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「右と左の政治はもう古い」11人の侍が目指す英国の中道革命「英国のトランプ」激ヤセの理由とは

木村正人在英国際ジャーナリスト
結集した11人は英国政治に風穴を開けられるか(写真:ロイター/アフロ)

総選挙に向け態勢立て直し

[ロンドン発]英国の欧州連合(EU)離脱交渉がいよいよ大詰めを迎える中、英政界の再編が急ピッチで進んでいます。

離脱後にEUと「モノ」の自由貿易圏を築きたいテリーザ・メイ英首相にとって最大の難関は下院です。その下院にかけられた修正動議の採決で残留派の敗北が明らかになり、総選挙に向け残留派が態勢を立て直しています。

交渉の状況をおさらいしておきましょう。

メイ首相の離脱合意に対する修正動議で、離脱後に英・北アイルランドとアイルランド間に「目に見える国境(ハードボーダー)」を復活させないバックストップ(安全策)の代替策についてEU側の譲歩を引き出し、合意に基づいて離脱する方向性が固まっています。

英下院の多数は以下の点で一致しています。

・英国を永遠にEUの関税同盟に繋ぎ止める恐れのあるバックストップがあくまで「過渡的な措置」という法的保証をEUから取り付ける

・人の自由移動を終結させる。移民の受け入れはEUという地域ではなく、技能労働者向けの5年間有効のビザ(査証)の発給には最低3万ポンド(約445万円)の年収があることを条件にする

・EUの単一市場(関税同盟を含む)から離脱して成長力のある米国やインド、アジア太平洋と自由貿易協定(FTA)を独自に結べるようにする

・英国本土と北アイルランドの一体性を損なわない

・できるだけ速やかにEUから離脱する

・離脱後にEUへの拠出金は支払わない

強硬離脱派は「悪い警官」

これに対し、EU側は下の立場です。

・単一市場の一体性を守る

・アイルランド国境が単一市場の抜け穴にならないよう、将来の通商交渉が決裂した場合に備えてバックストップを設ける

・離脱ドミノを誘発しないよう、英国に「良いとこ取り」を認めず、できるだけ苦しめる

英下院は1月27日、3月12日までに英・EUの合意が承認されなかった場合、「合意なき離脱」や「6月末までの間で離脱を延期」の是非を問う方針を可決しました。

3月12日 現在、EUと交渉中の案をまとめ、下院で採決にかける

3月13日 否決されたら「合意なき離脱」の是非を下院に問う

3月14日 「合意なき離脱」が回避されたら6月末を限度とする「離脱の延期」を下院に諮る

これまでEU側が10対0という完勝ペースで交渉を進めてきたため、英国側は強硬離脱(ハードブレグジット)派を「悪い警官(バッドコップ)」にして「合意なき離脱」を交渉のカードにするほかない状況に追い込まれてしまいました。

慎重なメルケル独首相も最後は下りてくる?

与党・保守党はEU残留・離脱を問う国民投票を実施、離脱決定を受けてEUとの交渉を主導してきた手前、離脱できないとなると政権の正当性が問われてしまいます。

経済・通貨統合、政治統合を不可逆的に進める1991年のマーストリヒト条約以来、強硬離脱派にとって離脱は悲願であり、残留は最悪のシナリオです。

このためEUがバックストップは「恒久的な措置」ではなく「過渡的な措置」という法的保証を与えさえすれば、交渉は最終的にまとまるでしょう。

英下院の大勢が判明した今、最後の最後まで手の内を見せない慎重なアンゲラ・メルケル独首相も下りてくる条件はそろったと筆者はみています。

加速する英政界の動き

英政界では早くも次を見据えた動きが出ています。

無所属グループを立ち上げたチュカ・ウムナ下院議員(左)とアンナ・スーブリ下院議員(筆者撮影)
無所属グループを立ち上げたチュカ・ウムナ下院議員(左)とアンナ・スーブリ下院議員(筆者撮影)

2回目の国民投票実施を呼びかけてきた最大野党・労働党のチュカ・ウムナ下院議員ら8人と保守党のアンナ・スーブリ下院議員ら3人が2月20日、合流してインディペンデント(無所属)グループを結成しました。

2月28日、ロンドンにある世界最高峰のコンサートホールの一つ、ウィグモア・ホールで中道・自由民主党のビンス・ケーブル党首を招いて「私の音楽」と題したランチタイムコンサートが開かれました。

右から2人目が自由民主党のビンス・ケーブル党首(筆者撮影)
右から2人目が自由民主党のビンス・ケーブル党首(筆者撮影)

オーケストラ・オヴ・セント・ジョンズがバッハやモーツァルトを演奏し、日本のピアニスト、関屋まきさんがモーツァルトのピアノ協奏曲第20番K466、第2楽章を奏でました。

モーツァルトを演奏した関屋まきさん(筆者撮影)
モーツァルトを演奏した関屋まきさん(筆者撮影)

ケーブル氏は無所属グループとの連携について「できる」と断言し、こう続けました。「英・EU離脱の対応を巡って彼らと自由民主党の立場は同じ。私自身、個人的な関係もある。しかし、有権者に二者択一を強いる単純小選挙区で中道勢力が生き残るのは難しい」

「彼らは非常に脆弱な立場に置かれている。自由民主党には地方自治体での経験もある。私たちは協力して何かを生み出すことができる。自由民主党と無所属グループが競争ではなく相互補完できることを望んでいる」

保守党と労働党の二大政党制が根付く英国で再び中道勢力の結集を図る動きが出てきました。

次期首相の座を狙う「英国のトランプ」

メイ首相の交渉をかき回してきた強硬離脱派のボリス・ジョンソン前外相。2度の結婚と離婚、数々の浮名を流し「英国のトランプ」と大衆紙を賑わせてきたボリスが「激ヤセ」しています。

激ヤセしたボリス・ジョンソン前外相(筆者撮影)
激ヤセしたボリス・ジョンソン前外相(筆者撮影)

ボリスの目はくぼみ、スーツはぶかぶか。保守党のPR担当だった新しい恋人のアドバイスで減量に成功、一気に12キログラム以上も体重を落としました。

夜にチョリソ(スペイン・イベリア半島発祥の豚肉の腸詰ソーセージ)とチーズをあてに酒をあおるのを止め、失言を防ぐためパーティーでも水を飲むようになったそうです。

ボリスの新しい恋人について気の早い大衆紙は「将来のファーストレディー」と騒ぎ立てています。英国の政治はすでに総選挙という次のフェイズに向けて動いているようです。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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