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日産が英工場でエクストレイル生産取りやめ発表へ EU離脱交渉で追い詰められる英国に致命傷

木村正人在英国際ジャーナリスト
日産の英サンダーランド工場(写真:Shutterstock/アフロ)

「多くの仕事と暮らしが日産の成功にかかっている」

[ロンドン発]「もし、このスクープが確認されたら、イングランド北東部の経済にとって非常に深刻なニュースになるでしょう。多くの仕事と暮らしが日産の成功にかかっているからです」

2年前の欧州連合(EU)国民投票で65%が離脱に投票したイングランド北東部サンダーランド選出のブリジット・フィリップソン労働党下院議員は2日夕、こうツイートしました。

サンダーランドには日本の自動車メーカー、日産自動車の工場があります。24時間ニュースTV局スカイニューズは、その日産がサンダーランド工場での多目的スポーツ車(SUV)エクストレイルの生産計画を取りやめると来週発表するとスクープしたのです。

巨額の報酬隠しで東京地検特捜部に起訴された日産前会長のカルロス・ゴーン被告(64)が国民投票4カ月後の2016年10月、テリーザ・メイ英首相と直談判し、EU離脱後も競争力を確保するとの確約を取り付けました。

これを受けて、人気のSUVキャシュカイの次期モデルに加えて、エクストレイルの生産をサンダーランド工場で行うと発表していました。生産計画の取りやめにはゴーン被告の逮捕と日産・三菱自動車・ルノーのアライアンスが揺れていることも関係しているのかもしれません。

英・EUのチキンゲームに音を上げた日産

米国のドナルド・トランプ大統領が中国やEUに仕掛けた貿易戦争と中国経済の減速、さらに3月末にEU離脱が迫る中、英国とEUはアイルランドの国境問題を巡って対立し、将来の関係どころか「合意なき離脱」の可能性すら完全に排除することができません。

メイ首相としては与党・保守党内の強硬離脱派をなだめるため、「合意なき離脱」を脅し材料に使って何とかEUや大黒柱のアンゲラ・メルケル独首相の譲歩を引き出したいところですが、英・EUのチキンゲームに英国に進出する外国企業が音をあげたのが実情ではないでしょうか。

日産が来週にエクストレイルの生産取りやめを発表すれば、「EU離脱後に自由貿易協定(FTA)が結べないなら『合意なき離脱』もやむなし」と息巻いてきた強硬離脱(ハードブレグジット)派には強烈なボディーブローになります。

すでに10対0のパーフェクトゲームと言える内容で離脱交渉を進めてきたEUはますます攻勢を強める可能性があります。

労働党のフィリップソン議員(筆者撮影)
労働党のフィリップソン議員(筆者撮影)

前出のフィリップソン議員は2回目の国民投票を支持しており、昨年秋の労働党大会で筆者は「サンダーランドには日産の工場があるが、合意なき離脱になると日産は英国から出ていくかもしれない。地元の人は日産に搾取されているとでも考えていたのか。彼らの気持ちは変わったのか」と質問したことがあります。

フィリップソン議員はこう答えました。「サンダーランドの人たちが離脱に投票したのは金融危機のあと、置き去りにされ、子供の貧困が増えるといった苦境にノーと言いたかったからです。日産の工場は地元の雇用にとってとても重要です。労働党は2回目の国民投票を通じてEU離脱がもたらす深刻な影響について有権者を説得できます」

英国の自動車産業への投資は10分の1に

英自動車製造販売者協会(SMMT)によると、英国の自動車生産台数は昨年12月、対前年同月に比べて22.4%も減少、このうち輸出が25.3%も落ち込んでいます。英国が「合意なき離脱」に追い込まれ、世界貿易機関(WTO)ルールに基づきEU域外関税の10%が自動車にかけられた場合、50億ポンド(約7150億円)のコストが発生するそうです。

毎日1100台以上のトラックが欧州から英国に入り、3400万ポンド(約48億6200万円)相当の自動車部品を英国の車両・エンジン製造工場に運び込んでいます。ジャスト・イン・タイムのサプライチェーンが被る打撃は大きく、下請け零細企業の「合意なき離脱」対策は十分ではありません。

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昨年1年間の英国における自動車の生産台数は対前年比9.1%減の151万9440台。内訳は国内向けが28万1832台(同16.3%減)、輸出が123万7608台(同7.3%減)。

EU離脱を決定した2016年の国民投票以降、一時は200万台を目標にしていた英国の自動車生産台数は坂道を転げ落ちるように減っています。

中国や欧州への輸出減。世界統一排出ガス・燃費試験規則(WLTP)が英・EU両市場を冷え込ませ、ディーゼル車規制と景況感の悪化が国内市場にさらに追い打ちをかけました。

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EU離脱の行方も将来の関係も全く見通せないため、英国の自動車産業への投資は悲しくなるほど減っています。2013年には58億ポンド(約8300億円)もあったのに昨年は5億8860万ポンド(約840億円)と10分の1に激減しました。

英ジャガー・ランドローバー(JLR)が4500人の雇用を削減。米フォード・モーターがフランス南西部ボルドーでの変速機生産中止や、ミニバンの生産終了を相次いで発表し、数千人の雇用が失われる見通しです。

英国に工場を構えるホンダや独BMWは一部の生産休止を決めています。

SMMTの最高経営責任者マイク・ホーズ氏は「今後の成長と相互に恩恵のある貿易関係を守ることができる経済的・政治的安定が不可欠です」と何度も訴えました。

日産は37億ポンドを英国に投資、サンダーランド工場で昨年、44万台、過去30年間で計900万台を生産。英国で生産される3台に1台が同工場で造られています。

7000人を雇い、サプライチェーン関連で2万8000人の雇用を生み出しています。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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