コッレパルド村にあるカトリックの修道院(筆者撮影)
コッレパルド村にあるカトリックの修道院(筆者撮影)

ローマは少し歩くだけで汗ばむほど暑かったのに、コッレパルド村はひんやりしていて夜中は寒いほどです。

海抜825メートルの山腹にある修道院をバノン氏はオルト・ライトのエリート養成校にしようと計画しています。コッレパルド村の人口はわずか986人。この村から往復4時間かけてローマに通勤する人も少なくないそうです。

修道院の起源は987年に逆上ります。現在の施設は1204年ローマ法王インノケンティウス3世(1161~1216年)ゆかりの地に建てられました。1873年にはイタリアの国家遺産にも指定された修道院は存続の危機に瀕します。

修道院の中の礼拝所。維持・管理費に相当かかりそうだ(筆者撮影)
修道院の中の礼拝所。維持・管理費に相当かかりそうだ(筆者撮影)

20年前には20人いた修道士は1~2人しかいなくなり、維持・管理の資金がついに底をついたのです。

修道院の賃料は年1232万円

第二次大戦末期、コッレパルド村一帯はドイツ軍と連合国軍との戦場と化し、多くのイタリア人が修道院に身を寄せました。戦争の最中でもローマ・カトリックの権威と自治は維持されていたのです。

コッレパルド村の中心部から5キロメートル近く離れた修道院の中には礼拝所がいくつもあり、薬草を処方する薬局も残っています。蔵書3万8000冊、教会関係の3万5000文書が保存されています。

修道院の薬局。戸棚には調合薬があった(筆者撮影)
修道院の薬局。戸棚には調合薬があった(筆者撮影)

荘厳な宗教画や彫刻が至る所に施され、英国風の庭園もあり、往時の栄華をしのばせます。しかし、イタリア政府も欧州債務危機で緊縮財政を余儀なくされ、修道院への補助金を全面的にカットしなければならなくなりました。

修道院の中にあった英国風の庭園(筆者撮影)
修道院の中にあった英国風の庭園(筆者撮影)

そこで伊文化財・文化活動省は昨年2月、バノン氏とつながる新興の宗教団体「ディグニタティス・ヒューマナエ・インスティテュート(DHI)」に年10万ユーロ(約1232万円)で19年間貸与することにしたのです。

「バノン氏は天才。映像記憶の持ち主」

DHIの創設者ベンジャミン・ハーンウェル氏(43)が筆者のインタービューに応じました。つい最近、修道院を訪れたバノン氏についてこう称賛します。

筆者の取材に応じたDHI創設者ハーンウェル氏(筆者撮影)
筆者の取材に応じたDHI創設者ハーンウェル氏(筆者撮影)

「彼は天才だ。非常にたくさんの本を読んでいて、フォトグラフィック・メモリー(映像記憶)の持ち主だ」「スポンジのようにすべてを吸収し、自分独自の考えに昇華させてしまう」

「2016年の米大統領選では、中道左派の民主党候補ヒラリー・クリントン氏はトランプ大統領に左と右という水平軸の戦いを挑んだ。しかしバノン氏はノンエリートとエリートという垂直軸で戦おうという戦略だった」

ハーンウェル氏は17年5月、米ホワイトハウスの執務室にバノン氏を訪ねています。

バノン氏のオルト・ライト養成校の計画が持ち上がってから毎日のように欧米のジャーナリストが修道院を訪れるようになりました。「この半年間、何百人のメディアがやって来た」。ハーンウェル氏は礼拝所に入る前と聖母マリアの壁画の前で合わせて二度、深く跪きました。

ハーンウェル氏の家庭がカトリックだったわけではありません。大学卒業後、英保守党のニルジ・ディーバ欧州議会議員のスタッフとして働き、最後は参謀長まで上り詰めました。保守党を辞めたのは「自分の思想信条と合わなくなってきたから」です。

養成校への問い合わせは1000人以上

オルト・ライトのエリート養成校についてハーンウェル氏は「今秋には開校したい。すでに1000人以上から電子メールで問い合わせがあるが、最終的には1年コースで250~350人の受講生を予定している。最初は50人程度の勉強会から始めたい」と話しました。

オルト・ライト養成校の教室(筆者撮影)
オルト・ライト養成校の教室(筆者撮影)

カリキュラムは哲学から宗教学、歴史、経済学まで多岐にわたり、学費は検討中だと言います。

ハーンウェル氏はローマ法王フランシスコについて「彼は政治的過ぎる」と難民受け入れや司教の任命権問題で中国に歩み寄ったことを厳しく批判しました。ローマ・カトリックも今、改革を進めるフランシスコ派と中絶・同性婚反対にこだわる保守派の真っ二つに分かれています。

宗教保守のHDIはユダヤ教とキリスト教に共通の信条や教義を認める「ユダヤ=キリスト教」を掲げ、西洋文明を強調しています。

グーグルの歴史的なデータでは「ユダヤ=キリスト教」という言葉は1800~1935年まで全く見当たりません。しかし1935~51年と1962~2000年に使われるようになり、1942年と1992年にピークを迎えます。2000年以降、再び使われる頻度が上昇しています。

衰退する西洋の反撃

バノン氏もカトリックとして知られています。トランプ大統領とは袂(たもと)を分かったバノン氏が「大統領就任1年目の最も重要なスピーチ」として引用したのが次の一節です。

「我々の時代における根源的な問いは、西洋が生き残る意思を持っているか否かだ。我々は、いかなる代償を払っても西洋の価値を守り抜く決意を持っているのか」

「我々は、国民のために国境を守るという十分な敬意を払っているのか。西洋文明を覆し、破壊しようとする者たちに立ち向かい、それを維持する欲望と勇気を我々は持っているのか」

「衰退する西洋の反撃」とも言うべきバノン氏の思想は「高度経済成長を遂げた中国が大量の白人労働者を失業に追い込んだ」「ムスリムが西洋の文化と伝統を破壊する」という排外主義の危険性を孕(はら)んでいます。

ブリュッセルの「ムーブメント財団」

バノン氏が欧州連合(EU)本部のあるブリュッセルに拠点を構える「ムーブメント財団」にはベルギーのミシャエル・モドリカメン人民党党首、イタリアの同盟書記長マッテオ・サルビーニ副首相兼内相が参加しています。

世論調査や討論会、データから選挙戦略を立てるデータ・ターゲティングを行い、右派のEU懐疑派勢力を支援する計画です。

欧州ではフランスの国民連合(旧国民戦線)、スペインの新興政党「VOX(ボックス)」、難民を「ムスリム(イスラム教徒)の侵略者だ」と呼ぶハンガリーのオルバン・ビクトル首相、極右政党「ドイツのための選択肢」など反グローバリゼーション勢力が拡大しています。

EUや多国籍企業などグローバリゼーションの提唱者に対する大衆の一斉蜂起を呼びかけるハーンウェル氏は「バナナイト(バノン氏が推進する)・パラダイムが起きている。我々は異なるスピードで、緩やかなコンボイ(護送船団)方式の連合を目指している」と力を込めました。

(つづく)

グーグルマイマップで筆者作成
グーグルマイマップで筆者作成
在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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